第129話 荷造り
「身近に凄い人物がいるなんて、思ってもみなかったじゃん」
「別に俺が凄いってわけじゃねぇよ。ジェネシス社を築いた獅子王帝。継いで経営をする父さん。獅子王統夜が凄いだけだ」
手すきとなった啓太の協力を得て、寝床である三階の教室にて荷造り。ジェネシス社との関係が深いと知るや、全体的に見る目は好奇なものへと変化。
しかし己が実績でもなければ、なんの権力があるわけでもない。実体なければ特別とも言えず、至って普通の人間に相違ない。
「てか蓮夜。東京へ行くにしたって、車や電車はもちろん。飛行機や船だって、使えないんじゃね?」
「整備や修理をされていなければな。だから一番の問題は、本州へ渡るための手段。飛行機は厳しいだろうし。津軽海峡は船で渡るか、青函トンネルを歩きになるだろうな」
啓太に指摘された点は、重々承知しているところ。
終末の日から電子機器は、EMPの影響あり限定的。整備や修理された物を除けば、ほとんど使用不可と言ってよい。
「先行きが不透明な上に、危険の多い旅になるはずだ。だから本当は、一人で行く気だったんだけどな」
人を集めて話をする前から、気持ちは一人で行くと固めていた。
しかし東京へ行くに際し、挙手した者が一人いる。安全に近しい陵王高校を離れ、同行するという命知らずの者。
「まぁ、思うところがあるんじゃね? 蓮夜が単独行動していたときも、自暴自棄になっていないかって。人一倍に心配していたくらいじゃん」
陵王高校に着き当初の話を、知らぬ部分を絡め啓太は語る。
当時は美月を失ったショックもあり、己が身を顧みぬ行動も多々。気にかけてくれた人たちには、必要以上の心配をかけたことだろう。
「あの時のことは、何も言えないけど。今回の件に関しては、至って冷静な話だぜ?」
「まあ、気持ちを汲むしかないんじゃね? そもそも、もう承認した話じゃん」
答えが出ている案件のため、啓太は軽く話を流していた。
危険を説明した上で、押し切られた案件。たしかに今さら口論しても、翻ることない話である。
***
「よく東京になんて、行こうと思ったね。これは餞別だよ」
栄養調整食品キャロリーメイトを手渡すのは、ウェーブがかった赤い短髪の成海夕山。深紅のシャツに黒のパンツを着用する、大きな瞳に顔立ち整った同い年の友人。
夕山が陵王高校での生活つき、拠点としているのは図書室。並ぶ本棚には数多の本が詰められ、机上に積み上げられるは厚い書籍。人との関わりを好まず読書を趣味とすることから、最低限の距離感を保ち一人で過ごすこと基本としている。
「一つ大きな問題に、区切りがついたからな。陵王高校の生活も安定してきたし。物事を変えるためには、自ら動くしかないと思ったんだ」
美月の弔いを終え、最期のケジメはつけた。浄水機の活躍により、毎日の飲料水は確保。グラウンドの畑では野菜の栽培に、改築した離れでは鶏の養鶏。陵王高校における自給率は上がり、日々の生活も安定に向かっている。
しかし終末の日より前と比べ、不自由の多い生活。電気が復旧しようとも、需要と供給の面から制限は多々。何より今も街中に徘徊する、屍怪と化した者の存在。自由に街を歩くこと叶わなければ、以前までの暮らしとはほど遠い。
「蓮夜が決めたなら、それで良いと思うよ。自分の事は、自分で決めないとね」
招集時には肯定も否定も、立場を表明しなかった夕山。ここに来て下した決断に、一定の理解を示している。
「生活が安定してきたとはいえ、屍怪いる終末世界だ。普通に過ごしていても、何か問題が起きるかもしれない」
落ち着き始めた今の生活も、薄氷上の安定である可能性。
何かの拍子に氷が割れれば、再び身を震わす冷水の中へ。そんなとき頼りになるは、引き上げてくれる仲間の存在。個人で力あり一人を好む夕山でも、ときには助け合いが必要な場面もあるだろう。
「僕はあまり人が好きじゃないから、当てにしないほうが良いと思うよ」
顔を背けて夕山は、明言を避け答えを濁す。それでも燃料補給に、偵察にも同行。問題の解決に動いてくれるのは、今までの行動から承知している。
「夕山。みんなと一緒に過ごす時間を、少しは増やしたらどうだよ? 一人が好きなのはわかるけど。生活するにも協力しないと、やっていけない部分はあるぜ」
「理解しているつもりだけどね。柄じゃあないんだよ。でもまあ蓮夜が言うなら、一ミリくらいは考えてもいいかな」
夕陽が差し込む図書室にて、夕山と向き合い握手を交わした。
互いに別れを意識し、旅立つ前の挨拶。個人の戦闘能力が高き夕山は、陵王高校でも頼れる存在だ。




