第118話 既存の概念
「一つ質問をしていいかな?」
「なんだよ? 夕山?」
「いや。蓮夜にじゃなくて、三又にだよ」
ボウリング場へ向かい国道を歩く道中にて、唐突に発せられた夕山の質問。
頭上にあるのは、光りない信号機。道幅の広い国道には今も、運転手なき車が幾台も放置されている。
「なんですか? 質問って?」
車を避け進む中で、首を傾げ三又は応える。
「隙をつき逃げたって話だけど。詳しくはどんな状況だったのかな?」
「なんだ。そんなことかよ」
「相手は銃を持っていたわけだからね。蓮夜も気にならない?」
大枠しか語られていない話につき、夕山は詳細な情報の開示を求めた。
絶対的な武器である拳銃という、揺るがぬ凶器があった以上。相手が隙を見せたとしても、行動には相当な度胸がいるだろう。
「えっーと。それは……」
言葉に詰まり視線を左右に泳がせ、三又は酷く困っている様子だった。
事実を語るだけで、良い話。それでも三又は口をモゴモゴさせ、聞かれた説明を行わずにいる。
「トイレとかじゃないのかよ。隙ができそうな場面の筆頭だから、俺はそう解釈していたけど」
「そうだっ! トイレっ! 奴らがトイレへ行ったときに、隙をついて逃げたんですっ!」
例を上げたタイミングにて、三又は取り繕い早口で言う。間に入っての発言は結果として、助け舟を出す形と感想を受ける。
「気をつけたほうが良いかもね。三又の発言には、不可解な点が多いよ」
細い路地へ差し掛かった所で、夕山は声を小さく注意を促してきた。後方を歩く三又は先ほどの発言から、少し離れた所を無言で歩き付いて来ている。
「どういう事だよ?」
「仕草や表情。言葉を詰まらせたところから、話す内容の一言一句。本当の事を話しているとは、とても思えないね」
夕山は受けた説明の全てを、補足情報も含め疑っていた。
「今まで話していた内容。全て嘘ってことかよ?」
「どうだろうね。真実もあるのだろうけど。所々に嘘があるって感じかな」
今まで聞いた話を総合的に考慮し、夕山が導き出した答え。三又の発言にはたしかに、不可解な点が多いようにも思えた。
「もしかしたらだけど。三又は拉致した連中と繋がり、動いている可能性さえあるよ。想定外の事態に驚き混乱しないよう、心構えだけでもしておいたほうが良いかもね」
夕山は先の展開を危惧しつつ、悟られぬよう再びの注意を促す。三又の話に嘘があるなら、真実を確認したいところ。
しかし真実か嘘かの判断は、確認の手段なく難しい話。追及したとて結局は、疑い自体は拭いきれない。互いに疑心暗鬼へ陥るくらいならば、監視もでき泳がせたほうが賢明との判断。
それに三又が嘘をついているなら、その動機や理由。意図して隠しているなら、簡単に口を割るとも思えないからだ。
***
「ちょっと待ちなよ」
「今度はなんですか? 一体?」
夕山による突然の停止に、三又は不満気な顔を浮かべた。
駅裏のボウリング場を目指して進み、現在地は駅近の商店街前。周囲には多くの民家や商店に、路上には車も捨てられている。
「ほらっ。あそこ」
夕山が指差す方向には、徘徊する屍怪の姿。道端をノロノロと歩く者から、車の影でユラユラと立つ者まで。
「駅前には以前から、屍怪がいたし。商店街は避けたほうが良さそうだな」
「別の道ですか。それなら少し引き返して、アンダーパスを進むのはどうでしょう?」
進路変更を余儀なくされては、三又も瞬時に代替え案を提示する。
線路下に存在するアンダーパスは、戻った地点にある迂回手段。商店街や駅前を通らずとも、駅裏へ向かうことができるだろう。
「ああ。これはダメだね」
移動をしてきたタイミングにて、光景に夕山は深いため息を吐く。
緩やかなU字型となる、掘り下げられたアンダーパス。低い位置には多量の泥水が溜まり、トラックを飲み込むほどの深さ。排水が全くされていないようで、現状とても通れそうにない。
「と言うか今にして思えば、既存の概念に囚われすぎだったね。以前までにあった、法律や常識。終末の日をすぎた現在となれば、全ては無意味な話なのに」
冠水したアンダーパスを見て、夕山は悟ったようであった。
「それって、どう言う意味だよ?」
「上にある線路を通れば良いんだよ。今や侵入禁止とか、そんな次元の話でもないからね」
夕山の言うようアンダーパス上には、電車の走行に要す線路がある。
終末の日となる当日には、札幌へ向かうため使用。線路を一直線に横切れば、駅裏へも行ける手段であった。
「たしかにそれなら。終末の日をすぎた世界に、電車は走ってないもんな」
終末の日を境に、変わってしまった世界。
状況が変われば、立場も変わる。人間が生きていく中において、柔軟な思考を持たねばならない。
「簡単に越えられそうだから、容易に駅裏まで行けそうだな」
線路への侵入を防ぐため、設けられ鉄柵。高さは頭上まであるものの、網目状で足を掛けられる場所も多い。
登る行為について、対策は厳格にあらず。元から人の道徳や常識に頼る側面あり、侵入禁止とはいえ侵入は容易であった。
「頭一つ抜けたビル。あそこがボウリング場です」
レールが敷かれる線路上を歩き、駅裏にある高層ビルを見て三又は告げる。
線路を歩き続け、踏切から駅裏へ。八百屋や魚屋に肉屋と、昭和の風情を感じる商店街。土管が置かれる空き地に、木造一階建ての民家が多い。
「久しぶりだな。このボウリング場」
見据える五階建ての商業ビルには、以前に啓太たちと訪れたことある。
転校してきてから間もなく、親睦交流を兼ね連れられた場所。駅前の開けた立地とは異なり、意外と隠れスポットな駅裏。地元の住民でもなければ、馴染みない者も多いだろう。
「にしてもこの辺りは、老朽化している所が多いね」
周囲の光景を眺め夕山は、感慨深そうに言っている。
ボウリング場となるビルでは、壁が黒ずむ汚れも数ヶ所。民家でもガラスが割れ、屋根が崩れて柱が露出。一見した印象でも、倒壊寸前の所は多い。
「ここに連れて行かれたんです」
ボウリング場が入るビル前に着き、三又は息を飲み見上げて告げる。
ボウリング場はビルの二階で、一階はゲームセンター。三階より上階には、様々なテナントが入る商業ビルだ。




