第114話 給油
「屍怪と遭遇する回数は、明らかに減ったよな。陵王高校の周囲や、岩見沢の街周辺。最近となればどこも、遭遇した記憶がないよ」
一軒家が建ち並ぶ住宅街を横目に、坂を下り国道を目指す途中。
見渡せる範囲に、屍怪の姿は皆無。最近における遭遇率は、明らかに減少していた。
「言っても煙のように、消えたわけではないからね。きっとどこかで数を揃えて、集まっているんだよ」
夕山は一つ揺るがぬ事実から、考察し意見を言っていた。
終末の日から、出現した屍怪。人間を襲っては数を増やし、倒すには頭部の破壊が必要。大規模な掃討作戦にワクチンでもなければ、事態の終息は容易に見えてこないだろう。
「屍怪にも食事が必要なようだからね。人間が地球から全滅すれば、屍怪も自然といなくなると思うよ」
笑顔を浮かべて夕山は、冗談じみた打開策を言っていた。
「人間の全滅は、考えない話として。屍怪が餓死するとすれば、どのくらいの期間が必要なんだろうな?」
人類全滅というのは、最悪のシナリオ。故に論じない話にしても、餓死を促すも一つの作戦。
「屍怪が餓死する姿は、一度も見たことないよ。意外と食べなくても、長い期間を動けたりするのかもね」
札幌で動向を見ていた夕山にも、屍怪の餓死はわからぬとの話。
仮に短期間で餓死するとなれば、地下などで隠れると耐久戦。足並みを揃え実行できれば、爆発的に数を減らすことできるだろう。
***
「手動で給油できるのは良いけど。これはかなり、大変だな」
ガソリンスタンドにて給油機の扉を開け、クランクを差し込みグルグルと回す作業。
出発前に梶丸さんにより、教えてもらった給油方法。地下から汲み上げ携行缶に注ぐという方法は、想像以上に体力を使う重労働であった。
「車から抜き取った方が、早かったかもしれないね」
夕山の言う手段こそ、もう一つあった給油方法。残される車の給油口を開け、ポンプを差し込み抜き取る。
二者択一となる中で、今回は前者を選択。携行缶が一缶であるからまだ許容されるものの、複数ともなればとても過酷な仕事であっただろう。
「ヴァアア……」
給油をしている途中にて、建物内から響く不気味な呻き声。
「減ったように感じても、場所によってはいるものだね」
交代しクランクを回していた夕山は、近づいてくる屍怪に気づき手を止めた。
「言っても一体みたいだし。俺がやるよ」
宣言しては黒夜刀を手に、迫りくる屍怪と向き合う。
左足を引きずり迫ってくるのは、赤い制服を着た男性屍怪。ガソリンスタンドのロゴが入っているので、生前は従業員だった者だろう。
「光一閃」
光の如き速さで間合いを詰め、抜くと同時に斬りつける抜刀術。
捉えた刃は屍怪の首を飛ばし、コロコロと地面に転がる頭。両断されてもなお、動き続ける頭部。何度も口を上下に開閉させているので、息の根を止めるため刀を突き刺した。
「へぇ。今の踏み込む感じは、前に見たことあるね。蓮夜が言っていた、一刀理心流って剣術?」
戦いの様子を見ていた夕山は、以前の出来事から光景を重ねていた。
「ああ。屋上で見せたときは、剣術って自覚はなかったけどな」
陵王高校の屋上にて、剣道の試合をしたとき。無自覚であったものの、剣術を使用していたのである。
「ウアァアアア……」
倒した余韻もほどなく、再び聞こえる呻き声。
建物内からは、新たな徘徊者が出現。茄子のように顔の長い、髭面の屍怪が出てきた。
「まだ残っていたんだね。蓮夜が先に殺ったし。今度は僕が殺るよ」
言って夕山はククリ刀を手に、屍怪の元へ向かっていく。
「ウアァアアア……」
手を伸ばし襲いくる屍怪に、夕山は無言でククリ刀を振り下ろす。
頭部の中心となる位置にて、深く突き刺さったククリ刀。頭蓋が割れて眼球は飛び出し、屍怪は活動を停止して地に沈んだ。
「やっぱり単体となれば、相手にならないね」
曲芸師のようククリ刀を回し、夕山は退屈そうに愚痴を言っていた。
札幌の街を一人で生き抜き、岩見沢まで戻ってきた夕山。屍怪とはいえ一体となれば、もはや相手ではないのだろう。
「そろそろ戻ろうぜ。ガソリンの給油も完了したし」
屍怪の掃討を終えたタイミングにて、携行缶を持ちガソリンスタンドを離脱。目的をつつがなく達成し、陵王高校へ戻ることを決めた。




