第109話 七夕
七夕となる、八月七日。日は沈み始め、薄暗くなる空。中庭中央の木には短冊が吊るされ、折り紙などで色とりどりに飾り付けがされている。
みんな結構ちゃんと、願いを書いているんだな。
【空を飛んで海に行きたいっ!】
【パパがダンゴムシになりますように】
飾られた短冊の願いは、空想的から面白みあるものまで。主に子どもを対象と想定していた七夕であるも、蓋を開けてみれば大人も参加し大盛況だった。
「空を飛んで海に行きたいは、共感できる人も多いんじゃね? 最近は特に暑いし。屍怪を避けて行けたなら、海は最高じゃん」
隣にて短冊を見つめる啓太は、願いをみて感想を呟いていた。
「ダンゴムシは笑えるじゃん。他には……」
飾られた短冊を見る啓太に、並んで願いの内容を拝見する。
【おじいちゃんとおばあちゃんに会って、みんなで楽しく遊べますように!】
終末の日となる前までは、容易に叶っただろう願い。
【温かいお風呂に入りたいっ!】
以前から女性陣の間で、何度も切望されていた願い。現在の陵王高校は水道が活きているため、体を洗うにシャワー室が使われている。
しかしシャワーから出てくるのは、温かみない冷水のみ。暑い時期であるから使用に問題意識が低いものの、気温が下がる秋や冬となれば地獄と化すだろう。
【ピザが食べたいっ!!】
【パパの足の臭さが治りますように。あとイビキがうるさいので、なんとか直してほしいです】
太く力強く書かれた要望から、今も切実となる願いまで。木に飾られる短冊の内容は、現実的から非現実と様々であった。
「て言うか蓮夜。願いを書いてないんじゃね? みんな書いているんだし。書かないとダメじゃん」
「そう言われてもな。意外と思いつかないんだよ」
書くよう啓太に促されるも、具体的な願いなく現在まで不参加。
「ならこのダンゴムシみたいに、ウケを狙いにいけば良いんじゃね?」
「それは、ちょっとな。ってか啓太は、何を願ったんだよ?」
書くように促すくらいであるから、啓太はすでに願っていること想像つく。
しかし短冊を見ても、どれが啓太の物かわからない。書くとなれば参考までに、願いを聞いてみたかった。
「それは当然。内緒じゃん! そんなに悩むくらいなら、定番のものを書けば良いんしゃね?」
答えをはぐらかし啓太は、一足先に体育館へ戻っていった。
「定番のものか」
意見を参考にしつつ、再び短冊の願いを確認。
【以前までの平和で安全な、普通の生活に戻れますように】
短冊に書かれる一番の内容は、終末の日となる前を連想するものが多かった。
当然と言えば、当然の内容。ここ数ヶ月において、様変わりした日常。屍怪なき文明ある生活を求めるのは、誰しも同じく願うところであった。
【こんな世界だからって、いつまでも一人は嫌じゃん! どうかオレにも、彼女ができますようにっ!!】
短冊を見て回る中で、聞き知った語尾。文字も大きく迫力あることから、願った者の必死さが伝わってくる。
内容は色々だけど。願い希望があるんだな。
【みんなの願いが叶いますように】
願いを書いた短冊を木に吊るし、人が集まる体育館へ向かう。
願い祈ることに、効果があるとは思わない。それでも文字にして形とすることで、気休めなりにも救いとなる気がした。
***
「あははっ!」
「すげぇー!!」
体育館の舞台前で笑顔を見せ、無邪気にはしゃぐ子どもたち。
「どうじゃ!? 爆裂に良いできじゃろ!!」
青い法被を着た源蔵さんは、胸を張り己が功績を誇っていた。舞台上に作られたのは、流しそうめんの台。舞台下には水を受け止めるため、青のビニールプールが置かれている。
流しそうめんは源蔵さんの発案であり、ペットボトルを二つに切り繋げ製作。台を支えるための支え木も、大工である源蔵さんのお手製である。
「よおぉし! 次を流すぞ!!」
そうめんが入ったザルを待つヤマトは、舞台上から子どもたちへ向かい流している。
「普通に座って食べるより、楽しめている気がしますね」
「がはははっ! 坊主! 坊主も爆裂に楽しめよっ!」
源蔵さんは背を軽く叩き、ご機嫌に去っていった。
少し前から子どもたち中心に、流しそうめん大会が開幕。ほとんどが腹を満たしたとなれば、大人たちの参加も見られるようなっていた。
「流しそうめんなんて、いつ以来かしら?」
「普通にやる機会なんて少ないだろうし。小学生以来とかじゃね? てか、そうめん! 久しぶりなこともあって、マジで美味く感じるじゃん!」
先んじて参加していたハルノと啓太は、そうめんを食べて感想を言っている。
先行する二人に続き、食べるに参加。ホースから出る水に乗り、流れるそうめんを箸でキャッチ。お椀に入れられたつゆに付け、満を持しての実食へ移る。
「ツルツルした食感だから、かなり食べられそうだな」
喉の通り良く、そうめんの味にも満足。周囲からの評判も高く、流しそうめんは大成功と言えるだろう。
「これで終わりじゃないわよ。鹿を狩ったこと。忘れたの?」
「鹿肉のハンバーグに燻製! 第二陣を持ってきたでぇ!!」
ハルノの発言と重なるように、梶丸さんにより運ばれてくる料理。
配膳カートに乗せられているのは、鹿肉のハンバーグと燻製。ハンバーグは女性陣により家庭科室で、燻製は男性陣により中庭で作られた。
「うっ、美味っ!! 鹿肉だから、どんな感じかと思ったけど。外はカリッと! 中はふんわり! 店屋で出くる物と、ほとんど遜色ないなっ!」
初めての経験となる鹿肉のハンバーグは、見た目よく味も好みで満足いくレベル。続けて食べる燻製も美味で、これまた全体的に好評であった。
「鹿肉の料理は初めてでしたけど。喜んでもらえて良かったです」
調理に加わっていたという葛西さんは、割烹着姿のまま笑顔を見せ応えていた。
以前に啓太から聞いたところもあって、料理は得意であるとの話。馴染みのない食材であっても、経験を活かし見事に調理したようだ。




