第107話 新たなルール
「やっぱりこの木で、代用するしかなさそうだな」
「飾り付けもできそうだし。問題なさそうね」
七夕の開催が決まったところで、ハルノとともに場所の下見。
場所となる中庭は校舎に囲まれ、屍怪に見つかる心配はない。広さ的にも問題なく、第一候補の地である。
「竹や笹が定番らしいけど。手に入るわけないしな」
「北海道は柳ってパターンもあるらしいけど。手に入れるのは、どう考えても難しい話よ」
ハルノと一緒に見つめるのは、中庭中央に植えられる木のアオダモ。細くしなやかな幹に枝は少なく、高さは二メートル弱と触れることも容易である。
「あとは料理を、どうするかだな」
「そうめんは決まりでしょ? 前回の補給で、乾麺は十分な量を確保できたし」
ハルノの言う通り、そうめんにつき問題はない。
しかし七夕にそうめんだけでは、どこか味気なく物足りない。他にもせめて何か、もう一品は欲しいところだった。
***
「俺たちは、裏山に行ってきますね」
「了解。気をつけてね」
自衛官たちが過ごす二階の教室へ出向き、ナナさんに行き先を告げて校舎を出る。
補給へ出た日から、新たに設けられたルール。二人以上の人数で、自衛官に行き先を告げる。許可を得られれば、敷地外へ出ることも許されていた。
「初めと比べれば、だいぶ変わったよな」
「そうね。補給の前までは、外へ出た人は少ないって話だったのに」
校庭を歩き敷地外へ向かう途中に、ハルノと陵王高校の実情につき話す。
補給へ出た日から避難者の中でも、変わり始めた意識。補給戦線へ参加した者を筆頭に、物資の補給や探索に。敷地外へ出ていく回数も一度や二度と増え、今や数人単位で何度も行われていた。
「こんな所に川なんて、流れていたんだな」
「地滑りがあったって話だし。先日までに降った雨の影響も、あるんじゃないかしら?」
雑草が生い茂る道なき場所を歩き、ハルノと道中にて見つけた小川。溝のように深くなり小石が転がる場所では、上流の裏山から下流へ向かい綺麗な水が流れている。
終末の日以前には、存在しなかったはずの光景。木が倒れ山肌の一部は露出し、場所によっては土砂が集積。先日に降った雨の影響もあってか、地形が変わり小川が形成されていたのだ。
「この辺りか? 鹿を見たっていう場所は?」
「もう少し奥の、木が二本ある場所よ」
ハルノとともに裏山を訪れた理由は、鹿を目撃したとの話があったため。
北海道の森林には、エゾシカが生息している。市場にはあまり出回らないものの、鹿肉はジビエ料理としても振る舞われていた。
「鹿がいた形跡は、……あるわね」
草を分けて鹿の痕跡を探すハルノは、地面に転がる黒く丸い物体を見て言った。
ハルノが発見したのは、鹿の糞。豆と同程度の大きさで幾つも、地面にコロコロと転がっている。
「折れた木の枝に、踏み固められた土。足跡も残されて、獣道になっているわね」
ハルノは周辺一帯の状況から、鹿の行動範囲を推察している。
野生動物が通ることによって、自然とできる獣道。目撃情報や糞に足跡と証拠もあって、鹿が近くまで来ていたのは明白だろう。
「この辺りに罠を仕掛けましょうか」
言ってハルノは鹿を捕らえるため、獣道周辺に罠を仕掛け始めた。
罠は輪のある鉄製で、踏めば足に掛かるもの。ホームセンターに寄り入手したもので、野生動物を捕獲するための道具である。
「あとは時間をおいて、見に来ましょうか。私たちがここにいたら、寄って来ないでしょうから」
設置した罠に葉や枝を乗せ、カモフラージュしてハルノは言う。
「よく知っているよな。罠の仕掛け方なんて」
「パパと一緒に演習も行ったんだから、知っていて当たり前よ。以前は百キロ近くもある、大型の猪も捕まえたんだからっ!」
ハルノは両手を大きく広げ、捕獲したサイズを表現していた。
普通の女子高生ではまずない、野生動物を捕まえた経験。ハルノは演習に参加した経験から、狩りについての知識も豊富なようだ。
「本当。頼りになるぜ」
札幌では横転したトラックの上に立ち、矢を放って屍怪を屠り全体を指揮。狩りについても他にない能力をみせ、その度胸と知識には感服せざるを得ない。
「こんな形で活きるとは、思ってなかったわ。でもこんな世界だから、蓮夜も覚えておいて損はないはずよっ!」
「そうだな。ってか一連の工程を見ていたから、多分できると思うぜ」
慣れた手つきのハルノに促され、罠を受け取り実践に移る。
鹿の足跡ある近くで、穴を掘って罠を固定。土を被せ葉や枝を乗せ、カモフラージュも完了である。
「どうだ? こんな感じで?」
「悪くないけど。場所がちょっとね。捕らえるときに暴れるから、斜面じゃないほうが良いわよ」
選んだ場所が勾配ある坂となっては、ハルノから改善すべき点を告げられる。
捕らえるためではなく、捕えたあとも考えて設置。見よう見まねで実践してみるも、経験値の差からハルノに及ぶはずもない。




