第106話 新たな試み
「何かみんなが明るくなる、楽しい事をやらないか!?」
「どうしたの!? 急に!?」
なんの前触れもなき唐突の提案に、ハルノは驚き目を丸くしていた。
陵王高校に避難をして二ヶ月以上が経過し、生活面が安定してきた今日この頃。終末の日を境に娯楽は少なくなり、マンネリ化した日常にあるのは暗い影。日々のストレスや退屈などを考慮すれば、気持ちをリフレッシュする機会が必要だと思った。
「わかったけど。何をやるつもり?」
体育館の壁に背を預けるハルノは、視線を飛ばして詳細を問う。使える場所や空間は、陵王高校の敷地内に限る。
しかし広い校庭で音を発せば、屍怪を呼び寄せてしまう可能性。現実的に考えて使えるのは、中庭や体育館くらいのもの。
体を動かせるから、運動をしたかったけど。大勢でやるなら、場所的に厳しいよな。
もうすぐ八月か。時期的に何か、できるイベントでもあれば良いけど。
「七夕なんてどうかしら? 中庭の木を使えば、飾り付けくらいできそうだけど」
不意に背後から抱き付いてきたのは、女性自衛官のナナさん。
毎回のよう背後から腰に手を回し、肩に顔を乗せるという対応。何度となく繰り返される行為に、今や拒絶することも少なくなっていた。
「七夕か。良いかもしれませんねっ!?」
七月から八月にかけて行われる、伝統行事の七夕。北海道ではローソクもらい、仙台ではそうめんを食べる習慣があると言う。
「悪くないと思うわよ」
提案に対しては肯定しつつも、どこか仏頂面を見せるハルノ。理由はわからぬも少し、不機嫌になっている様子。
「夜なら気温も今より落ちるし。昼よりは動きやすいはずだっ!」
暑さに対する対策にも、都合の良い時間帯。
「善は急げ。話が決まったとなれば、大人たちにも話を通さないとね。やるとなれば短冊とかも、用意しないとだっ!」
登場したナナさんの提案により、トントン拍子に進む展開。
「やるからには、キチッとやろうぜっ!」
七夕を開催するとなれば、イベントは初の試み。終末の日を過ぎ新たな挑戦となれば、否応なしにやる気が満ちてくる。
「燃えているねぇ。蓮ちゃん。なんか、青春って感じだっ!」
議論に混ざり提案をしてくれたナナさんは、話が決まったあとも抱き付いたまま。頬に触れそうな紫色の髪に、全身に密着する体。背後から腰に手を回されては脱出できず、背中には柔らかい感触すらある。
「ナナさん! あまり抱き付かないでくださいよっ! 動き難いですからっ!」
「ありゃりゃ。そう。少しは嬉しいかと思ったのに」
身動き取れぬ現状に苦言を呈すと、ナナさんはやっとのことで離れた。
初めて会ったときから、そうだったけど。スキンシップが過ぎるんだよな。
勘違いされても困るだろうから。もう少し気をつけたほうが、良いと思うんだけど。
「ハルノからも、何か言ってくれよ!」
「そんなの、自分でなんとかしなさいよ」
女性の意見を聞こうとハルノに問うも、素っ気ない態度と愛想のない塩対応。不機嫌な状態となっては、まともに取り合う気はないようだ。
***
「七夕をやるったって、結局のところ何をするんだ?」
提案について意見するヤマトは、内容につき疑問を抱いていた。
体育館から移動をして、二階の空き教室。隅で広げられるテントに、壁に立て掛けられる木槍。黒板には【問題と対策】という文字が書かれ、自衛官たちの取り組みや姿勢が見てわかる。
「それはあれだろ。短冊に願いを書いて、木に吊るすんだろ」
「そんな事をして、何か意味があるのか?」
行為の必要性を問うヤマトの疑問は、考えてみれば核心を突いていた。
祈り願う行為が必要かと考えれば、現実的に効果を肯定できず必要性はない。そのため意味を問われれば、絶対的な答えなどないだろう。
「こう言うイベント行事ってのはね。深く考えないほうが良いの。意味なんてものは、人間が付けたに過ぎないんだから」
質問に対する答えに苦慮していると、間に入りナナさんは意見を述べた。
生命活動を維持にするにつき、必要不可欠な衣食住。しかし衣食住を除けば、特別必要な事項などない。
「誕生日に正月。音楽ライブやスポーツイベント。生きるために必要かと問われれば、絶対ではないでしょ?」
黙って話を聞く姿勢に、意見を述べ続けるナナさん。
「心の安定。一見して無意味なことの方が、面白かったりするのよ」
最後に付け加えるナナさんの意見に、ヤマトと頷き納得がいった。
生命活動を維持するためでなく、心と精神的な問題の健全化。陵王高校の避難者にゆとりを持たせるため、今は最も必要なものだと言える。
「そりゃあ、良さそうじゃあのっ!」
「爆裂に面白そうじゃあねぇかっ!」
大人たちと全員に話を通す中で、梶丸さんに源蔵さんと賛同してくれた。
娯楽が少なくなった世界で、イベントと初の試み。反論はなく笑顔を見せ、心踊らせる人も多かった。




