第102話 夕山回想禄4
「本気で試合をしたいなら、部活に顔を出しなよ。引退したって、来られないわけでもないですよね」
剣道で一矢を報いたいなら、部活に出てくれば良いだけの話。
先輩方のやりたいことは、状況的にも想像がつく。それでも意図を確認するため、あえて言った言葉であった。
「お前を相手に剣道なら、正直な話。厳しいどころか、無理があるのはわかっている。まあ勝つって話だけなら、剣道に限ったことではないだろ。どんな形や状況で勝ったかなんて、誰も聞きはしないだろうからな」
今まで曖昧にしていた本音は、ついに先輩の口から漏れ出した。相手をする内容は剣道ではなく、己が拳を用いた喧嘩。
しかも一対一ではなく多対一と、プライドも皆無な様子。圧倒的に優位な状況を築き、勝利のみを欲しているようだ。
「今までずっと、我慢していたんだっ! クールぶった発言に、先輩を舐めきった態度。協調性がなく、自分さえ良ければという思考。今回は相手してもらうぜ。この場にいる、全員をなっ!」
威勢よく啖呵を切る先輩と同時に、距離を詰め始める周囲の取り巻き。
勝ちたいというのは建前で、本質的には痛めつけたい。自己都合による我欲を満たすため、野蛮な蛮行という手段を選んだようだ。
「わかっていると思うが。ここで問題を起こしたら、次の大会へは出られなくなる。もちろん部にも。引退したオレたちから見れば、関係のない話だけどなっ! ハッハッハ!」
高笑いする先輩と同様に、取り巻き連中も性根が腐っていた。
多対一という、圧倒的に有利な状況。それでもこちらに手を出すこと許さず、一方的に痛ぶるつもりようだ。
「……クズどもが」
腸が煮えくり返る思いを抱えるも、あとの事を考えれば手を出せず。
「ん!? 何か言ったか? オイッ! 取り押さえろ!」
先輩の号令を機に両腕を抑えられ、完全に自由を封じられた。
クッ……。
「どうだ? 正しい口の利き方がわかったか?」
痛みに顔が歪んだ姿を見て、ボディを打った先輩は嬉々としている。
「次。顔もやっちまおうぜ!」
「馬鹿野朗! それだとみんなに気づかれて、問題になっちまうだろうが! このままサンドバッグのように、腹だけ殴っていれば良いんだよっ!」
姑息な手段を講じるだけあって、取り巻き連中も変なところで機転が利く。
なんで僕が、こんな目にあっているんだろう?
二発目のボディが入ったところで、意味不明な現状に疑問を抱いた。
「おいっ! 馬鹿野郎っ! 顔はやめろって言ったろっ!」
取り巻きの一人が頬を殴り、仲間内の誰かが制止をする。
先輩たちから、反感を買った理由。正しい口の利き方。正しい態度に、正しい思考。仮にそんなものが存在していたとして、現在において受ける所業も正しいと言えるのだろうか。
「正しいなんて概念。この世には存在しないね」
抵抗なく素直に従っていたので、反抗の意志はないと油断していたのだろう。取り巻き連中は揃って脱力しており、力を入れ拘束から容易に脱出できた。
「いいのかっ!? お前! ここで手を出したら、お前の剣道人生が終わ……ゴフッ!!」
汚い口で脅しをかける先輩を、黙らせるため手で塞ぐ。
「人間なんて生き物は、利己的なものなんだよ。優位に立ちたい。優遇されたい。利益が欲しい。結局のところ動機は、思い通りにしたかった。そんなところだよね」
人間なんてものは、結局のところ自分本位。善や偽善を問わず、自己の思惑を孕むもの。
「それに、正しいとか。正義なんてチープ。時代の権力者たちがご都合主義に、解釈しているだけなんだよ」
正しい。普通。常識。時代の先駆者たちにより、築かれた概念や価値観。何も考えず享受することなど、己が意志なく嫌悪するところであった。
「いただきますって、なんで言うのか。考えたことあるかな?」
「フゴッ! フゴッ!」
口を塞がれたままの先輩は、まともに話せるわけがなかった。
「食材の命に感謝。とか言うけど。そんなの人間が勝手に、意味をつけているに過ぎないんだよ」
無意味なものに意味をつけ、それを正しいなどと吹聴する。
「極論を言えば、普通に常識。正しさも、洗脳と変わらないんだよ」
生まれたときから知らず内に、押し付けられた価値観。日本から世界に視野を広げて見れば、日本語を話す者は少数となり普通ではなく異端。
常識を疑え。小さなコミュニティでは普通でも、大きなコミュニティに取り込まれれば異なる結果。それでいて正しさなど本質的にはなく、多数派が本物であると謳っているに他ならない。
「……カハッ!!」
やられたことそのままボディブローをお見舞いし、先輩は痛みに悶え苦しみ腹を抱え倒れた。
「やっ! やりやがったぞっ! コイツっ!!」
周囲の取り巻き連中は、仲間の倒れる姿を見て奮起。そこからは遠慮することなく、互いを殴り合う喧嘩へ発展した。
「グフオッ!!」
右拳が取り巻きの顔を捉えると、口から血を流して一人が戦意喪失。多対一とさすがに全てを回避はできず、攻撃を受けても反撃し戦意を削ぐ展開。
余裕なくなり途中からは、顔面へも拳が飛んでくる。それでも確実に、一人ずつ数を減らしていく。
「ハァ。ハァ。疲れたな」
息も切れ切れにダメージを負った中でも、全員を倒すこと成功。校舎に背を預けて座り込むと、口の中では血が流れて鉄の味がする。
「先生! こっちです!」
女子生徒の声が耳に届き、校舎裏へ向かってくる足音。
本来なら気づかれ難い場所でも、騒動が大きくなり過ぎてか。兎にも角にも、教師を連れてくるようだ。
「お前らっ!! 何をやっとるんだ!」
駆けつけた教師により、喧嘩は周知されるところに。病院へ送られる者も出たことから、騒動は大きな事態へとなってしまった。




