第101話 夕山回想禄3
地区予選を順調に勝ち進み、全国への切符をかけた全道大会。剣道の団体戦は五人のチーム制で、先に三勝した方の勝利となる。
一回戦に二回戦と勝ち上がり、あと一つ勝てば全国となる準決勝。先鋒に次鋒と連続して負け、今や崖っぷちの状況だった。
「始めっ!」
二階に大勢の観客が見守る中、審判員が試合の開始を告げる。
独特の緊張感ある武道館を会場に、向き合うは胴着を纏った対戦相手。二年生でありながら三年生を押し退け、中堅と重要な役割を担うレギュラーの一人であった。
「パチッ! パチッ! パチッ!」
試合の決着とともに、響く止めどない拍手。中堅戦を見事に勝利で飾っては、あとは副将と大将の二人に託された。
流れを引き継いだ副将は辛勝し、大一番となる大将戦。勝勢であったものの、時間ギリギリのところで一本。
「勝負あり」
審判員の旗が上がり、結果は二勝三敗。決勝までいけば全国であったものの、ギリギリの所で届かぬ結末となった。
後日に行われた個人戦では、実力を遺憾なく発揮して快勝。それは全国へ行っても変わらず、個人で連覇を果たす結果となった。
***
大会を機に三年生が引退し、新体制が発足した九月。新たに選ばれた主将の下、次の大会へ向け厳しい練習が始まっていた。
「おらぁ! もっと気合いを入れんかっ!!」
竹刀を片手に檄を飛ばす顧問の男性教員は、不機嫌な日々が続いている。
理由は全国を期待されていた団体戦の、ギリギリで届かなかった予選落ち。下馬評が高い中で不甲斐ない結果と評価されては、自己評価が落ち部員に対する当たりも強いのだ。
「クソッ! いつまでこんな日が続くんだよっ!」
横暴とも思える態度が続く日々に、部員たちの不満は溜まっていた。本来なら次の新人戦へ向け、気持ちを新たにする時期。
しかし顧問である男性教員が未練を引きずり、部内の雰囲気は最低最悪のものになっている。
「お疲れ様でした」
「むっ! 成海か。まぁそれは良いとして。ほらっ! そこぉ!! もっと気合いを入れんかっ!」
顧問である男性教員の態度は露骨で、相変わらず実績を残した者には甘い。
「また成海だけ特別な扱い。何様だよ」
部員たちの不平や不満は積もり、敵意が向くのも当然の流れであったのだろう。
「おい。成海。ちょっといいか?」
引退した先輩の一人に、校舎裏まで呼び出された。
「個人で全国を連覇か。みんなにチヤホヤされて、ヒーロー気分だろ? 人を下に見るのは、やっぱり優越感あるか?」
廊下を歩き問う先輩の言葉は、どこかトゲトゲしく悪意を孕んでいた。
「周りが勝手に騒いでいるだけですよ。僕はあまり他人に興味がないので、下に見るとかもないですけどね」
部員たちとの関係が希薄であろうとも、見下したりしているつもりはない。
言ってしまえば、無関心という言葉が適当。好感がなければ、もちろん悪感もない。
「かっー! やっぱり凡人とは違って、大物は言うことが違うねぇ!!」
声を大きく額に手を当てる先輩は、明らかに人を馬鹿にする態度であった。
嫌味を言いに来ただけなのかな? 暇人だね。
妬み嫉み僻みの感情があるのは、当然のように知っている。
顧問である男性教員の対応は、試合後に叱咤と叱責の雨あられ。特に負けた三年生メンバーについては、見ていられる状況ではなかった。
「連れて来たぜ」
校舎の角を曲がって校舎裏へ着くと、先輩は前方にいる人たちへ向け告げる。
小さな倉庫のみある、人目のない校舎裏。待機していたのは引退した三年生に、見知らぬ顔が複数と合計八人。
「おぅ!! 有名人様のご到着だっ!」
引退した先輩の一人は、声を高らかに言った。周りにいる人たちが浮かべるは、ニヤニヤと薄気味の悪い笑み。
不穏な空気に包まれているのは、即座に肌で感じられた。
「こんな所に呼び出して、なんの用かな? 僕はこれから、練習をしないといけないんだけど」
時刻が放課後となっていることから、本来ならすでに剣道の練習に当てる時間帯。
一時期のサボっていた時と異なり、最近は毎日を真面目に。新体制となったことから、心を新たに取り組んでいた。
「個人で全国を連覇するくらいだから、練習しなくても十分に強いだろ。だからさぁ、オレたちの相手もしてくれよ。全国を連覇した人に勝ったって、オレらも自慢したいんだよ」
先輩の一人が発言すると同時に、取り巻きは包囲するよう展開。今やネズミ一匹すら、逃げられぬ状況であった。




