第100話 夕山回想禄2
先輩たちと問答あった日から、部内での風当たりは一段と強くなった。
直接的ではない陰口に、腫れ物を扱うよう態度。気に留めずとも居心地が悪くなっては、屋上にてサボる日数が次第に増えていった。
「慣れない環境に土地は、やっぱり疲れるな」
昼休みも屋上で空を見つめ過ごしていると、訪れてきたのは見慣れぬ男子生徒。
制服である紺色のブレザーを着用し、髪色は黒色も僅かに茶色味がある。何よりも特徴的なのは、トップのピョンと跳ねたアンテナ髪。顔立ちに幼さ感じることから、きっと下級生であろう。
「あれ? やっぱり屋上って、入ったらマズかったですか?」
手すりに体を預けたまま目が合うと、男子生徒は視線を泳がせ困惑している様子だった。
学校の屋上といえば転落などの危険あり、立ち入り禁止となっている場所も多い。開放されていること珍しければ、人も一人と確認をしたかったのだろう。
「僕も誰かの許可を得て、屋上にいるってわけでもないからね。別に構わないんじゃないかな」
「そうなんですか。なら良かったです。て言うかなんか、凄く良い景色ですね」
問題ないと知り男子生徒は、屋上から見える景色に感銘を受けていた。
屋上から見える気色は、前方は下り坂と住宅地区。後方は高さある山と、深き緑の森林。陵王高校は高台に立地するため、街の全貌が見通せる場所。しかし地元住民からすれば勝手を知る土地で、特に感銘を受けるほどではない。
「君は何をしに、屋上へ来たの?」
「実は俺。転校して来たばかりなんですよ。人とか環境とか、新しいことばかりで。ちょっと疲れちゃったのかな」
男性生徒は少し恥ずかしそうに、置かれた立場につき説明していた。
今にして思えば他人に質問するなど、気まぐれにしても珍しいこと。それにちゃんとした会話のキャチボールも、実に久しぶりだった気がする。
***
それからは話の流れを汲みつつ、互いに自己紹介。
男子生徒の名前は、一ノ瀬蓮夜。童顔であったことから下級生と想定したものの、年齢は十六歳で高校二年と同級生であった。
「転校して来たばかりなら、部活にも入ってないでしょ? 蓮夜も剣道部に入ったらどう?」
屋上にて会う回数が増えては、互いに打ち解け合い勧誘へ。
「俺は剣道なんて、やったことないぜ。それに陵王高校の剣道部は強いんだろ?」
しかし蓮夜に剣道の経験はなく、また評判を聞いて尻込みしていた。
「言っても、たいしたことないよ。ああ! そうだ! なら試しに、今度やってみようか!? 近いうちに、竹刀を持ってくるよっ!」
次に会うときには宣言した通り、二本の竹刀を持って屋上へ出向いた。
「マジかよ。本当にやるのか?」
蓮夜は竹刀を持ち見つめるも、戦意が薄く困惑した様子だ。
「防具を着けなくていいのかよ? 当たったら、さすがに怪我をしないか?」
「大丈夫だよ。蓮夜は未経験者だし。僕は軽く流すから! 遠慮なく、本気で打ち込んできていいよ!」
蓮夜には心配するところがある様子も、素人を相手に本気を出すつもりはない。
個人戦で全国大会を優勝し、部内でも正直なところ相手はいない。どう考えても一本を取られる理由なく、防具は不要と判断していた。
「そうか。なら、本気で行くぜ」
蓮夜は剣道の構えにない腰より下で、竹刀の先端を後ろにして構える。
素人ならば、どこか拙さあるもの。しかし蓮夜の構えは武士が帯刀するよう、見ないながらも一種の完成度があった。
隙だらけに見えて、意外と隙がないね。本当に素人なのかな。
構えると同時に蓮夜の雰囲気は変わり、眼光が鋭くなって押されるような威圧感。それは剣道の全国大会で、猛者たちと対峙したときに遜色ない。
いや、もしくはそれ以上。本能的に容易な相手ではない察知し、脳が危険信号を発しているようだった。
速っ!!
瞬きする間もなく、一気に距離を詰められた。圧倒的な踏み込み力を持って、竹刀を下段から振るおうとする蓮夜。
驚いている暇もなく、体勢を整えるため一歩後退。同時に蓮夜の振るった竹刀は、顔に向かって飛んでくる。
舐めてかかると、痛い目をみるかもしれないね。
竹刀で受けたのと同時に認識を改めるも、猛攻はこれからが始まりであった。
連続して振り下ろされる竹刀に、反撃の隙なく防御一辺倒。調子つかせる展開となっては、蓮夜の勢いを止められずにいた。
素人だと思って打たせていたけど。守っているだけなんて、性に合わないんだよね。
蓮夜の攻撃を受け続けては、迫り合いを経て押し返し。体を後退させたところで、丁度いい感じに距離ができた。
タイミングとしては、今が反撃の好機。竹刀を胴へ打ち込みに行き、勝負の決着をつけにいく。
何っ!?
素人には見切れない角度で、放ったはずの竹刀。
しかし結果としては、回避され空振り。絶対の自信ある攻撃であったため、動揺あり反応が遅れてしまった。
「コツッ!」
蓮夜の振り下ろした竹刀は、軽く頭を打った。
「俺の勝ちだな!」
対戦相手である蓮夜は、勝利という結果に笑顔を浮かべている。
「まさか一本を取られるなんて、思ってもみなかったよっ! 本当に未経験なのっ!?」
敗北という結果や悔しさより、何よりも驚きが増さった。
相手である蓮夜は、剣道経験なしの素人。動きのキレや力に、判断力と臨機応変な態度。今まで戦った中でも間違いなく上位で、言うなれば光る原石と出会った感覚であろう。
「いやぁ。実は……」
蓮夜は未経験なのかと言う問いに、なんとも判断つかぬ解答を落とした。
事故による、記憶障害。そのため蓮夜本人にも、実際のところわからぬとの話。
「やっぱり剣道部に入るべきだよ! 蓮夜ならすぐに、レギュラーへなれるよ!」
ライバルとなりうる存在の登場に、珍しく気持ちが高揚し心が躍った。
ハッキリ言って今の剣道部には、張り合える人間いなくてつまらない。最近では環境的な問題もあって、サボり気味となってしまった部活動。今の煮え切らぬ日々を変えうる、新しい風の登場にも思えたからだ。
「俺は岩見沢に来て、まだ数ヶ月だからな。周りの環境とかにも、慣れなきゃいけないし。それにさっきも言った通り、事故で頭を怪我しているから。頭を打つだろう剣道は、やらせてもらえねぇよ」
蓮夜は己が状況や状態を鑑みて、剣道部へ入る気はなかった。
それでも屋上で会い、会話するなど関係は継続。時には遊びと称して、剣道の模擬戦もやった。
ここまで僕とやり合える人は、そういないのに。本当にもったいないね。
初めに行った一戦を含め、通算成績は二勝二敗。盛り返したとはいえ結果が引き分けとは、蓮夜の能力の高さに疑いはなかった。




