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第九話 王女来訪

 

「しょーぐんっ。大変だようグリュンメルトしょーぐん!!」


 ドタバタどっぱあーん!! と荒々しい足音と共に女将軍の自室の扉を蹴り破る一兵卒の少女。普通の軍における上下関係の厳しさを考えるならばあり得ない光景だっただろうが、グリュンメルトは態度や言葉遣いを気にすることはないと部下たちに公言している。


 ……とはいっても、ここまでグリュンメルトの発言を素直に受け取る馬鹿は少ないが。


「アメリア、何があったんですわよ?」


「王女様がやってきたんだよう!!」


「何ですって?」


「だから王女様だよう王女様あ!! とりあえず客間に通したけど、どうしようしょーぐん!?」


「どうしようって……とにかく王女様のところまで案内するんですわよ」


「りょーかいだよう!!」


 あわあわ両手をばたつかせる簡素なレザーアーマー姿の一兵卒の少女についていきながら、グリュンメルト=スカーレットは不審そうに眉を潜めていた。


 この国の王女といえばフィリアーラ=シャルディーンただ一人。家名を掲げていることからも分かる通り一応貴族であり将軍職にあるグリュンメルトは何度か会話をしたこともあるが、その時の印象は気弱な女の子といったものだった。


 国王や王子の横暴に対して積極的に関わることはなく、しかし抗うことなく息を潜めて『何もしない』ことで責任から逃れられると勘違いしている文字通りお飾りの王女、それがフィリアーラ=シャルディーンである。


 そんな彼女が王都を飛び出して前線にまでやってきたという。はっきり言ってこれまでの印象からは想像もつかない行動だ。


 そこまで考えて獅子のようにボサボサの紅の髪のグリュンメルトは首を横に振る。何がどうあれ王女はやってきたらしい。ならば王女自身と対峙してから何を考えているのか見極めればいいこと。


 行動する前からグダグダ考えても無駄だと、幼少の頃から野を駆け回って考えるより先に身体を動かしてきた時と変わらず、グリュンメルトは王女が待っている客間の扉を開いた。



 ーーー☆ーーー



 スカーレット領領主にして唯一生き残った女将軍の居城に乗り込み、対応に困っているとハタから見てもわかる兵士に客間へと通された王女は無表情のまま立っているゴロツキ少女へとこう迫った。


「うわあん!! やはりこんなの駄目ですってベルゼさあん!! 考え直しましょう? もっと他に良い方法ありますってえ!!」


「そんなことない。これが最善よ」


「最善!? リアバルザ軍に完敗したシャルディーン軍の生き残りを引き連れて反撃に出るというのがですか!? 一万対一万の兵数は同じで地の利は大陸中原から攻めていたリアバルザ軍よりも上でしたのにシャルディーン軍は完膚なきまでに敗北したんですよ!? 万全で挑んでも惨敗でしたのに、ほとんど戦死あるいは逃走してろくに戦力の残っていない今のシャルディーン軍がどうやって天下のリアバルザ軍に勝てるというんですかぁ!?」


「だけど、リアバルザ軍を退ける以外に王女様が助かる道はない」


 ぱくぱくと、何か言いかけて、しかし言葉にならない王女。対してゴロツキ少女は何でもなさそうな調子で続ける。


「王女様を助けると約束した時には正直深く考えていなかったけど、現状シャルディーン王家唯一の生き残りである王女様は敵からも味方からも格好の獲物よ。王城で味方から手土産として狙われていた時と似たようなことはこれからもあるかもしれないし、敵であるリアバルザ軍にとっても征服後の統治を円滑に進めるためにも古い支配者は排除しておきたいはず」


「ですけど、戦うだなんてあんまりです! そう、そうですよ、逃げればいいじゃないですか!!」


「逃げるのは現実的じゃない。リアバルザは大陸の統一を狙っている。どこに逃げたって大陸そのものがリアバルザの支配圏となったら逃げ切るのは難しいし、どこまですれば助けたことになるのか判断が難しいわ」


「う、ううっ!!」


「その点、戦うならわかりやすい。王女様を狙う連中を一人残らず殺してしまえば、その時点で王女様の身の安全は確保される。そこまですれば助けたと言えるわよね」


「ですから一人残らず殺すというのが不可能だと言っているんですよぉ!! 普通ではないとはわかっていましたけど、これはあんまりですーっ!!」


「そう? 王女様がどうしても嫌だと言うなら私はこの件から手を引いてもいいけど」


「へ?」


「幸いここの連中に悪意は感じられない。おそらく王女様に危害は加えないと思うし、ここの連中と協力してなんとかすればいい。私が助けると約束したとはいえ、王女様自身が私に助けられたくないと拒絶するなら仕方ないわ」


「え、え???」


「それではさようなら、王女様。短い間だったけど、頼りにされるのはそう悪い気はしなかったわ。貴女がこの戦乱の世を生き残ることを祈っているから」


 やはり、ゴロツキ少女に迷いはなかった。

 背を向けて立ち去ろうとした彼女を見て、顔を青くした王女はがばぁっ! と勢いよく縋りつく。


 もうかんっぜんに涙を浮かべて、王女としての立ち振る舞いなど忘れ去っていた。


「いやあ!! ベルゼさん見捨てないでください!! わかりました、戦いましょう!! リアバルザ軍などコテンパンにやっつけてやろうではないですか、あは、あははははは!!」


「そう? 無理する必要はないけど」


「無理などしていませんから! ですけど、その、何があっても、そうです万が一ですよ? 万が一ベルゼさんの思惑が外れて敗北するようなことになってもわたくしだけは助かるようにしてもらいたいですけどねっ!!」


「殺し続ければいつか敵はいなくなるから心配しなくていい」


「あは、あははっ! 確かに、は、はは、ベルゼさんの言う通りですね!! あはははは!! もうどうにでもなってください!!」


 やけくそだった。

 それでいて、こんな無茶苦茶な少女に頼るしか生存の道はないと王女の本能が訴えているのも確かであった。


 ──そんな王女の姿を扉を開けて客間に入ったグリュンメルトと一兵卒の少女は目撃していた。


 中級の魔獣討伐の際に最上位の魔獣の代表格であるドラゴンと遭遇した時にだって獰猛に笑って突っ込んでいったグリュンメルトであっても反応に困る様子だったのだろう。


 グリュンメルトたちが入ってきたことに気づいた王女やゴロツキ少女(と近くに座っていたポニーテールの女の子に黒髪の女の子)と目が合った紅の戦女神と呼び声高いグリュンメルトはこう言ったのだ。


「我は何も見なかった。そういうことにしてほしいですわね」


 ドラゴンの相手くらいならいくらでもしてやるが、王族の醜態に対するうまい返しなど専門外にも程があった。

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