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第七話 雑草を刈り取るように

 

 暗く、冷たい森の中でグレンの妹は身をすくませていた。


 何か良くないことが起きている、という予感はあった。それでも兄と約束したんだと、ちゃんと帰ってくるんだと信じて待っていた。


 だから。

 ガサガサと草をかき分ける音がした時、思わず『お兄ちゃんっ!!』と叫んでしまった。致命的なまでに己の居場所を晒してしまったのだ。



「おっ、やっぱり取りこぼしがあったじゃねーか」



 返ってきたのは酒やタバコで喉が焼けてしゃがれた声だった。


 ずっ……と見知らぬ誰かが冷たい森の闇の中から現れる。真紅の鎧を着込んだ男が三人ほど、グレンの妹へと近づいてきていた。


「誰……? お兄ちゃん、お兄ちゃんは!?」


「がっはっはっ! お兄ちゃんとやらがどれだったかは知らねーが、心配はいらねーよ。村にいた奴らはみーんなまとめてぶっ殺してやったからなあ!!」


 ゲラゲラと笑いが止まらない。

 腹を抱えて笑う男が何を言っているのか、妹には理解できなかった。あるいは理解したくなかったのか。


 真紅の鎧や顔に赤黒い液体をこびりつかせた誰かは無遠慮に手を伸ばす。妹の胸元を掴んで引っ張り上げる。


 不意の浮遊感に対するものか、それともすでに悟っていたがためなのか、妹の背筋に嫌な震えが走っていた。


「いやっ!」


「知ってるか、おい。おめーらシャルディーンの兵だけでなく民もまさかのリアバルザ国王直々に好きにするよう推奨されている。わかるか? 奪って喰らって犯して、散々好き勝手やってもお咎めないどころか褒められるってわけよ!! いやはや我らが上層部様は最高だよなあ!!」


「うるさい……。わけのわからないことばっか言って! お前らなんかにお兄ちゃんは、グレンお兄ちゃんは負けたりしない!! 今すぐにでもあたしのところに戻ってくるもんっ。そうなったらお前らなんてコテンパンにやっつけてくれるんだからぁっ!!」


「グレン?」


 ふと。

 先程までゲラゲラ笑っていた男が何かを考えるように眉根を寄せて──やがて先程の笑みが霞むような醜悪にして歓喜に満ちた笑みを広げたのだ。


「がはっ、がははははは!! グレン、ああグレンねえ!! そういえばキャンキャン吠えながら俺たちに喧嘩を売ってきたガキがいたっけか。まーあんな剣の腕で俺たちに勝てるわけもなく、幼馴染みらしい女が嬲られるのを見せられながら死んでいったがなあ!!」


「死、ん……? うそ、うそだよ。お兄ちゃんがお前らなんかに殺されるわけない!! だって、約束したもん。あたしのこと迎えにくるって、ちゃんと約束っ、約束したんだよ!!」


「そりゃー残念だったなあ!! おめーの兄貴は誰も守れず、無様に死んでいったんだよ!! がははっ、はははははははっ!!」


 こんな奴らに兄が殺されたなど信じたくなかった。


 物心ついた頃には両親は亡くなっており、妹にとっての家族とは兄一人だった。彼だってまだ成人してもいないというのに、疲れた顔を見せることなく今日この日まで育ててくれた。


 いつだって守られてばかりだった。

 だからこそ、いつか自分が兄のことを守れるくらい成長してみせるのだと決めていた。


 大好きなお兄ちゃんにまだ何も返せていない。

 なのに、だというのに、


「流石に遊び過ぎですよ」


「待てよ。こんなナリしてても女だぜ? きちんと『遊んで』やらなきゃ失礼ってものだ。つーわけでそれ俺にくれねえか?」


「がははっ!! 相変わらず悪趣味な性癖の持ち主だな、おいっ。だが、まーいいんじゃねーか? 好きにやれ。それがリアバルザ国王直々の命令なんだからな!!」


 言下に男はグレンの妹を放り投げた。

 後ろの二人のうち一人は呆れたように肩をすくめていて、もう一人はギラギラとした目で妹を見つめていた。


 そして、先程まで妹の胸ぐらを掴んでいた男はこう言ったのだ。


「恨むならてめーのことを守れなかった弱っちいお兄ちゃんを恨むこったな。弱者は強者に奪われるしかねーんだから」



「んー? 普通散々好き勝手やった奴らが恨まれるもんっすよ?」



 ゴッバァッ!!!! と『それ』は木々を薙ぎ払いながら彼らのすぐ近くへと落着した。


 巨大な雄の鶏の頭部、ドラゴンに酷似した翼、白く輝くもふもふの羽毛に一人でに踊る蛇のごとき尻尾。


 すなわち合成魔獣コカトリス。

 A級に指定される大型魔獣が二人の女を乗せて落着したのだ。


「な、んでこんなところにコカトリスが!?」


「まあ弱者は強者に奪われるしかないってのは同感っすけどねっ」


 まず初めに先程まで妹をつりあげていたリアバルザ兵が真紅の鎧ごとコカトリスの前足によって踏み潰された。


 次に欲望を滾らせていたリアバルザ兵が慌てて腰の剣に手を伸ばすが、抜く間もなく鞭のようにしなりながら襲いかかった蛇のごとき尻尾に丸呑みにされた。


 そして素早く飛び退いた最後のリアバルザ兵へとコカトリスが放った毒のブレスが炸裂して──



「流石に舐めすぎです」



 ゾアッ!! と腕の一振りでもって吹き散らされた。


 正確には腕の軌跡に沿って烈風が放たれ、それが毒のブレスを散らしたのだ。


「A級魔獣ともなればリアバルザ兵にも敵うと思いましたか? あのような未熟者たちと違い、私は魔獣ごときに遅れをとることはありません」


 ざっ、と一歩踏み出す最後のリアバルザ兵。

 未だコカトリスは戦意を失ってはいなかったが、それでも緊張からか巨躯が微かに強張っていた。


 コカトリスに乗っかっている二人のうち、高そうな純白のドレスの女が『いやあ! 何でリアバルザ兵がこんなところにーっ! はっははっ早く逃げましょうよ!!』などと叫んでいたが、もう一人のポニーテールの女の子は完全に無視していた。


「ふーむっす。このままじゃコカっち負けちゃうかもっす。わたしのものを失うなんて絶対に嫌だし、仕方ないっす。殺しは疲れるから嫌いだけど、殺してやるしかないっすね」


「ほう? 随分と余裕があるようですが、私はかつて、ぁ、びゅ!?」


 途切れる。

 高らかに紡がれていた言葉が千切れるように霧散したのだ。


 理由は以下の通り。

 リアバルザ兵の首が漆黒の闇が覗く()()()()()()()()()()()()()()()()一片の肉片すら残さず消失したからだ。


「ふうっす。『奪う』ためならいくらだってスキルを使っていいけど、殺すためにってのは面倒に思えてやっぱり嫌いっすねえ」


 ポニーテールの女の子はあっけらかんと言って、いつの間にその手に持っていたのか()()()()()()()()()()()をそこらに捨てる。


 最後のリアバルザ兵は盛大に血を噴き出しながら倒れていった。



 ーーー☆ーーー



 錆びたように霞んだ金の長髪に死体から滲むどす黒い血のように澱んだ赤き瞳の少女が縦横無尽に鮮血と死が蔓延する村を駆け回る。


 彼女が動く度に腕が飛び、頭が裂け、足が砕け、落ち葉が風に吹かれるようにリアバルザ兵が赤黒い液体を撒き散らしながら宙を舞っていた。


 相手は年端もいかない少女である。いかに『半人前』と呼ばれようとも、同数のシャルディーン軍相手に圧倒的な勝利を収めたリアバルザ兵の敵ではないはずなのに手も足も出なかった。


 あの一瞬だ。

 少女が降り立った瞬間、立場が入れ替わった。


 つい先程まで狩る側だったリアバルザ兵は、途端に狩られる側へと転落したのだ。


「待って、待ってくれ! 俺たちは、そう、上からの命令で仕方なくだなっ」


「……? 別に誰の命令でもそうでなくても、リアバルザの兵士なら殺すだけだけど」


「金か? 金なら村の連中から奪ったのがあるっ。何なら今回の報酬全部お前にくれてもいい! だから!!」


「それは国が貯め込んだ財を上回っている? どちらにしても王女様が先約だから殺すのに変わりはないけど」


「何が望みだ? お前の言うこと何だって聞く! だから、なっ、見逃してくれよ!!」


「望みなら今叶えている。貴方たちを殺すのが今の私の望みだから」


「俺たちが悪かったっ。村人を殺したのは謝る。謝るから、助けてくれよお!!」


「謝る必要はない。別に貴方たちが誰を殺そうとも貴方たちの勝手だから。同じように私は貴方たちを勝手に殺すだけだけど」


 初めこそやられた兵に情けないと言いながら向かってきていたリアバルザ兵だったが、気がつけば命乞いを口にしながらロクな抵抗もなく斬り殺されていた。


 なぜなら何をしても通用しないのだ。


 魔法を放っても軽く斬り払われ、剣や槍で向かっても武器ごと両断され、数を頼みに取り囲んでから一斉に襲いかかったって鎧を着込んでいるとは思えないほどすんなりと、そしてまとめて胴を輪切りにされるだけなのだ。


 赤子と大人。

 まさしく勝ち目など存在しないと思い知らされるだけの力の差が広がっていた。


「ごめんなさい俺たちが悪かったですこれからは真っ当に生きますだからお願いだから助けてください!!」


「そう」


 ザンッ!! と彼女は無表情のまま地面に額をこすりつけて大の男とは思えないほど顔中を涙や鼻水で汚した最後のリアバルザ兵の頭に長剣を突き立てた。そこに躊躇は微塵もなかった。


 無惨にも痛めつけられながら殺された村人たちと、一撃で命を刈り取られたリアバルザ兵だったモノで赤黒く染められた村の中心に立つ少女は、やはり表情を変えることはない。


「これだけの『戦果』と王女様の後押しがあればなんとかなるかな。……ならなかったら上から排除していって、言うこと聞く人だけにすればいいだけだけど」

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