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第十九話 一方的な虐殺にも等しく

 


 それはまるでおもちゃの積み木を崩すように呆気ないものだった。



 リアバルザ兵が放つ炎、水、風、土の魔法が上空から雨あられのようにシャルディーン軍へと降り注ぎ、焼いて貫いて裂いて潰して草原を真っ赤に染めていく。


 もちろんシャルディーン軍も抵抗はしている。魔力を充填することが可能な魔石を核に特殊な魔力伝導回路を用いることで簡易的な魔法を具現化する魔道具や兵本人による魔法行使でもって迎え撃つがまるで太刀打ちできていないのだ。


 初戦、リアバルザ軍一万とシャルディーン軍一万が激突した際に国王や王子を筆頭とした強者のほとんどは死に絶えている。


 僅かに残ったシャルディーン軍の内情は決して強靭なものではないのだから、万全の体制で望んだ初戦を惨敗で終えた初戦を超える結果など残せるわけがない。


 ──王女のすぐ横で兵が丸焼きになって転がった。


「っ」


 ──王女を庇うように前に出た兵が巨大な風の刃によって構えた剣ごと両断された。


「……ぅ……」


 ──後ろのほうで巨大な土のハンマーを横殴りに叩きつけられた兵の肉体がひしゃげて赤黒い雨のように王女へと降り注いだ。


「……ッッッ!!!!」


 ぎゅう、と馬の手綱を握り、表情に怯えを滲ませて、それでも王女はこう叫んだのだ。



「我が国が誇る兵たちよ! 皆さまは何のためにここに来たのですか!?」



 上空からの魔法の掃射ですでにシャルディーン軍には甚大な被害が出ている。おそらくは百人近い兵がすでに殺されているだろう。


 敵の初撃を受けてその有様だ。リアバルザ兵たちが本格的に仕掛けてくればそれ以上の被害が出るのは目に見えている。


 初めから勝ち目などない戦いなのだ。

 それでも諦められなかった大馬鹿どもが剣を握って特攻を仕掛けるという話であり──感情論で戦争の勝敗が変わるわけがない。


 このままでは勝てない。

 だからといってシャルディーン軍が壊滅するのをただ黙って見ているわけにはいかない。


「これは何の罪もない民を救うための戦いですっ。正義は我らにあり、なれば臆する理由などどこにもありません!!」


 美しいだけの感情論が残酷な現実に押し潰され、シャルディーン軍が崩壊する前に王女は正義を語り『酔わせる』。


 先程までのシャルディーン軍がそうだったように、現実になど目を向けさせない。


「さあ、皆さま! 今こそ戦う時です!! その手でこれ以上の悲劇を防ぐために目の前の敵へと剣を突き立てるのです!!」


 本音?

 今ここでシャルディーン軍が壊滅したら王女もまた殺されるから正義でも何でも持ち出して戦意を維持したいだけに決まっている。


 王女は一度惨敗したシャルディーン軍になど期待していない。それでも気がつけばこんなところまでついてきたのはなぜか。


 考えてみれば簡単な話だ。


(やだあ!! もうやだ早く来てくださいよベルゼさあんっ!!)


 ゴッヂャアッッッ!!!! と王女が跨る馬の頭部を押し潰すようにリアバルザ兵が降り立った。


 衝撃で投げ出される王女。右肩から地面に落下し、走る激痛に顔を歪める。


「づぅ、あ……っ!?」


「よお」


 馬の死体を爪先で引っ掛けて横合いに蹴るように払うリアバルザ兵。鍛え上げられた筋肉の塊はそこらの丸太に匹敵する重量があっただろうが、彼が纏う風魔法が人間の範疇を超えた力を振るっていた。


 横に吹き飛んだ馬の胴体はリアバルザ兵の爪先で抉れて赤黒い液体が漏れている。それほどの力が発揮されているのだ。


「随分と美しい女だな。戦場にドレスで乗り込んでいるのを見るにまさか王女とかか? まあそれはないにしても女であるのは変わりないし、楽しくなぶらせてもら──」


「王女様に卑猥な視線を向けるんじゃないですわよ!!」


 ガッギィぃんッ!! と。

 巨大な刃がニタニタと笑うリアバルザ兵の頭上へと振り下ろされ、しかし両腕を交差して受け止められた轟音が炸裂した。


 よくよく見れば交差した腕に空気が集い、景色が歪んでいた。風系統魔法でもって大剣の斬撃を受け止めているのだ。


 大剣を握るグリュンメルト=スカーレットはギリギヂと拮抗する状況に舌打ちをこぼし、仕切り直すように後方に飛ぶ。


 対してリアバルザ兵は眉をひそめて、


「マジで王女、だと?」


 王女はまずいと思った。

 何もかもが手遅れだった。



「その通りですわよ! このお方こそフィリアーラ=シャルディーン王女ですわよ!!」



 ばーかっ!! と叫ぶのを寸前で我慢する王女。お飾りの冠は伊達ではなく、しかし手遅れであることに変わりはない。


「はっはっ! よもやこんな最前線に格好の手柄が顔を出しているとはな!! 王女さんよお、俺の出世のために死んでくれや!!」


「させるわけないですわよ!!」


 言下に激突するグリュンメルトと風魔法の使い手であるリアバルザ兵。


 脳筋馬鹿女将軍が一人で盛り上がっている中、王女の危惧は現実のものとして示されていた。


 つまりはグリュンメルトの馬鹿でかい発言を耳にした周囲のリアバルザ兵たちが王女を狙って動き出したのだ。


(そうですよね敵国の王族がこんなところにいるとわかれば狙われますよねえ!? 誰ですかあんな馬鹿将軍にしたのはあ!?)


 兵の士気を落として自分を守る盾を弱体化するわけにはいかない。そうでなければ今頃罵詈雑言叫びまくっていたことだろう。



 ーーー☆ーーー



 ドラガーナ=サーチフォールドの副官にして一万に近いシャルディーン侵攻軍を統べる男は小山から草原へと下りた位置で不思議そうに戦況を眺めていた。


 敵の狙いが読めなかったがために当初シャルディーンへと追撃を仕掛けていた千人規模の部隊──つまりは『半人前』がほとんどの連中を差し向けた。その対応でもって敵が強気に出てきた理由を見極めるつもりだった。


 だが、シャルディーン軍は押されに押されている。初戦、一万対一万の戦争で国王や王子をはじめとした主力のほとんどを副官の男の『複合魔法』である雷撃で失ったのだから当たり前だが、それにしても何もなさすぎる。


「まさか」


 グリュンメルト=スカーレットは仁義に熱く、自身が率先して盗賊退治などに乗り出して領内の平和を守っているらしい。


 考えるよりも先に行動するような人間である、という侵攻前の調査で評されていたが……、


「あいつら、何の勝機もなく突っ込んできたのか?」


 いいや、と副官の男は否定する。

 少なくともスキル使いという切り札は確認されている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「読めない」


 もしもシャルディーンの切り札がスキル使いであれば『半人前』でシャルディーン軍を追い詰め、我慢できずに飛び出してきたスキル使いへと主力をぶつけて消耗、エネルギー切れと共に殺せばいい。


 だが件のスキル使いは行方知れずであり、真っ向からぶつかってきたシャルディーン軍は呆気なく崩れている。


 こんなものにどう説明をつけろというのか。

 これが敵の策略であれば、副官の男にすらも悟らせない何かが進行しているということだ。


「何を狙っている、シャルディーン!?」



 ーーー☆ーーー



 ガッガガッガギィンッ!! と轟音が連続する。身の丈以上の大剣が霞むほどの速度で振るわれる度に空気が軋む程の轟音が炸裂しているのだ。


「ハッ、ァァああああ!!」


「むうう!!」


 リアバルザ兵の右腕が弾かれる。間髪入れずに返す刃が襲うが、下から掬い上げるように放たれた左腕が大剣の腹を叩いて軌道を頭上に逸らす。


 と、そこで跳ね上がったグリュンメルトの足がリアバルザ兵の顎を蹴り抜き、空気が破裂するような異音を響かせた。


「ご、ぁ!?」


 顎が抉れて肉片が宙を飛ぶ。一瞬意識が飛んだその隙を逃さず大剣が袈裟に振るわれてリアバルザ兵を斬り裂き、両断する。


 鮮血が噴き出し、グリュンメルトの顔を真っ赤に染め上げた時だった。


「はっはぁ!! 手柄だ手柄っ。王女っさまあ、大人しく俺に殺されてくれよお!!」


「っ!?」


 新たなリアバルザ兵が王女を狙って飛び込んできたことに気づき、慌てて大剣を突き出す。対して敵兵は土を操り、盾のように展開。土の盾自体は斬り裂かれたが、僅かに食い止めた猶予でもって回避。リアバルザ兵の足元の土が蠢き、土の槍と化して射出。グリュンメルトの脇腹を抉るように迫る。


「な、める、んじゃ──」


「ふん。精々足止めしておけ。その間に僕が王女を殺すからなっ」


「くっ!!」


 王女を狙う敵兵は一人にあらず。

 グリュンメルトが土系統魔法使いの相手をしている間にも新たなリアバルザ兵が王女へと迫っていた。


 土の槍を拳で砕き、新たなリアバルザ兵へと飛ばすがその程度で止まるほど弱敵にあらず、しかも土系統魔法使いもまた次の攻撃のために魔力を練っていた。


 それだけで終わらず、そう、目の前の敵を倒す前に次から次へと新手が押し寄せていた。


 副官の男曰くほとんどが『半人前』、正規兵でないというのに将軍格であるグリュンメルトでも一撃で殺すことはできない実力者が絶えずにだ。


 そんな猛者の群れを普通のシャルディーン兵が相手にできるわけもなく、軍勢は虫食いのように至る所が崩れ、赤黒い死体の山を築きつつあった。


 ──その光景をマイは黒髪の女の子を腕に抱いて眺めていた。


「おいおいガキまで混ざってやがるぜ」


「人手足りねえからってひっでえなシャルディーンってば」


「まあ俺らが殺しすぎたせいだろうがな!!」


「違いねえっ」


 ゲラゲラと嘲笑う声が戦場に響いていた。

 およそ命のやり取りをしている最中とは思えないが、そもそも彼らは対等にやり合っているつもりはないのだろう。


 王女という手柄よりもマイたちに注目していることからもその本質は見て取れるというものだ。


「……死んじゃえ」


「あぁん?」


 腕の中の女の子が憎悪を吐き出す。

 目の前のリアバルザ兵の一人一人が強大な──兄が敵わないほどに強いだろうと分かっていて、それでも怖気付くほどの余地なんてどこにもなかったから。


 あの日、あの瞬間。

 感情など憎悪で塗り潰されている。


「お前ら全員! 惨たらしく死んじゃえ!!」


「ぎゃははっ!! 死ねと言われて死ぬ奴はいねえ──ば、ぶっ!?」


 胴体が、ズレた。

 楽しそうに額に手をやって笑っていたリアバルザ兵の胴体が()()()()()()()()()()()()()()に呑み込まれ、残った上半身と下半身が切り分けられるように地面に転がったのだ。


「な、んだ!?」


「黒い裂け目……そうか、こいつが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()!!」


 直接目撃した者以外はこう伝え聞いている。

 シャルディーンは兵の四肢を消し飛ばす黒い力を持つスキル使いを味方につけていると。


 ゆえに黒い裂け目でリアバルザ兵の胴体を()()()()()()()()()()()()マイを件のスキル使いと勘違いしたのだ。


 その叫びは波紋のように広がっていった。

 スキル使いがシャルディーンについたということは把握していたが、()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という話だからこそリアバルザ兵たちは悠々と殺し回っていたというのに。


 とはいえ、いかに衝撃を受けていようともいつまでも固まっているほど間抜けではない。胴体を『奪われた』兵と共に先ほどまで嘲笑いを浮かべていた残りのリアバルザ兵たちは距離を取ろうと動き出していたが、その時にはマイは力を解放していた。


 ある者は頭を飛ばされ、ある者は内臓だけを『奪われて』骨と皮だけとなって地面にへばりつき、ある者は乱雑に刻まれるように至る所を抉り取られた。


 総じてマイは言う。


「惨たらしくってこんな感じっすか?」


 ニコニコと、笑顔で。

 悪虐なりしリアバルザ兵と違い、悪意を滲ませることすらなく無邪気に容赦なく殺していったのだ。


 ボロボロと『奪った』肉片がマイの周囲に新たに展開された空間の裂け目より吐き出される。


 いらないものを捨てるように、何の感慨もなく。

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