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第十八話 闘争の中に見え隠れする悪意

 

 その少女は東部侵略を成し遂げつつあるリアバルザ軍の中でも精鋭に位置する五百の兵の中心に降り立った。


 メディを征服し、シャルディーンを半ば攻め滅ぼしたも同然である東部侵攻軍総司令官ドラガーナ=サーチフォールドを前にしているというのに彼女は軽く視線を外し、ルリアへとこう言ったのだ。


「あれは私が喰べるんだから、手を出さないで」


「な、ん……?」


 異様にどす黒い金の長髪に赤き瞳の少女は唖然としているルリアにハナからそれほどの興味はないのか、言うだけ言って視線をドラガーナへと移した。


 見ただけでナマクラだとわかるほどにボロボロの長剣に謎のどす黒い粒子を纏わせ、メディ最強たるルリアの全魔力を込めた一撃さえも無傷で耐えた怪物へと一歩踏み出す。


「ドラガーナ=サーチフォールドよね?」


「いかにもその通りだ。そういう貴様はベルゼだな?」


「ええ」


 少女が頷くのを見て筋肉の塊のごとき巨躯がぶるりと震えた。もちろん恐怖になどではない。歓喜を滲ませてだ。


「ベルゼ、はっは! やはりベルゼか!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」


 巨躯が馬から飛び降りる。

 ルリアを相手にしていた時はまともに構えることすらなかったというのにだ。


「その黒い粒子、我が兵を消し飛ばしたスキルだな?」


「ええ」


「なるほど。誘き出されたのは俺様のほうか」


 どこからどう話が飛んだのか、あくまでドラガーナがシャルディーンへと侵攻している軍に合流しようとしていることまでしか知り得ていないルリアには把握できなかった。


 だが、ベルゼという金髪赤目の少女にとっては予想できた問いだったのだろう。何でもなさそうに『ええ』と頷くのだった。


 ──周囲では国王直属騎士団『ホワイトライガー』とリアバルザ兵とが激突する轟音が連続しているというのに、この場だけが切り分けられたように静かな空気が満ちていた。


「俺様の性格、東部侵攻軍の権力図、何より我が軍の実情を把握しないとこのタイミングで仕掛けてくるのは不可能なはず。シャルディーンを侵攻している軍勢だけでも手に余っているだろうによくもまあ調べ上げたものだ」


 ベルゼは揺るがない。

 周囲で勃発している戦闘にも、東部侵攻軍を統括するほどの実力者を前にしても。


「とはいえ、俺様を引きずり出して潰すことでリアバルザ軍が引き上げることを期待しているのならば甘いと言うしかないな。もしも俺様を殺せたとしても我が軍は頭を失ったままシャルディーンを踏み潰す。こんなところまで足を運んでご苦労なことだが、貴様がどんなに頑張ろうともシャルディーンを救うことなどできはしないのだよ!!」


「???」


 悪意しかなかった。

 シャルディーンを守るために戦っているはずのベルゼへと現実を突きつけるためだけの単なる悪趣味である。


 だからだろうか。愉悦に顔を歪めるドラガーナは気づいていなかったが、少し離れた位置で様子を見ていたルリアは気づいていた。


 どこまでも不思議そうにしているベルゼに。


「そもそも俺様が貴様に負けることなどありえないし、さらに言えばここに集うは俺様が選りすぐった精鋭なり!! 『半人前』は言うに及ばず、悪名高い殺人鬼さえも混ざる正規兵を凌駕する絶対的暴力の持ち主たちだ!! いかにスキル使いといえども殺し切れずにエネルギー切れで潰えるのは目に見えているというもの!!」


 ゆらり、とドラガーナの叫びに合わせるように先程ルリアが魔法攻撃で吹き飛ばした数十の兵が起き上がった。


 いかに道を開くことを優先していたとはいえ手加減したつもりはない。そう、メディ最強の肩書きを背負うルリアの攻撃はリアバルザ兵には届いていなかったのだ。


「わかってはおったが、やはりドラガーナの手勢も化け物であるな……ッ!!」


 呻くルリアは、しかし諦めてはいなかった。

 そもそも退路など残されていない特攻である。失敗したからとやり直しがきくような構図にはなっていない。ならば最後の最後まで、その命を使い尽くしてでも足掻くしかないのだ。


 国王の仇をとるためならば。

 何やらドラガーナと対峙しているらしい謎の少女だって利用してやる。


「精々足掻くがいい、ベルゼよ。どれほど頑張ろうともいずれは俺様の手によって殺されることに変わりはないがな!!」


 言下にドラガーナは地面を蹴り、上空へと舞い上がった。それを合図にするように周囲のリアバルザ兵が一斉にベルゼへと襲いかかったのだ。



 ーーー☆ーーー



 今回の作戦は全てマイが『奪った』情報をもとにしている。


 敵の数や分布、主要な構成員、武器や糧食、権力図などありとあらゆる情報を『奪い』、ベルゼに伝えていた。


 総括してベルゼはこう呟いたものだ。


『真正面から馬鹿正直に相手しようとすると時間がかかるわね』


 勝てないとは言わなかったことにマイは特に疑問を感じなかった。ニヤニヤと含み笑いなど漏らしながらこう問いかけただけだ。


『それじゃどうするっすか?』


『東部侵攻軍総司令官ドラガーナ=サーチフォールド。彼、スキル使いなのよね。そいつを殺すことで暴食のスキルを成長させて、シャルディーンに侵攻しているリアバルザ軍を殺す。そうすればとりあえず現状を打破できるわ』


『そいつは隣国の首都に閉じこもっているっす。シャルディーンへ侵攻してきている数千の兵を蹴散らすために隣国の首都に配置されている数千の兵を蹴散らすってのは本末転倒じゃないっすか? それなら普通に目の前の敵を殺したほうが早いっす』


『目の前の敵を殺すだけでいいならともかく、どうせ「次」もあるから暴食を成長させておいて損はないわ。それにドラガーナとやらにはコンプレックスがあるとマイが言っていたじゃない。リアバルザ軍所属の五人のスキル使いが大将なのに自分だけは中将なのを気にしているって』


『それがどうしたっすか?』


『その辺を軸に状況を整えればドラガーナを誘き出せるかもしれない。成功したら苦労せずに敵の頭とスキルを喰い殺せるし、失敗したってこちらに損はないわ』


『それもそうっすね』


 作戦は成功した。ゆえにベルゼはドラガーナ=サーチフォールドという獲物を喰らうために動いた。


 そう、奇しくもドラガーナもベルゼも同じ目的で激突しようとしているのだ。


『あ、そういえばグリュンメルトたちはどうするっすか?』


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 ーーー☆ーーー



 スカーレット領に広がる草原では王女様の演説でこれまでで一番の盛り上がりを見せるシャルディーン軍の最前線で王女様がそわそわしていた。


 キロ単位は離れているとはいえ正面の小山の木々から漏れるように真紅の光が漏れているのだ。リアバルザの兵であることを示す真紅の鎧はもうすぐそこまで迫っている。


「王女様っ! 必ずやこの国に住む民を救ってみせます!!」


「うおおおおっ!! やってやるぞお!!」


「王女様ばんざーい!!」


(ぎゃーぎゃーうるさーい!! いいからわたくしを後ろの安全なところまで案内してくださいよっ。まだ距離はあるとはいえいつリアバルザ軍が攻撃を仕掛けてくるかわかったものじゃないんですから!!)


 自分で煽っておきながら散々な心の声ではあったが、外面だけは悠然と微笑む高貴なる王族のようなのだからお飾り王女かくありきであった。


 と、そんな時だ。

 多くの兵に混じって雄叫びをあげていたグリュンメルトがバッと表情を変えて小山のほうを睨みつけた。


「……まさか」


「グリュンメルトさん?」


 不穏な呟きに(演説の前にマイの手で馬に乗せられた)王女はグリュンメルトへと視線を移す。


 実力はシャルディーン軍の中でも屈指のものであるので今は亡き成り上がりの将軍たちに比べたらまだマシではあるが、考えるよりも先に行動するような脳筋でもある。


 ゆえに敵を前にしても王女の演説一つで状況が見えなくなっていたのだろう。


「総員迎撃用意ッ!! 奴らが仕掛けてくるですわよ!!」



 瞬間、小山を覆う木々を吹き飛ばすように轟音が炸裂した。



 例えば風を操り、例えば炎を噴射して、例えば水を足場に、例えば足元の土を瞬間的に盛り上げて術者自身を射出して、真紅の鎧が矢の掃射のように上空に舞い上がったのだ。


 数百の兵の群れが思い思いの移動手段でもって迅速に、そして真っ直ぐにシャルディーン軍へと迫っていた。


 馬や徒歩であればまだ猶予はあったかもしれない。だが魔法という奇跡は既存の物理法則など容易く凌駕する。


 まさしく瞬く間に状況は変化した。

 残り数十秒もあればリアバルザ軍の先陣はシャルディーン軍へと襲いかかることだろう。


 つまり。

 つまり。

 つまり。



(あれえ!? これわたくしが最前線の戦闘に巻き込まれる流れですか!? やだあ!! こんなことならマイさんの言うことなど無視してグリュンメルトさんの居城に引きこもっていればよかったですう!!)



 こんな時でも兵の士気を下げて自らの命を守る盾の強度を失わないようにと表情だけは取り繕っていたが、化けの皮が剥がれるのも時間の問題だという自覚があった。


(わたくしは馬鹿です……。普通に考えれば戦場が危険なのはわかっていたはずですっ。それなのにどうしてわたくしはこんなところに突っ立っているんですかぁ!?)


 王女が内心パニックで泣き出しそうになっている間にも状況は進む。


 矢が地上に降り注ぐように千に満たないかどうかといったリアバルザ兵の群れがシャルディーン軍を平等に穿つように広範囲へと襲いかかったのだ。

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