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第十三話 今はまだ序盤であるがために

 

 その報告は早馬どころか風系統魔法使いが全力を振り絞ってシャルディーンの国境を守護する砦までもたらされた。


 一万ものシャルディーン軍を打ち破った勢いのまま占領した国境沿いの砦に残留する八千五百の兵を束ねる部隊長、東部侵攻軍総司令官ドラガーナ=サーチフォールドの副官でもある神経質そうな男の目の前では跪くというよりは倒れるように荒い息を吐きながら兵が報告を終えたところだった。


 副官の男は眉を顰める。


「スキル使い、か。本当に?」


「間違いありませんっ。兵の四肢どころか全身を覆い、消し飛ばす黒い何か。あんなものスキル以外の何物でもありませんっ」


「スキル使いは希少だ。我が軍においてさえもスキルを使えるのは五人の大将かドラガーナ中将ぐらいだ。シャルディーンごとき小国にスキル使いが与しているとは思えないが……。とはいえ念には念を入れておくべきか」


 そもそもせっかくの優位を『訓練』などと称して無駄にするドラガーナのやり方に副官の男は納得していなかった。経験を積ませるにしても他にやりようはあるだろうに。


 力があるなら使うべきだ。

 全力でもって蹂躙し、最速でもって侵略するのが軍の役割だ。


 略奪など、その後でいくらでもできる。


「スキル使いが確認されたならば同数の兵でぶつかるのは危険ということでドラガーナ様にはこの砦に残留している全兵力を差し向ける許可をいただく。それまで追撃部隊は待機しておくように」


「ははっ!!」


 礼もそこそこに去っていく兵はよほど安堵したのか、目に見えて表情を変えていた。それほど四肢を失った兵の死に様は恐怖を覚えるものだったのか。


 副官の男は兵からの報告を脳内で振り返る。


(『ちまちま遊んでないでさっさと全軍でかかってこい』、か。そのような伝言を伝えるためだけに駐留する敵軍へと死にかけの兵を放り込むとは悪趣味なことだ。……現在のシャルディーン軍を指揮しているというベルゼ。女将軍グリュンメルトを差し置いて指揮権を握ったらしいそいつがスキル使いなのか?)


 聞いたことのない名だ。

 だが、もしもそいつがスキル使いだとしても依然として戦力差は歴然である。


(スキルだって万能ではない。力を使えば消耗していずれは使えなくなる。いかにスキル使いが強力でも、九から十倍もの兵数差を超えられるとは思えない……はずだが)


 だからこそ、疑問でもある。

 リアバルザ軍はわざわざ兵力を分散していた。スキル使いを擁しているのならばとりあえず千人の追撃部隊を撃破しておいたほうが絶対に良かったはずだ。


 だが、敵はスキル使いという切り札を見せつけてでも伝言を残した。その結果として砦に残留するリアバルザ軍と追撃部隊、合わせて九千五百を相手にすることになることを望んでいるのだろう。


 敵の狙いが読めない。

 だが、そう、だがだ。どちらにしても勝敗は決しているのだ。


(戦とは始まる前に決するもの。一万もの兵が健在だった時ならともかく、今のシャルディーン軍に逆転の目はない)


 力の差は残酷なまでに正直だ。

 それがわからないわけないだろうに……。


(嫌な予感がする)


 だからこそ、だろう。

 あらゆる因子が絶対的な力の差を示しており、やる前から勝敗が見えているからこそ副官の男は嫌な予感を覚えていた。


 この状況でなおも立ち向かう理由は?

 もしかしたらシャルディーン軍には逆転できると信じられるだけの『何か』があるのではないか?



 ーーー☆ーーー



 スカーレット領の中心地であるレリアにあるグリュンメルトの居城に帰還したベルゼたちを出迎えたのは中庭に綺麗に整列する千人もの兵だった。


 コカトリスが空から中庭に降り立つ。その背中から降りた王女は見るからにおろおろしていたが、ベルゼやマイは平然としており、黒髪の女の子などは憎たらしげに彼らを見つめていた。


 一兵卒の少女は納得したように一つ頷き、整列する兵に合流する。その代わりのように兵の先頭に立っていた女が歩み寄ってきた。


 グリュンメルト=スカーレット。

 彼女は通常のそれよりも遥かに分厚く巨大なフルアーマーに身を包んでおり、頭だけは兜を脱いで脇に抱えているために獅子のようにボサボサの紅の髪が風に靡いていた。


「将軍、お待ちしていたですわよ」


「違う」


「は?」


「私が貴女からもらったのは軍の指揮権だけ。その他の雑用や立場なんかはいらないから、これからも変わらず貴女が将軍として働いて。そもそも一度負けたくらいで将軍職ってあげたりできるものじゃなくない?」


「平時であればもちろんその通りですわよ。しかし現状はシャルディーン建国以来の危機であり、最高権力者である王女様からの命令でもあったと認識しているので問題はないかと」


「とにかく私は軍を指揮する権限だけもらえればいいから。将軍とか何とか、軍に所属する気はない」


「それが貴女様のご意志であれば従うですわよ」


 ベルゼは小さく首を傾げる。

 疑問のまま口にする。


「なんか素直ね。さっきはあれだけ鼻息荒く反発していたと思うんだけど」


「我々だけではリアバルザ軍に勝てる未来は想像できていなかったですわよ。それならばあれだけの力を持つ貴女様に賭けるのもアリかと思いましたので。どうせ玉砕するにしてもやれるだけのことはやりたいですから」


「グリュンメルト」


 ぽん、と。

 明らかに年上だろうグリュンメルトの頭に手を置き、撫でてから、ベルゼはこう言った。


「勝つのは私たち。だから心配はいらないわ」


「……っ!?」


 頭を撫でられるほどに項垂れ、弱っていたのだろう。そのことに気づいたグリュンメルトは目を見開き、しばらく無言でベルゼを見つめていた。


 無表情で、平坦な声音。

 特に感情を乗せるまでもないと言いたげな余裕。


 いかにグリュンメルトを圧倒したベルゼだろうとも一万近いリアバルザ軍に敵うわけがない。


 そのはずなのに。

 彼女についていけばリアバルザ軍にだって勝てるのでは、などと根拠のない予感が湧いてくるのだから不思議なものである。


「頼りにしています、貴女様」


「私も貴女には期待しているから」


 その言葉にグリュンメルトは心臓が高鳴るのを感じていた。その正体が何なのか確かめる前に状況は進んでいた。


 つまりはベルゼが千人の兵の前に立って、いつもの無感動な声音でこう言ったのだ。


「せっかく準備してもらったところ悪いけど、出陣はもう少し後になるわ。具体的には国境沿いに留まっている敵軍と領内で好き勝手やっている連中が合流するまでね」


 その言葉にただでさえ不信感をあらわにしていたシャルディーン兵たちがざわめく。


 王女命令、そしてグリュンメルトが納得してのこととはいえこの非常事態に軍事権をグリュンメルトから名前を聞いたこともない誰かに委譲すること自体が正気の沙汰ではない。


 それに加えてシャルディーン軍の指揮権を得た女はわざわざ敵が一箇所に集めるまで待つという。一網打尽にする秘策でもあるのか? と考えるよりも、こいつは本当に戦争というものを知っているのか? と考える兵が大多数でもそう不思議なことはない。


「疑問も不満もあると思う。だけど、そんなものは私の知ったことじゃない。約束を果たすために必要だからあなたたちを使い潰す立場を手に入れただけだもの。だから私に従えないなら好きにすればいい。……今『は』最悪誰もついてこなくたってどうとでもなるからね」


「ちょっ、ベルゼさん!?」


 後ろのほうで王女があわあわしていたが、ベルゼは動じることなく淡々と言いたいように言葉を紡ぐ。


「あなたたちが何を選ぼうとも私のやることは変わらない。リアバルザ軍は殺し尽くす。その道についてくるかこないかはあなたたちが好きに選べばいいわ」


 そこまでだった。

 シャルディーン兵の反応など確認することもなく、ポニーテールの女の子たちを伴ったベルゼは居城へと歩を進めたのだった。

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