5,000円で変わるかも知れない人生
スキルガチャものがなんかあふれているので、少し便乗。
ただし目先の設定を変えて。
「ああもうっ! せっかくの休日がダメになったぁ!!」
秋も深まってきたある日の12時、お昼時。
とある大きな街の細い路地裏を、プリプリ怒りながら歩く女性がいた。
彼女は徒歩矢 公子。
パリッとしたビジネススーツを纏って、肩より少し長い程度の黒髪を中分けして後ろのバレッタでまとめて垂らし、リムレス眼鏡をした普段は知的なお姉様。
その女性は今度の連休に、旅行代理店が企画した紅葉温泉ツアーに参加する予定であった。
日々積み重なって行くストレスを、風情ある温泉で解消しようと参加申請して、先ほど昼休みを利用して支払いに行った所だった。
しかしそこで言われたのが、ツアーで使う予定だったバス会社の労働環境がどうとかで営業停止。
しかもなお悪いことに、その地域でバス会社はその1社だけしか無いと言う寡占状態。
つまり温泉ツアーは中止で、参加費を支払うどころか前金が返却されて帰されたのだ。 公子が憤慨しても、同情しか湧かない。
「あれ? この道、行きと違う?」
それで怒りに任せたまま勤務地へ戻るのに、最短となるこの路地へと入ったのだが、どうも周囲の様子がおかしい。
「外へお昼しに行く時使うこの道で、なんか変な感じがする」
この時間、この路地。
いつもならここは夜に営業する店が多くて、昼だと静かで店先のスタンド看板も仕舞われていて、とても良い裏道であったはず。
「いや、基本的なのは変わらないのよ。 でもどこかに違和感が……あ」
見つけた。 違和感の原因。
それは自販機である。
しかし外見が真っ黒で、高額な商品を扱う種類の自販機。
「1,000円自販機……こんな怪しいやつ、こんな所に無かったはず」
そう。 商品を見せる窓部分は、筐体内へいれているブツはこんなのですよーとゴチャゴチャ写真を貼り付けた紙で隠され、高額なガチャにしか見えないアレ。
古い人ならタバコ屋の軒先で昔見かけた、赤い筐体でお馴染みのオモチャガチャであったコスモ○の中身を、高額にしたものと言えば解るかも。
その自販機としか見えないブツが、そこらの店先にドテンと置かれていたのだ。
公子があやしがりて寄りて見るに、自販機の中光りた……らない。
「なによこれ。 行きでは見かけなかったわよ? まさか素人ドッキリとかじゃないわよね?」
公子は訝しんだ。
前述の通りである。 行きでは見かけなかった巨大な物を、帰りで見付けてしまったのだから。
撮影のカメラが無いかまず周囲を見渡してから、注意深く対象を観察すれば1,000円自販機なんかよりも怪しいブツだと、すぐさま気付く。
「1回5,000円……しかも景品がスキルシート1枚って、訳分かんないわよ。 そもそもスキルシートって何よ」
5,000円自販機。 しかも中身は未知のブツ。
怪しい成分しか存在せず、まともならまず回れ右して関わらない。
「1回5,000円……」
だがしかし、ここにまともではない(精神状態の)女が。
折角の温泉ツアーがパアになり、多少の額を返金されて、イラだって冷静ではない者がひとり。
そして財布には、そのツアーで支払うはずだった、でも戻ってきてしまって宙ぶらりんな金。
「なんかもうムシャクシャするから、やっちまうか」
そうなれば自棄っぱちで、お金をドブに捨ててしまっても構わんのだろう? と思ってしまうのも、仕方がない。
「試しに2回だけ……」
彼女に残る僅かばかりの理性が働き、返金された全額を投入する事だけは阻止された。
「なに、これ?」
1万円と言う無駄遣いを経て、現在公子が手の平にのせている物は、ネタグッズとしか言えない馬鹿馬鹿しいブツが2つ。
そのブツが入っていた白い薄い段ボール製の箱は、持ってきていたハンドバッグへ。
ゴミ箱が無いので、職場へ持ち帰って捨てる予定。
「中身は【健康チェック】【スタミナ自動回復】とそれぞれ書かれた薄っぺらいシートと、使い方の解説カード……」
素晴らしく運が無いな公は!
まるで誰かにそう言われた気がした公子さん。
シートは台紙に貼られたシール用紙っぽいし、カードは安っぽい厚紙カード。 ひとつ5,000円を払った見返りにしては、どうにもゴミ過ぎた。
こんな物に計1万円も払ったのだ。 それを思うと、視界がぐにゃあっ……と歪んできている気がする。
「人生、こんなもんかも知れないわね」
ぐにゃあっ……となっている感覚のまま、もうどうにでもなれ精神で、まだ詳しく見てない解説カードを確認してみる。
「同梱のシートをおでこに5秒あてて下さい。 シートに書かれた文字が消えたら、スキルは貴方のものです。
注、スキルはひとり10個まで。 それ以上のスキルは得られず、指定が無ければランダムで入れ替えとなります。
取り外したい場合は、文字の無いスキルシートをおでこにあてて、スキル名を思い浮かべてください」
読み上げてみたが、
「ずっげーバカにされてる様にしか見えない! しかもこの後それぞれにスキルの効果や使い方~ってあって、余計に腹立つ!!」
まあ、そんなもんだ。
「……でも、もういいや。 1万円をドブに捨ててるバカをやったんだから、今更よね。 最後までバカしてやろうじゃないの」
なにやら心に火が灯った様子。
だが人はそれを、破れかぶれと言う。 しかし、破れ傘や奉行等と勘違いしないように。
「シートをおでこに5秒。 やったら本当に文字が消えたわね……どうなってるのかしら。 ただの熱で変色するやつ……だったらそろそろ文字が戻ってくるのに、消えたまま」
解説カードの通りにしたら、解説の通りになった。
これが一般的な道具類なら「何を当たり前な事を」となるが、この品は一般的なブツと言えないので、解説通りなんて信じられない。
なのに解説通りとなった。
「なによ、不可逆系熱変化? 眉唾のままでいた方が良いわよね?」
公子はまだ訝しんでいる。
「まず【健康チェック】とか言うのの使い方は……」
解説カードを確認しながらやってみると、文章通り。
「網膜投影……機材も無しに可能って、どんなブツよ」
まるで拡張現実みたいに、視界へ映り込む情報ウィンドウ。
そして【健康チェック】の名の通り、写し出されたのは公子に関する情報がずら~っと。 それを使い方の通り、思考で操作してスクロールさせて行く。
スキルってのが実在した事を考察したくもあるが、今は表示された情報の方に気が取られているから、その辺りはまた後で。
「名前、誕生日、血液型、健康状態、今入れたスキル、大雑把な身体能力」
大雑把な身体能力の部分で少しひっかかる。
「知力……そこそこ。 体力……不足しがち。 そこまでは良い。 時の運……ジャストミィィィト!って何よ……アメリカでも目指せっての?」
呆れ笑いをひとつして、続きを見る。
「それに 身長、体重……それと服をオーダーするとき必要な情報全て」
【健康チェック】により、そこでマジでドン引き&ガチ凹みしている彼女。
思考による操作で【健康チェック】のウィンドウを、そっと閉じた。
服のオーダー……言い替えれば“全身”のサイズである。 つまり口にしていないが、アンダー込みの3サイズまでずらり。
この間スーツを新調するのに測ったので、ほぼ間違いない数値……いやむしろ、精密な数値だと言うのは嫌でもわかる。
つまりこれがあれば、衣料品店でサイズ違いによる間違った買い物をせずに済むが、別の意味も持つ。
「夢すら持たせてくれないのね……」
今まで曖昧にしていたアレコレを、正確な数字でまざまざと見せ付けられるのだ。
あっれ~?間違えてサイズ違いを買っちゃった~☆ テヘッ♪
で(自分自身を)誤魔化せていたのに、それが許されなくなるのだ。
控えめに言って、プライドのピンチである。
具体的には、Bの部分にてトランプで言う1番の数字を見たくないのだ。
小さな家も建っていない大草原? 失礼なっ!! 平屋だての一軒家位は存在してるわい!!!
三角形の屋根じゃなくて、現代の平らな屋根だけど!!
こうなってはスキルがどうとか、実在したとかに、意識を割いている余裕は無い。 無いったら無いっ!
「……………………まあ良いわ。 もうひとつは意識しなくても勝手に機能するものらしいし、実感がないから放っておくしか無い」
色々抱えた気持ちをバッサリと切り捨て、腕時計にて時間を確認。
「そこらのコンビニに寄ってから、急いで戻らなきゃ」
昼休憩の時間は、残り半分なんてとっくに過ぎていた。
~~~~~~
時間が過ぎ、冬となっていた。
場所は例の5,000円自販機前。
遭遇当初の、完全詐欺認定していた頃の公子は居ない。
下手すれば神様仏様5,000円自販機様と、呼んでも構わないほど頼りにしている。
以前より自信と覇気に満ち、お姉様っぷりに磨きがかかった公子は再び……いや、度々ここへ訪れていた。
あの後、給料日や何かのご褒美とかで通い、既に所持スキルは【健康チェック】を含めて10を越えた。
今日は冬ボーナスを持ち出して、いつもより少し多目に買ってみようとしている。
あと、選び抜いた10スキル以外の余り物は、用途別や使用頻度等の使い勝手を考慮しながら整理して家に保管してある。
なお保管容器は、この5,000円自販機から出た箱だ。
ちなみに絶対固定スキルは【健康チェック】と【4サイズアップ】それと【大きなハンドバッグ】ついでに【もちぷるお肌】。
自信と覇気の源はこれだ。
あの頃よりスーツの上半身部が張っているのである。
もう、大草原の小さな平屋根(笑)とは言わせない。 大草原の物見櫓付き豪邸になりましたのことよ?
は? スキルで盛った虚構物? いいえ、手術した詰め物じゃないから天然ですわよ? をほほほほほ!
つらいわー【スタミナ自動回復】や【血流良好】スキルを入れていても、肩が凝ってつらいわー(ドヤ顔) とやるのが楽しくて仕方がない様子。
それと【大きなハンドバッグ】が超便利で手放せないとか。
指定したハンドバッグ(1つのみ)を大きいスーツケース並の容量へ拡張するが、重さは空のハンドバッグ級とか言うスキル。
これでスマートな社会人まっしぐら。
その【4サイズアップ】を、ついやってしまった2度目の挑戦で手に入れてしまい、以降は自販機沼へドップリである。
この効果を実感した瞬間、感謝の土下座もした位だ。
どっかのスキルガチャものほど強烈なスキルなんて無いが、パンデミックやらダンジョン出没やらモンスターの氾濫やら、過酷な世界へ変わることも無い。
ただちょっと他の人より有利になるだけの、あればとても嬉しいスキル達。
「さて、今日は何が出るのかな~♪」
冬となって防寒装備の彼女はこの自販機を使う事が、ひとつの楽しみとなった。
「【15センチマイナス:身長】 へー。 お肌スキルと併せたら、若返りとか可愛くとかなれそうね。
それと……ん? 【AA】ってなに? なんの評価がAAになるの? ちょっと試しに、効果が実感できない【愛されオーラ】と交換」
多分この自販機が消えるまで、時々来ては一喜一憂するのだろう。
「えっ!? あ゛っ!! まって!! 【AA】が【4サイズアップ】と入れ替わってる! 待て! しぼんでるっ! 無くなってる!! ふざけんなっ!!」
人生が少しだけ楽しくなり、公子は今日も普通の人生を送っている。
「解説カード! 【AA】を使うと同種のカードへ72時間入れ替え不可!? おい!!」
彼女は今日も楽しそうだ。
「どうしよ……明日の休みに、学生時代からの旧友と出掛けて成長したって自慢する予定だったのに」
タイトル通りにあくまでも、かも知れない。 止まり。
劇的に変わった訳でなく、しかし小さく変わったと言っても、明確に変わったとは言い切れない。
かなり微妙なビフォーアフター。
でも、本当に地味だとしても、スキルガチャとか有ったらやってみたいのもまた事実。
徒歩矢 公子
ガチャをハムスターの回し車が如く回しまくるイメージで、この名前に。
この後も劇的な人生を別に送らず、無難な生涯を終える。
なお結婚した相手とは、公子の体が変化するスキルによって夜の生活が充実し、かなり長い期間ラブラブだったらしい。
それで、スキルのお陰で面白い人生だったと、満足できる人生だったそうな。
5,000円自販機
5年位したら、いつの間にか消えてた。
消えるまでに出たスキルは、いつまでも働ける体~とか1級建築士~とか、決定的にズルが出来るシートは絶対に出なかったそうな。
【スタミナ自動回復】? 事務仕事でたまる疲労と、相殺されるかどうか程度ですよ?
それにどれだけの人間へ、ちょっとだけ便利・有利になれるスキルをばらまいたか知らんが、利用者を過酷な運命へと……別に意識して導かなかった。
ただ、得られたスキルでやんちゃし過ぎた一部のお調子者は、警察に逮捕されて以降、あまり良い人生を送れなかったそうな。
※なお【血流良好】スキルは感想で頂いた指摘によって、効果が正常値を維持できる程度だとしても、思わぬ強スキルと判明。
今更削除や大幅改稿などをする気が作者に無いため、スキル自体の効能に改善される上限がある感じで弱体化。
規定値(健康の基準値ギリギリ足らず位)まで改善。 元々規定値以上だったなら微量数値変動。 その位の効果で。
それでも凄く強い効果だとは思うけど。
え? それで血流が良好と言えるのって? 規定値以下の異常値が、正常値近くなるのは十分良好よ?
んで、そもそもとして心臓が極端に弱っていたり、止まっているなら効果無し。 脈(心臓)が無いなら流れ様もないので。




