タロット売りと黒人差別
黒人差別というのは、肌の色が違うから、神様じゃないものに作られたのだ、という思想から生まれた差別です。けれど、肌の色なんて、暮らしていくうちに変化していくものですし、黒人以外にも黄色人種と呼ばれる肌が黄色みがかっている人たちも存在します。誰しも肌が真っ白なわけではありませんし、真っ黒なわけでもありません。
個性と呼べる範疇のものを神様に紐付けて考えてしまったのが良くありませんでした。神様に紐付けることで、人間は信仰を盲信し、間違いを認められなくなったのです。
時が経てば、鷹揚な人が増え、差別の規模は小さくなり、やがて薄れていくことでしょうが、それには何百年、何千年という途方もない「時」が必要で、サファリやジェニファーが生きているうちには、簡単にはなくならないでしょう。
サファリは瞳に夜の色を落として、少し寂しげに告げました。
「僕のお父さんは、黒人だったんです。父さんの兄弟も家族もみんな白人で。父さんは長男で家を支えなければならないのに、忌み子だ、鬼子だ、と家族からすら忌み嫌われて」
「ちょーなんって?」
「一番年上のお兄さんのことです」
「ああ! ヘンリーお兄ちゃんみたいな」
ジェニファーが納得したところで続けます。
「一家の大黒柱の扱いを求められるのに、街の人も仕事をくれなくて、どうして稼げないんだ、木偶の坊め、と家族に責め立てられていたんだそうです」
「ひどーい。わたしの村にはそんなひどいこと言う人いないよ。上手く作物が育たなくたって、お金がいっぱいなくたって、みんなで助け合って、また頑張ろうね、大丈夫、みんなで一緒だからっていうのに」
ジェニファーのそれは西の果ての街とは遠く離れた北東の田舎の小さな村で生まれ育った純真無垢な子だからでしょう。まだ子どもだから、大人の悪意に触れていないこともあるのでしょう。村の人たちが助け合いの精神で支え合って生きてきた優しい人たちばかりだから、そんな優しい人に囲まれて育ってきたからでしょう。
だからサファリはそのままのジェニファーでいてほしい、と自分の切なる願いを伝えるために優しく、慈しみを込めて、ジェニファーの頭を撫でました。髪を鋤かすような手は心地よく、ジェニファーはえへ、と自然に笑みが零れます。
雪の降る窓辺て、そのジェニファーの笑顔はきらきらと輝いて見えました。それをたまらなく愛おしく思いながらも、サファリはジェニファーの知りたいという世界について語ります。
「下の子たちがある程度育った頃、父さんは家を出ました。黒人の中でも種類はあって、少し赤っぽい、焦げ茶色の肌の人もいます。でも父さんは違った。深い深い黒の色で染められたような真っ黒な黒人だったんです。白人の一家に生まれた真っ黒な黒人は仕事もろくに与えられないどころか、その日のごはんも食べられるかどうかで、黒人だ、黒人だ、と石を投げられながらも少ない賃金を補うためにたくさんの仕事をして、それで貯めた賃金を全部家族のために使っていたいい人でした。
でも、どんなにいいことをしても、[黒人だから]という理由だけで虐げられてしまう。それが黒人差別なんです」
それを聞いたジェニファーがしょぼんとします。まだ五つくらいの子どもには重すぎる現実を突きつけてしまっただろうか、と頭の片隅で思いつつもサファリは続けます。
「家を捨てて、行商人の道を歩み始めてからも、父さんは黒人であるという受難に苛まれてきました。西の果てよりは軟化しているけれど、黒人差別は薄れているだけで、なくなってはいないのです。それでも、誠実さや苦しみながらも学んだ商いをして人と繋がりを持ち、関係を保っていくことを地道でも続けてきた父さんは、やがて[ベルの行商人]として、世界から認められるようになるんです。すごいでしょう?」
「お兄ちゃんのお父さんは強くてかっこいい人なんだね」
きらきらとしたジェニファーからの純粋な言葉にサファリもにっこり微笑みます。父のことが褒められて、嬉しいのでしょう。
「商いで西の果てに行くときはなんだかもやもやとした気持ちになるんです。僕は父さんと違って、白い肌をしているから、父さんより僕の方が好意的に見られているのが、なんだか嫌で……」
正直、気持ち悪いと思うのです。サファリは父に似ても似つかない真っ白い透明な肌を持っています。だからこそ、好かれるのでしょうが……
サファリが[ベルの行商人]の看板を背負って、世界中で商いをできるのは黒人だった父の功績があるからです。本当に功績を持っている人がただ黒人だからという理由だけで称えられず、二世のようなサファリばかりがちやほやされるのが、サファリにはどうにも納得いかないのです。
だから、それが顕著な西の果ての話になるとなんだか暗い気持ちになってしまうのです。
「心配をかけてしまったなら、ごめんなさい。でも、つらいことばかりではないんですよ」
そう告げたサファリの目が湖のような澄んだ煌めきを取り戻すのを見て、ジェニファーはその表情の変化にぐい、と視線が惹かれます。魅力的なサファリの瞳が更に魅了を増していくのに惹かれない者はいないでしょう。
サファリは西の果てであった、もう一つの話をします。
「西の果ては黒人差別が根強く残っている地域です。つまりは差別されるくらい、黒人もたくさんいます。その人たちは諦めたりせず、前に進もうと努力をしているんです」
そう語るサファリの目は希望の光に満ち溢れていました。
「とある黒人の画家が、僕と絵画の取引をする代わりに言いました。『どうか、差別されるばかりの黒人を救う一助となってほしい』『黒人でもこんな素晴らしい作品が生み出せるのだと認知させてほしい』と」
「それは素敵だわ! おにいちゃんは白人だし、黒人への偏見がないもの。むしろそういう差別を越えて活躍できるのが、おにいちゃんの商いなんだよね?」
目をきらきらと輝かせるジェニファーに、サファリは大きく頷きました。
サファリの目標の一つは、黒人差別をいくらかでも緩やかにする助けとなること。そのために、黒人の作品を取り扱い、世界中に広めているのです。
黒人だろうが何だろうが、同じ人間であり、素晴らしいもの、心を揺さぶるものを生み出すことができるのは普通の人と何ら変わりはないのです。そのことに世界が気づける第一歩となればいい、とサファリは酸いも甘いも背負いながら、旅をしているのでした。
「おにいちゃんはやっぱり立派な人だね。立派なおとうさんがいて、立派な志があって、人のためになろうとしてる。おにいちゃんすごいよ。いいこいいこ」
ジェニファーが背伸びをして、サファリの頭を撫でます。
そのとき、サファリの中で何かがぶわりと溢れ出しました。悲しみや喜びや懐かしさ、自分の行動が無駄ではないと肯定された気持ち、報われた気持ち。
父さんの手は大きかったなあ。大きくて好きだったなあ、という気持ちがざあざあとどしゃ降りのように眼から溢れ出して、止まりませんでした。
撫でていたジェニファーがあわあわとします。サファリはさめざめと泣きながら、大丈夫だよ、と告げました。
「ありがとう、ジェニファー。もう遅いからおやすみ」
「うん。サファリおにいちゃんどこも痛くない?」
「痛くないよ。痛くなくなったから、泣いたんだ」
ジェニファーを撫で返し、見送ると、自分も与えられたベッドで眠りました。
なんだかいい夢が見られそうな気がしていました。