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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット売りの占い処
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タロット売りと旅の話

 サファリが泊めてもらう家の母親はジュリー、娘はジェニファーと言いました。明日も天気が良くなければ、ここで足止めです。

 雪山を甘く見てはいけません。サファリは冗談として[女心と山の空]なんて言いましたが、あながち間違いでもないのです。山の気候は変わりやすく、山登りをするにもそれなりの装備で挑まなければなりません。それは雪が降っていなくてもです。

 それに、晴れたら晴れたで、雪が溶けて雪崩が起こることだってあります。この山はそんなに大きくありませんが、だからといって油断する理由にはならないのです。

 窓辺に寄り、サファリはジェニファーと並んで外を眺めていました。夜になるにつれ、雪は風を伴って、どんどんどんどん吹雪いていきます。

 吹雪になって、前が見えなくなったら、いよいよ終わりです。雪が降り始めたので、大事を取って、近くの家に泊まらせてもらって正解でした。このまま山を越えようとしていたら、サファリは遭難して命を落としていたことでしょう。命がなければ商売も何もないのです。

「おにいちゃんは、雪ってたくさん見たことある?」

「うーん、そんなにたくさんは見ないかな。僕は世界中を旅しているから。色んな季節の色んな街に行くけれど、ここまで雪が降るのはある程度北しかないからね」

「そうなの? わたし、この村にしかいたことないから、雪が降らない街なんて想像できない」

 ジェニファーは無垢でした。年相応に物を知らなくて、知りたがる子でした。サファリはこう見えて、結構なお兄さんですので、ジェニファーの疑問にはある程度答えてあげようと思っていました。

 この村は寒さが厳しい気候であるため、育てられる作物には限りがあります。けれど、村の者たちの創意工夫で、穀物が有名な土地でした。世界の中でも、米が美味しいということで、南の果ての国まで、食に詳しい者はこの村の米を求めるほどです。

 ですが、安定して供給されるものではありません。水害、冷害、虫害、干魃。作物を育てるにはありとあらゆる困難が待ち構えているのです。今年の不作の原因は干魃でした。なかなか雨が降らず、土に水が与えられなかったのです。

 水が必要なのは作物だけではありませんから、村に暮らす人々もたいへん困ったことでしょう。だというのに、作物が育たない季節になると、雪という、水が凍りかけたものがざあざあと降ってくるのです。なんと皮肉なことでしょうか。

 この雪が解けたら、雪解け水で次の春は水に困らないことでしょうが、それで今年の不作がなかったことになるわけではありません。作物が育たないということは、売りに出せないということだけでなく、自分たちが食べる分の作物も満足でないということになります。

 元々日持ちのする作物を多く作っていて、蓄えはあるのでしょうけれど、蓄えを続けていくのなら、いくらかこらえなければいけないところもあるでしょう。

 そんなところに宿泊希望客が一人。村からしたら迷惑甚だしいのでしょうが、村の人々は嫌な顔一つせずに迎え入れてくれました。

 ジュリーはこの村の中でも特に働き者であるということで紹介されました。山に家を持っていることも山越えを目指すサファリに勧めた要因の一つでしょう。山を越えるなら、拠点があった方がいいですからね。

「おにいちゃんが旅したのはどんなところ? 世界中を旅してるんだよね。世界中のおはなし聞きたい」

 そんな無邪気なお嬢さんにサファリはふと微笑みます。水色をした温かい笑みでした。

 ジェニファーは旅人が珍しいらしく、サファリに様々なことを聞きます。普通の人はここから北へはあまり行きませんからね。それにこの山には熊などの危険な生き物もいますから、ここを通っていこうという人は少ないのです。

 それでもサファリがこの村を通ることを選んだのは、いつもの村だと、二人きりのところをお邪魔してしまうのと、この村の不作の状況について把握しておきたかったからです。貧しいながらにどうにか冬越えはできそうで安心しました。

「そうだなあ。じゃあまずは北の果ての街の話をしようか」

「あ! 宝石みたいな髪とおめめのりょーしゅさまがいるんだよね!」

「よく知ってるね」

 ジェニファーはへへーん、と得意げに胸を張ります。

「北の街とこの村はお医者のおじいちゃんと交流があるの。ええっと、村のえらい人がげーじゅつ? がどうとか言ってた!」

 どうやら、ランドラルフの絵画収集仲間がいるようです。いえ、芸術と括っていますから、絵画に限ったことではないのかもしれませんね。

「じゃあ最近、虹の目を持つタロット絵師が有名になってきたのは知ってる?」

「虹色のおめめ?」

 ジェニファーは首を横に振りました。

 サファリは懐かしそうに目を細めます。

「タロット絵師ツェフェリ。最近名が売れてきたタロットカードを作る人なんだけど、目が不思議な色をしているんだ。真っ直ぐ見るとオレンジだったり、下から見ると青だったり、横から見ると緑だったり、伏し目だと紫だったり、色んな色の目に見えるんだ」

「すごーい。それは不思議なおめめだね。その人も北の街に住んでるの?」

「ええ。北の街で絵を描いているんです。僕も取引をさせてもらっています」

「とりひき?」

「タロット絵師からタロットカードを売ってもらっているんです」

「すごーい、商人さんみたい!」

「商人ですよ」

 ジェニファーの無垢な反応にサファリはくすくす笑います。けれど、感じ入る部分もありました。

 商人さんみたい。それはサファリが人から一番言われたい言葉です。だって、サファリは商人ですもの。商人らしく……父親みたく見えているのなら、それがサファリの目標ですから。

「雪が止んだら、この山を越えて、北の街へ行くんです」

「でも、ここより北も雪いっぱいだよ? 大丈夫?」

「そこは旅の行商人ですから、抜かりはありません」

 雪山で遭難しないように、ジェニファーの家に泊めてもらっていますが、雪道を歩いていく装備はサファリも整えています。旅から旅へ、世界中を歩くサファリはその時々で旅に必要な道具を揃えています。それも商いの一部です。

「でも、おにいちゃん、雪の降らないところにも行くんだよね?」

「はい。そうですね、それじゃあ、西の果ての街の話をしましょうか」

 この世界には北の果て、西の果て、東の果て、南の果てが存在します。けれど、人々が勝手に果てとしているだけで、実際はもっと広く世界はあります。

 徒歩だけではどうにもならないような途方もなく広い世界をサファリでさえまだまだ知りません。それを齢を五つは数えたかというジェニファーが興味を持たないわけもありません。

「西の果ては雪ではなく、砂がたくさん降り積もっています」

「砂? 砂がいっぱいなの?」

「はい。砂がいっぱいで、砂は土と違って崩れやすいし、木が根を張りにくいので、ここみたいなおうちがないんですよ。砂漠って言います」

 さばく、とジェニファーは復唱したところではっとします。

「おうちがないの!? じゃあ人はどんな風に暮らしているの!?」

 家がないと、冷たい雨でずぶ濡れになります。家がないと、風に吹きさらされます。太陽は暖かいけれど、屋根がないと頭が痛くなります。家がないと不便なのです。

「このおうちみたいに、木の家じゃなくて、砂の家、石の家があるんです」

「石? 煉瓦みたいな?」

「そんな感じかな」

 ほえー、とジェニファーは関心を向けました。この村はほとんどが木造建築ですから木以外でできた家というのは見たことがないのです。

 一応、石を作った建物はこの地方にも存在します。けれど大理石といったぴかぴかの高価な石を使った建物です。

 西の果ての建物は風合いが違いました。

「石を積み重ねて、その間に濡らした砂を詰め込んで、家にするんです。すると、風が吹いても砂が入ってこない、丈夫な家になるんですよ」

「なんで隙間に濡らした砂を入れるの?」

「隙間があると、風で家の中に砂が入ってくるからですよ。砂がたくさんあるから、砂嵐が来ると大変なんです」

「砂嵐?」

「風がびゅうびゅう吹いて、砂がいっぱい舞うんです。吹雪みたいに」

「砂が目に入ったら痛そう」

「痛いですよー」

 サファリの言葉に、ジェニファーは目を真ん丸く見開きます。それから何を思ったか、ジェニファーはサファリの頭を撫でました。

「痛いの痛いのとんでいけー」

「はは、ありがとうございます。でも今は痛くないですよ」

「そう? でもおにいちゃん、西の街のおはなしするとき、痛そうな顔になる」

 とん、と胸を衝かれました。

 子どもはよく見ているものです。サファリはあまり表に出さないようにしていたのですが、バレてしまいました。

 悲しい、と。

「西の果てでは、黒人差別というのがものすごく厳しいんですよ」

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