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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット売りの賑わい処
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タロット売りは恋人お断り

 ひらひらり。風に吹かれてひらひらり。カードは舞って、無情にはらり。

「ああっ、駄目ですよ、[恋人(ラバーズ)]!」

「いくらフウちゃんの言うことでも、今回ばかりはやーだよー!!」

「じゃあねー!!」

 お気楽な男女の声が宙を舞うカードからします。それは夜空の色をした素敵なカードでした。

 ツェフェリという不思議な瞳を持つ少女によって作られたタロットカードには、命が宿りました。命、ひいては妖精の宿ったタロットたちは人間のように言葉を喋ります。といっても、それを聞き取れるのはごくごく一部の人間です。

 そんなタロットカードのナンバーⅥ[恋人(ラバーズ)]が、比喩でもなんでもなく、風の吹くまま、気の向くままに飛ばされている、というのが現在の状況です。フウちゃんと呼ばれたのは、このタロットたちの取り纏め役を務めるタロットカードのナンバーⅩ[運命の輪ホイールオブフォーチュン]の天使です。彼は名前が長いので、色々と渾名がつけられています。主な呼び名はフォーチュンですが、[太陽(サン)]にもフウちゃんと呼ばれていますし、つかみどころのない[吊られた男(ハングマン)]にはフウ坊と呼ばれていますね。時には天使であるため、テンちゃんなどとも呼ばれます。

 閑話休題。[恋人(ラバーズ)]のカードには男女二人の妖精がついており、一つのカードで二人がお喋りをします。お喋りなカードは他にもいますが、一枚で会話を成立させる数少ないカードですね。

 一心同体の彼らは、持ち主に対して怒っていました。彼らを作ったツェフェリではありません。

 タロット絵師ツェフェリの処女作たる彼らは、紆余曲折を経て、ツェフェリの夢を叶えるために、サファリという少年の手元にいます。サファリは世界中を旅して回る行商人です。しかも、ただの商人ではなく、界隈では知らない者がいないと言われる[ベルの行商人]なのです。

 ツェフェリをタロット絵師として世界に売り出してくれたサファリですが、タロットとサファリの間には多少の遺恨がありました。初対面で愛すべきツェフェリを泣かせたとか、ツェフェリを泣かせたとか、ツェフェリを泣かせたとかです。

 けれど、ツェフェリが信じてサファリに託したのです。その意を汲むのもツェフェリのためと言えましょう。ですが、[恋人(ラバーズ)]はもう我慢なりませんでした。

 何故なら、サファリは女誑しな顔でありながら、女の子を泣かせたのです。


 時は前の街にいたときに遡ります。

 [ベルの行商人]の名は、世界中に轟いております。品揃えが良い故に、店主の顔も良いものですから、人が放っておきません。

 けれど、彼は旅から旅の行商人。品物の仕入れも旅の一環でありますから、いつまでも一つ所に留まっているわけにはいきません。そろそろこの街を出ようかしら、とサファリが考えていたときのことでした。

 一人の女の子が、意を決したように、迷いなくサファリの元へ向かってきます。顔はそばかすだらけ、髪はぼさぼさ、服装もみすぼらしいものでしたが、その輝く緑の目には強い光を灯していました。

「あのっ」

「はい、いらっしゃいませ。どのようなものをお求めでしょうか? 日用品から骨董品、この[ベルの行商人]でしか取り扱いのない貴重品まで、品揃えは多岐に渡り、富んでいると自負しておりますよ。お嬢さん、何か見て行かれますか? この髪飾りなんてどうでしょう。きっとお似合いになりますよ」

 すらすらすらすらと、物静かそうな見た目から一変して、一息で売り込み文句を言う様は、伊達に商人をやっていません。

 少女はそんなサファリに若干顔をひきつらせつつ、小さく首を横に振りました。サファリがおや、と思っていると、先程とは打って変わった弱々しい声で少女が告げます。

「その……お金は持っていないんです」

「そうですか。では、この飴玉はいかがでしょう? 持て余しているので、もらっていただけませんか?」

 サファリは言い淀むことなく、懐から取り出した飴玉を少女に差し出します。サファリとて見られていることには気づいていましたし、少女の身なりからして、裕福でないことは明らかです。商人は慈善事業ではありませんが、飴玉の一つや二つくらいなら、大した痛手ではありません。

 ただ、少女は掌に乗せられた飴玉をぎゅっと握ると告げます。

「ありがとうございます。お礼に、ここで働かせてください」

 ううむ、そう来たか、とサファリは思いました。少女がお金に困っていることは目にも明らかです。物乞いか、働き口探しか、この二択のどちらかでしょう。飴玉を渡すときに、ふわりと乳飲み子のような香りがしました。きっと、幼い兄弟がいるのです。

 サファリは頭の中をくるくると回転させます。妙案が出るまでに、ちなみに、と少女に尋ねました。

「どうして僕の店に?」

 ここは商店が犇めく大通りです。隅で行商をしているサファリでなくとも、働き口には困らないはず。それを不思議に思って聞いたのでした。

 少女は間を置かずに答えます。

「ここが一番、忙しそうだったから」

 なるほど。忙しいということは繁盛しているということです。儲かっていると同時、人手不足に見舞われます。かなり忙しいときに[猫の手も借りたい]なんて言うことがありますね。それが人間の手であるのなら、願ってもないことなのです。

 この少女、年齢は高く見積もって十と少しでしょう。見た目に反して、働き慣れている、とサファリは感じました。おそらく、今までもそうして、その日限りでも猫の手代わりに稼いでいたのでしょう。この齢にして、その審美眼は大したものです。

 が、サファリはもう旅立つ準備をしようと考えていました。商品がすっからかんになってしまっては、いくら次の街で仕入れるとしても、困ってしまいますからね。

 つまり、この少女を上手くだまくらかす必要がありました。

 そこでサファリが手に取ったのが、ウエストポーチから取り出したタロットカードでした。夕焼け色のカードケースから出てきた美しい夜に、少女も思わず息を飲みます。

 サファリは細波のような声で告げました。

「では一つ、占いをしましょう」

 サファリの手首でブレスレットがしゃらりと鳴ると、さあっと風が抜けたような爽やかさに包まれます。そこにいるのは少女より少し年上くらいのただの商人ではなくなったように見えました。同じ人間という括りに留めておくのも申し訳ないような、神々しい存在。サファリという少年そのものが神秘であるかのように思えてくるのです。上手く呼吸ができないような、それでいて新鮮な空気を潤沢に取り入れられているような、奇妙な心地になりました。

 少女が固唾を飲むと、サファリは妖艶に、その真白な手をひらひらとさせて、少女を手招きました。

 少女は操られているように、辿々しいながらに確信を持った足取りで、サファリの隣へやってきます。サファリは揚々と告げました。

「これから、このタロットカードで、占いをします。君のこれからについてです」

「……わたしの?」

「君、家族がいるでしょう? 僕は旅から旅への行商人。僕のところで勤めるのは、家族のためにはよろしくない」

「家族なんていません!」

「おや」

 サファリの雰囲気に充てられないよう、少女は声を張ります。けれどそんな強情っ張りも、サファリの海色の前には簡単に見透かされてしまっているような気がして、少女はまごつきながら言いました。

「わた、わたしには家がありません。誰の子かも知れない乳飲み子がいて、それが憐れで、日銭を稼いでいるんです」

「おや、乳飲み子を放って、この街を出るおつもりですか? それは些か無責任が過ぎませんかね?」

 サファリの海色に、険しいものが宿ります。

「一度目をかけたのなら、責任を持つべきですよ」

「ぃ……一緒に旅に連れて行っては駄目ですか?」

 その回答に、サファリはほう、と感心しました。誰か大人に預ける、という発想には至らないようです。まあ、身なりと見ず知らずの赤子を育てていることからして、裕福貧乏以前に、彼女もまた捨て子なのでしょう。自分を小汚ない路地裏に捨てるような、乳飲み子を道端に放置するような大人は信用できない、というのも、やむを得ないことです。

 ただ、冷酷なようですが、サファリは指摘します。

「先程も言いましたが、僕は旅から旅への行商人。赤子を抱えながら商いと旅を続けるのは厳しいものがあります」

 そんなことを語る裏で、サファリは密かに自嘲します。

 ──サファリの父は、赤子であるサファリを守り育てながら、立派な行商人として、旅と商いを両立させていた人物でした。そんな父がいたからこそ、[ベルの行商人]の名は世界中に轟き、サファリも一人前の商人として、その看板を背負って立つことができるのです。

 けれどそんな父と比べたら、サファリはまだまだ若輩者。子育てをしながらの旅に、商人としての弁を立てながら立ち回るような器用さを持つにはまだ足りないところがあるのです。

 少女だけなら、あるいは赤子だけなら、サファリはまだどうにかできるかもしれませんが、この少女の意思の強い瞳を見るに、どちらか片方という選択肢はないように見えます。

 それに、血の繋がりがなくとも、共に赤子を育てましょう、というのは、半ば結婚するのと同じようなものです。サファリに誰かを娶る気なぞ、てんでありませんでした。

 この少女は気づいているのか、いないのか、羨望の眼差しでサファリを見つめています。それは無意識ながらに、サファリに少なからずの好意を傾けていることに他なりません。

 サファリはその好意を受け取るつもりは毛頭ありません。サファリの想い人はサファリの生涯にたった一人でいい、とサファリは考えているのです。その恋が既に叶わないものと定められていても、サファリはかつて好いた少女──ツェフェリに一途でありたいのです。だから、他の者を伴侶に、など、到底考えられません。

 故にサファリは占うのです。

 淡々と宣告していきます。

「今回行うのは[二者択一法]という展開(スプレッド)です。二つの可能性の未来について占う手法として使われます。占いの題は当然、[君が僕と旅に出る未来]と[旅に出ず街に留まる未来]です。カードたちがそれぞれにどのような未来を示すのかはわかりませんが、お嬢さん、僕と一つ約束してください。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、僕の旅について来ないでください」

「え」

「では、展開(スプレッド)を始めます」

 少女に有無を言わせることなく、サファリはタロットを広げ始めました。

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