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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット売りの賑わい処
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タロット売りがにこにこにこにこ

 大きな大きな街の中、小さな小さな工房の扉をサファリは叩きます。

 こんこんこん、と扉を叩くと、中から出てきたのは鶯色の髪を肩ほどまで伸ばした少女です。サファリは少しびっくりしました。

「髪、伸ばしたんだね。お久しぶり、ツェフェリ」

「うん、色々吹っ切れたから。お久しぶり、サファリくん」

 二人は再会の抱擁を交わします。二人は友人なので、疚しいことは何もありません。サファリはツェフェリが以前よりふくよかになったことを感じました。いいことです。

 抱擁からすっと離れると、サファリはあっという間に仕事モードです。ツェフェリに資料を渡しました。

「あれから他にも資料を送ったけど、創作するなら資料はいくらあってもいいよね。はい」

「ありがとう、サファリくん」

 屈託なく笑うツェフェリの目は喜びを表すようにオレンジ色にきらめきます。かつて[虹の子]と呼ばれたツェフェリの不思議な瞳は健在です。

 ツェフェリは神様に愛された女の子として、ある村で奉られていました。その頃、ツェフェリは神様への捧げ物として、髪の毛を定期的に切っていたのです。村を出てから、神様に捧げる必要がないからとか、あの風習は嫌だったとか、本当はショートカットにしてみたかったとか、色々な理由でツェフェリは髪を短くしていました。

 短髪のツェフェリも愛らしくてサファリは好きでしたが、何かが吹っ切れたというツェフェリの表情は晴れ晴れとしているので、それはそれでいいことなのでしょう。食生活もよくなり、ツェフェリはぐんぐん成長しています。もうサファリとも背丈の差が出てきました。

 サファリは背が低いのですが、そのことをあまり気にしてはいません。ついでに言うなら、全然年を取ったように見えないとも言われます。サファリは誰もが求める永遠の若さのようなものを得ています。つまり、彼は彼で不思議な子なのでした。

 絵の具やニスを使った後の独特の匂いがする工房の中にサファリは入っていきました。タロット絵師のツェフェリの工房です。ツェフェリは[行商人サファリ=ベル]の手を借りたことで、一気に世界中に名を轟かせるようになったタロット絵師であり、サファリの大切な友人の一人です。

 ツェフェリにはサルジェという、そのうちこの大きな街[北の街]の地主になるであろう婚約者がいました。サルジェの姉のレイファともサファリは交流しており、ツェフェリが髪を伸ばし始めたのはレイファが何か吹き込んだのだとサファリは推察します。レイファは街一番の服屋[ミニョン]を切り盛りする溌剌とした女性です。服屋なだけあり、お洒落に敏感で、かわいい人を着飾りたい性分のある彼女がツェフェリという逸材を放っておくわけがないのです。

 レイファにも後で会いに行きますが、ツェフェリを優先したのは、ツェフェリが住んでいるのが地主のハクアの屋敷だからです。北の街には数日間滞在する予定です。その間、商いを休むつもりはありません。サファリは商人ですからね。その許可を得るために、ハクアに会うことが先決なのです。

「ハクアさまは?」

「今日は昼食を摂ったら、西の方の地主さまに会いに行くって言ってたよ。お話があるなら早めに行った方がいいかも」

「そっか。ありがと。じゃあ、これ」

 サファリはポシェットからカードケースを出し、渡しました。鮮やかな夕焼け色をしています。

「ツェフェリに会えるって随分楽しみにしていたからね。たくさん話すといいよ」

「うん。ありがとう、サファリくん」

 サファリは本邸の方へと向かいました。


「やあ、サファリくん。元気そうで何よりだ」

「ハクアさまにおかれましても、ご健勝のようで何よりでございます」

「かしこまるな」

 ハクアがむくれたように眉根を寄せます。ハクアは顔立ちの整った麗人ですが、むくれた表情は彼女をいつもより少し幼く見せます。

「というか、サファリ=ベルは私より年上かもしれないと聞いたぞ。どうなんだ?」

 サファリはにこりと笑ってみせます。ハクアとサファリは絵画も真っ青になるような美麗な立ち並びですが、サファリの腹の底が知れないのをハクアは不気味に思っているようでした。

 サファリは細波のようにさらさらと告げます。

「ハクアさまも年功序列を気になさるんですね」

「私は地主たちの中でも年若い方だからな。世渡りのためにある程度は重んじるさ」

 ハクアは苦々しい顔をします。何か嫌なことでもあったのでしょうか。

 ご安心ください、とサファリは答えます。

「サルジェさんやレイファさんよりは年上かもしれませんけれど、そんなに年はいっていないはずです」

「そうか。老獪な商人は厄介だからな」

「失礼ですね」

 そんな言葉を交わしながら、サファリはハクアから許可証をもらいます。

「まあ、サファリくんになら安心してこの街での商売許可を出すが、わざわざ私でなくとも、この権限はそのうちサルジェにもやるものだ。仲良くやってくれよ」

「はい」

 無事に許可がもらえたところで、サルジェが入ってきました。

「お茶が入りましたよ」

 と当然のようにお茶を振る舞うサルジェを見て、サファリは問います。

「いい加減、給仕の一人も雇ってはいかがですか? 未来の主がいつまでもお茶汲みをしていては面目が立ちませんよ」

「あ、いや、俺が好きでやっていることなので……」

「そういうわけにはいきません。サルジェさん、北の街が外でどういう評価を受けているかご存知ですか? 僕の名前以上に影響力があるんですよ。趣味でお茶を嗜むのは良いとしても、掃除洗濯炊事を全て次代当主がこなしているとなったら、プライドがないだのけちくさいだの、ないことないこと吹かれるんですから」

「だがな」

 ハクアが口を挟みました。

「先代の地主のせいで、人が離れていったんだ。北の街は豊かだから、職に困っている住民もいないのだよ。外から誰かが来ない限りね」

 なるほど、先代の悪名の影響で街を離れた者たちが多く、ほとぼりが冷めるのを待っている、ということなのでしょう。

 そこでサファリが提案しました。

「わかりました。では、良さげな人材がいたら、今度僕が連れてきましょう」

 そのための旅の商人です。

 世界の経済を回すために、行商人は存在します。その中でもサファリが旅をするのは、行商人が一つ所に留まらず、あらゆる場所で異なる場所から得たものをお金にして回すことで、どこかが孤立することなく、経済を成り立たせるためなのです。

 お金を回すための商品は決して物だけではありません。人もそのうちに入ります。この世界には人種差別問題や宗教的な問題が多く存在し、そのために働き口を探せない人々はごまんといるのです。その割に人材が足りていない場所も。そのでこぼこした部分をならしていくのが、旅の行商人の役割の一つだと、サファリは父から教わりました。

 サファリの父は黒人でしたから、人種差別による苦労は多かったはずです。それでも[ベルの行商人]の名が世界中に広まっているのは、彼の積極的な商人としての活動が正当に評価されたからに他なりません。そんな父の看板を誇りに思っているからこそ、サファリはこういう立ち回りをするのです。

「それなら、できれば女の子を連れてきてもらえますか?」

「ツェフェリがいるのに?」

「ツェフェリがいるからですよ。ツェフェリと一緒に暮らす友達みたいな存在がいたらいいんじゃないかって思うんです」

 サルジェもサルジェなりにツェフェリのことを考えているようで、サファリは感心しました。そういうことなら、と承ります。

 ツェフェリはあれで世間知らずなお嬢さんなので、外から来た人物から学べることも多いでしょう。

「では、少しツェフェリと話してみますね」

 お茶を飲み終えると、サファリはツェフェリの工房へ向かいました。工房は何やら賑やかです。

「でね、サルジェってば、茶筒をひっくり返しちゃって」

「あはは。意外と抜けてるよね、サルジェ」

「サルジェはまだまだ初だなあ」

「サルジェを漢にするのよ、つぇーちゃん」

 工房にはツェフェリ以外の人間はいませんが、随分楽しそうにお喋りしているようです。

「やあ。久しぶりの再会で盛り上がっているようだね。僕もお喋りに混ぜてもらっていい?」

「おぬしはお呼びでないわい!」

「そんな釣れないこと言わないで、ハメス。サファリくんはボクの大事な友達で、今はみんなにとっての主でしょ?」

「ぐぬぬ……」

 紹介しましょう。ツェフェリの手の中でぐぬぬと言っているのはタロットカードのナンバーⅩⅤ[悪魔(デビル)]です。

 彼らはツェフェリの作った最初のタロットカード。ツェフェリが初めて作ったカードたちは人の言葉を話す不思議なカードなのです。

 そんな唯一無二のカードたちをサファリはツェフェリとの取引で手に入れました。ツェフェリの「タロット絵師になりたい」という願いを叶えるために、サファリはツェフェリの作風見本として、彼らを持ち歩いているのです。

 そんな特別なタロットたちですが、誰にでも声が聞こえるわけではありません。タロットたちが認めた人物でなければ、その声は聞こえません。

「サファリサファリ! ツェフェリってば面白いんだよー」

「そうなの、[太陽(サン)]」

「うん。つぇーたん、お話聞かせてー」

 [太陽(サン)]の男の子ののんびりした声にツェフェリが微笑みます。

「ふふ、毎日幸せだよ。サルジェの作るご飯美味しいし、あのね、告白受けてから、色んなプレゼントをもらったんだ! レイファちゃんのところでお洋服も買ってくれたし。毎日ね、朝起きたらおはようって言って、サルジェが森に行くときはいってきます、いってらっしゃいって言い合ってね」

 どうやらサルジェとの生活はツェフェリにとって楽しいものであるようです。きらきらと言葉を紡ぐごとに色を変えるツェフェリの目からもわかります。

「サルジェから教わって、ボクもご飯作れるようになったんだよ。サルジェは教え方が上手いんだ。言葉もかわいくてね、包丁を使うときは[にゃんこの手]とか、鍋が沸いたときのことをぷくぷくとか」

 おっと、とサファリは気づきました。これはもしかしなくとも、惚気られています。

 サファリはにこにことやり過ごすことにしました。

 気持ちに整理はつけたつもりですが、サファリもかつてはツェフェリのことが恋愛感情で好きだったのです。けれど、ツェフェリが選んだのはサルジェだったので、潔く身を引きました。

「こないだね、珍しくサルジェより早く起きれたからサルジェを起こしに行ったらね、サルジェの髪が寝癖ですごいことになってて」

 好きな人が幸せそうに過ごしているのはとてもとても素敵なことです。

 ですが。

「サルジェ、髪結うのも上手いんだよ」

「ただいま、おかえりっていうのも、何気ないやりとりだけど、心があったかくなるんだ」

「サルジェがボクの誕生日聞いてきたんだけど、ボクもサルジェの誕生日聞いたから何かプレゼント用意した方がいいかな?」

 なるほどなるほど。

 ツェフェリはすっかり話題の中心にサルジェサルジェサルジェ、とサルジェばかり持ってきます。[太陽(サン)]が面白いと言ったのは口を開けばサルジェの話ばかりするツェフェリのことでしょう。

 サファリはサルジェとそこそこに仲良くしていますが、ええ、ええ、サルジェが恋敵であることに変わりはありませんもので。


 北の街を出た後、サファリの逆鱗に触れてしまった[魔術師(マジシャン)]が、サファリの愚痴を延々と聞くことになったのは、また別のお話です。

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