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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット売りの賑わい処
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タロット絵師からお手紙ご依頼

「拝啓、近頃北の街は寒くなって参りまして、冬眠前の熊が出没する物騒な季節となりましたが、サファリくんはいかがお過ごしですか? ツェフェリです。

 この時期が狩人は一番忙しいということで、サルジェやハクアさまはしょっちゅうお屋敷を空けるので、ボクは毎日留守番で寂しいです。タロットたちに話しかけようとしても、おしゃべりなあの子たちはサファリくんに売りましたし。あれ以降、喋るタロットは生まれなくなりました。ハクアさま曰く、恋をしたからじゃないか、とのことです。

 恋をすると、精霊とか、そういう神秘のものを捉えることが難しくなるんだって。ボクそういうの全然知らなかったよ。でも、ハクアさまのタロットの声は聞こえるから、喋るタロットが作れなくなっただけで、タロットの妖精さん? みたいなのと心を通わせることはできるから大丈夫って聞きました。みんな元気にしてるかな。今度また北の街に来てね!

 と、ここから本題です。ボクは新しいタロットカードをいくつか描いてみたんだけど、ボクってあんまり外の世界のことを知らないから、世界にはどんなタロットの絵柄があるのか知りたいです。ボクの絵柄をみんなは好きだって言ってくれるけど、タロット絵師を名乗る以上はそういう知識も広げて、自分の描けるものを増やしていきたいんです。

 そこで、サファリくんにお願いです。今度街に来るときに、タロットの絵の参考になるような本を持ってきてほしいのです。文字でも画集でもいいので。

 報酬は今度北の街に来るときに用意します。最近サルジェに料理を教わって、レパートリーが増えてきたんだ。サファリくん、ボクの手料理って興味あるかな? サファリくんの好きな料理があったら是非教えてね! 覚えるから。

 敬具」


 世の中には[配り屋]と呼ばれる職業が存在します。今、サファリが手にしているような手紙を宛先に配達するお仕事です。

「ヴェンさんありがとう。他に僕宛のはありますか?」

「ええと、あ! そうだそうだ、キャペット女史からお手紙あります!」

「キャペットさんから? 明日は槍でも降るのかな」

 キャペットとは移動図書館を営む女性です。[キャペット道端図書館(ロードライブラリー)]と言えば、[ベルの行商人]より以前から存在する有名人ですから、知らない人はよっぽどのもぐりと笑われてしまいます。

 キャペットは本の虫なのですが、実は筆不精なのです。サファリが以前、珍しい本が手に入ったからどこかの街で落ち合おうと手紙を贈ったとき、キャペットからの返事は一年経っても二年経っても来ませんでした。その間にキャペットとサファリはとある街でばったりと会い、サファリは本を寄贈して、結局手紙の返事はもらえないまま、その話は終わってしまいました。

 キャペット曰く、「そんなやりとりしなくても、お互い旅をしてればいつか会うさね。[配り屋(ヴェン)]に任せる方が不安だ」とのことです。

 ええ、ヴェンはキャペットもサファリも顔馴染みの[配り屋]の青年です。ただ、彼には致命的な欠陥があります。

 それは配達物の存在を忘れてしまう、ということです。配り屋は世界各地を飛び回り、ヴェン以外にも存在はするのですが、旅人のための配り屋であるヴェンはすぐに記憶がすっ飛んでしまうおっちょこちょいなのでした。

 それでもヴェンが配り屋を続けられるのは、ヴェンの脚力が凄まじいからです。まあ、ヴェンが手紙を忘れてしまうのも、キャペットやサファリといった有名人を担当しているからでしょう。

 そんなわけで、忘れん坊のヴェンを信用できないキャペットは決して手紙を出すことがないのですが、それはキャペットの言い訳でしかないとサファリは考えています。キャペットは移動図書館をやるのに、ぶらり旅なのです。次はどの街でやるとか、この街で移動図書館として留まるとか、そういった宣伝活動をしないのです。宣伝をしなければ、それは閑古鳥も鳴くというものでしょう。

 父に聞いたのですが、先代のキャペットは街に行くとポスターを作って街中に貼って回っていたそうです。地主にも手紙を書いて、事前に図書館を開く場所を確保してもらっていたとか。今のキャペットとは大違いです。

 おそらく、キャペットは賑やかなのが苦手だからだと思うのですが。

 そんなキャペットが筆を執ったなんて聞いたなら、それは天変地異の前触れかとも思いましょう。サファリは封筒を開きました。

「占い師みたいな商人さんへ

 キャペットさんに聞いて、あの日私に助言をくれたのがあなただと知りました。私は道端でぶつかった女です。[愚者(フール)]のカードを拾ったのを覚えていますか?

 あなたのご助言のおかげで、キャペットさんに頼み込んで、[キャペット道端図書館(ロードライブラリー)]の引き継ぎのために邁進しております。今後ともよろしくお願いいたしますね。

 [愚者]の子より」

 おお、とサファリは驚きました。[愚者(フール)]の即興占いのときの女の子が、まさかキャペットの元を目指していたとは、縁とはどこで繋がるかわからないものですね。

 ひとまず、天変地異ではないようで安心しました。さて、ヴェンに他に手紙はないか聞こうと思うと、ヴェンはもういません。

 手紙を積んだ自転車と共にもう次の場所へと向かってしまったようです。何か忘れ物がないといいのですが。

 とりあえず、サファリはツェフェリからの依頼について考えよう、と踵を返したときでした。

「さ、さ、さ、サファリさーーーーーーん!! ごめんなさいごめんなさい!! ぼく、また手紙を渡すの忘れたみたいでっ」

 向こう側から走ってきたのは自転車を引いたヴェンでした。自転車に乗っているときより速いのでは、という自転車を引いた状態でのヴェンの脚力は見事としか言い様がありません。

「このかごいっぱい、全部サファリさんのでした!」

「えぇ……」


 手紙がたくさんあったので、サファリは全部に目を通すために図書館にやってきました。図書館は勉強をする人や学者、書類仕事をする人がよく使用する場所です。今回サファリが訪れた街は学者をたくさん輩出している街で、大きな図書館があるのが有名です。サファリは旅から旅で忙しかったのと、父と来たときは父が黒人であるために差別されて、入館許可が降りなかったのとで入ったことがありませんでした。

 足を踏み入れると、見渡す限りの本。東西南北どこを向いてもみっしりと本のある様は圧巻です。これが三階建てで、階段脇にまで本がある徹底ぶり。手紙に目を通すだけなら本を気にすることもなかったのですが、今回はツェフェリからの依頼がありますから、本を探さなくてはなりません。これは骨が折れそうですね。

 まずは机にどっさりとかごいっぱいの手紙を置いて、中身を確認しながら仕分けていきます。お返事を書かないといけないものもあるかもしれませんから、夕食のときにはヴェンと合流する予定です。

 手紙の仕分け自体はすぐに終わりました。サファリのところに来る手紙は大体内容が決まっていますから、さっと冒頭の二、三行を読めば、手紙の内容はわかります。西の街の画家から新しい作品ができたので納品したいとのこと。東の街の商人から、一緒に店をやろうというお誘い。南の街からは旅行のご案内。花街からは働かないかというとんでもないお手紙まで来ていました。

 手紙を仕分け、何件かにさらさらと返事を書きます。サファリは容姿端麗で人目を惹くタイプですが、学者の街の図書館では一人の利用者としか映らないようです。皆さん、誰がいるかよりも本に夢中のようです。

 さて、とサファリは立ち上がり、頭を悩ませました。この膨大な図書館の中から、夕方までに目的の本を見つける、手っ取り早い方法はないものでしょうか。

 思考を巡らせていると、サファリの腰の辺りから声がします。

「謎の数式が聞こえるよ」

「いや待て小僧よ、これは悪魔喚びの呪文かもしれぬ」

「いや、学術書の一部を音読しているだけでしょう……」

 サファリは不思議なタロットカードを持っていました。手紙でツェフェリが言っていたおしゃべりなタロットカードです。彼らが勉学やら仕事やらに励む人間の声や息遣いに関心を向けているのでした。

 その声を聞いて、サファリはぴこん、と閃きます。

「いいこと思いついた」

「サファリ様?」

 訝しげにサファリの名前を呼んだのは、サファリが一枚手にした[女教皇(ハイプリーステイス)]のカードです。

 サファリはとてもにこやかに、

「困ったときはぁー、タロットの導きのままにぃー!」

「ちょ、何をし」

「そぉれ!」

「きゃーーーーーーーーーーーーー!!」

 [女教皇(ハイプリーステイス)]のカードを床に放りました。[女教皇(ハイプリーステイス)]の悲鳴がサファリの鼓膜を震わせますが、その声はサファリにしか聞こえません。

 人がたくさんいる中で、びっくりするくらい人にぶつからずに滑っていった[女教皇(ハイプリーステイス)]は、本棚の前に佇む少女の踵をかつん、と叩きました。

 サファリはそれを見て、その少女の方へ向かいます。

 寡黙そうな眼鏡の少女は、不思議そうにカードを拾って眺めていました。そこにサファリが声をかけます。

「すみません、そのカード、僕のなんです」

「あ、はい……どうぞ……」

「地元の方ですか? もしよければ、本を探すのを手伝ってほしいのですが」

 そこで少女が顔を上げ、まじまじとサファリを見ました。少女がサファリの容姿に息を飲み、頷きます。

 目的の本を探しながら、辿々しく二人は会話をします。少女はあまり人と話すのが得意ではなさそうですが、サファリに本の紹介をしたり、ふとした拍子に手が触れたりするのをどきどきしながら、楽しんでいたようです。節目節目で[太陽(サン)]が口笛を吹いたり、[審判(ジャッジメント)]がラッパを吹いたりして茶化すのが、サファリの耳にのみ届きました。

 別れ際、少女がサファリに問います。

「どうして、あんなにたくさん人がいたのに、私に本探しの手伝いを求めたんですか? まるで最初から私がこの図書館に詳しいことを知っていたみたい……」

 それはそうでしょう。サファリが投げて少女が拾った[女教皇(ハイプリーステイス)]のカードはタロットの中で唯一本が描かれているカードです。そこから紐付けて、サファリは誰が[本]に詳しいかを見極めたのです。まさしく[タロットの導きのままに]ですね。

 けれどまあ、そんな真相を全部語るのは野暮というものです。

 サファリは唇に人差し指を当てて、細波のような声を震わせます。

「あなたが輝いて見えたから、です」

 少女の顔が桜色に色づき、[恋人(ラバーズ)]たちが「色男めー!」と騒ぎ立てました。

 その後、サファリは[女教皇(ハイプリーステイス)]にこってり怒られるのですが、それはまた別のお話です。

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