タロットたちの初恋置き手紙
[六芒星法]の解釈が始まります。
まずサファリは[過去]のカードに手をつけました。出たのは月夜の下で鳴く二匹の犬と池から出てきたザリガニ。
「[月]の正位置。タロットカードには[太陽][星][月]のカードがあるのだけれど、太陽と星が自ら煌々と光り輝くのに対して、月は自分で光っているわけではありません。だから他から当てられた光で満ちたり欠けたりする。その様子からこのカードには[不安]や[不安定]といった意味が込められます。
チサちゃんとメルトくんは獣に襲われた村でどうにか生き残りました。生き延びるのに必死で何も考えず、ただがむしゃらに生きようとしていましたが、難が去ってみれば生き残ったのは君たち子ども二人。何かを教えてくれる大人がいない中で、どうやって過ごしていったらいいのかという、自分たちの能力と知識の心許なさ、頼れる人も側で見守ってくれる人もいない寂しさが不安となって、心を翳らせていたのでしょう」
サファリの語る姿は物語で読んだ吟遊詩人のようです。滑らかにすらすらと歌うように朗々と解釈を述べていきます。
続いて[現在]のカードは──水瓶から水瓶へ水を移していく天使が描かれたカード[節制]です。
「[節制]の正位置。過去に不安は数多とありましたが、それを乗り越え、安定した生活を送っており、均衡が保たれていることを意味します」
「きんこうって?」
「バランスとも言いますね。天秤は見たことある? あれは重さを量るためのものなのだけれど、両方の秤が同じ高さで保たれていることを[均衡がとれている][保たれている]と表現するんです」
つまり、偏りのない整った状態というわけです。先の不安は何のその、今の生活はなんだかんだ安定しているということですね。
ただし、この占いはチサの[好きな人とどうなるか]を占うものです。チサが好意を寄せる人物がこの生活に介入することによってどうなっていくのか、がこの解釈の肝です。
さて、三枚目のカードを見ていきましょう。[未来]を示すカードは[戦車]──騎士が馬車を勢いよく走らせている様子が描かれている絵が逆さまになっています。
「サファリさん、このカード逆さまだよ」
「タロットカードで占うときは、カードの向きも重要なんだ。普通の向きで出てきたものを正位置、これみたいに逆さまで出てきたものを逆位置と呼んでね。正位置と逆位置では意味が違うんです」
そう説明すると、[戦車]の逆位置について解釈していきます。
「[戦車]は味方に増援に行く兵士の様子を描いています。馬車を勢いよく進ませている様子から、物事が勢いよく進むことを表すカードです。逆位置になると大体のカードは意味が逆になります。この場合だと、[|戦車]は目的地を見失って右往左往し、前に進めなくなることを意味するでしょう」
[戦車]が主に表すのは[物事が勢いよく進む様子]ですが、物事が勢いよく進むのは目標や目的が明確だからです。[戦車]は味方の元に増援に向かっている様子ですから、行き先は味方のいるところだとわかりますね。
けれど、その目的地を見失ってしまったら、前に進んだらいいか、右に曲がるのか、左に曲がるのか、どう進んだらいいのかわからなくなっておろおろしてしまいます。逆位置はそんな様子を表しているのです。
「好きな人とどうなりたいのか、チサちゃんの中で決まっていないんじゃないかな。だから、どうしたらいいかわからなくて立ち止まってしまうことになる、そんな未来の暗示だと読み解きます」
「どうなりたいのか……」
チサが小さく呟く傍らで、サファリは次のカードに手をかけました。
[周囲の状況]はどうなのでしょう。めくるとそこにあったのは、青年が足をロープで木の枝と繋いでいる様子。正位置に見えますが、これは元々逆さまにぶら下がっている様子が描かれているものなので、逆位置のカードです。
「[吊られた男]の逆位置。木に吊るされた男の人の姿は忍耐や辛抱を表します。逆位置ということは何かを我慢しているのに、得られるものがなくて悩んでいる、ということですかね。チサちゃん以外にも悩みを抱えている子がいるよってことかな」
「えっ」
チサの周りでチサ以外の人物といえば、とチサが口を開きかけますが、それより先にサファリが次の[潜在意識]のカードを開きました。
「[太陽]の正位置」
太陽の下で笑う男の子の絵。とても幸せそうで溌剌そうな男の子の絵はタロットカードナンバーⅩⅨ[太陽]でした。
[太陽]はその絵柄からも伝わってくる通り、[幸せ]を象徴するカードです。結婚や円満な家庭といった意味も持ちます。
「これが[潜在意識]で出たということは、チサちゃんは今の時点でもう充分に幸せだということです。確かに、僕から見てもメルトくんと二人で楽しく暮らしているようですからね」
「うん。最初は不安だったけど、今は二人で色々考えて、試して……失敗もするけど、成功するのが楽しいの」
ですが、それが[好きな人とどうなるか]にどう関わってくるのでしょう。
サファリは[対応策]のカードに手をかけました。
既に充分円満な彼女に必要な策などあるのでしょうか?
「[世界]──の逆位置」
少女の周りを幻獣などが取り囲んでいるカード。これはタロットカードナンバーⅩⅩⅠ[世界]。タロットカード大アルカナの最後のカードです。
[世界]は全てにおいて満ち足りた状態で、調和のとれている状態を示します。それが逆位置となると……
「このカードに描かれている世界は理想的な完成した世界。それが逆さまっていうことは未完成の状態のまま保つのが対応策ということかもしれません。もしかしたら、未完成とチサちゃんが思っていても、周囲から見たら完成している世界なのかもしれない」
「でも……それじゃあ、完成していない世界の未来ってどうなるの?」
「確かに、それは気になるよね。では、[最終予想]を解釈しましょう」
サファリは中央にある最後の一枚をめくりました。
そこで出たのは本を持った女性。法衣を着ていて、神聖で知的な印象を受けます。
タロットカードナンバーⅢ[女教皇]のカードです。
「[女教皇]の正位置。[女教皇]のカードはタロットカードの中で唯一本が描かれているカードです。そのことから知識や知性といった意味合いを持ちます。
このカードが導く[最終予想]は、チサちゃんが今周りにあるものを見て、それである程度満足することで、好きな人と冷静に知的なお付き合いができるようになる、ということですね」
「それっていいことなの?」
サファリはチサの頭を撫でます。
「いいことか悪いことかを決めるのはチサちゃんかな。さてと、メルトくん」
サファリがブレスレットをしゃらんと言わせ、立ち上がると、占い中の神秘的な雰囲気は霧消して、気軽にメルトの肩を叩きます。
「僕は泥棒が来ていないか、荷物を確認しに行くね。チサちゃんに話したいことがあるなら、今がいいんじゃないかな」
「サファリさん……」
不安そうなメルトにサファリは茶目っ気たっぷりなウインクを返すのでした。
その後、メルトがチサに何を話し、どうなったのか。それはまた別のお話です。