タロット売りと子どもたち
教会の小さな食堂で、三人で食事を囲みます。
テーブルに並んでいるのはこんがり焼き目のついたベーコン、彩りのよいサラダ。具はないけれど、綺麗な色をしたスープです。
「色々作れるようになったんだね」
サファリが料理を眺めて言います。
男の子と女の子、幼子と言っていいほどの年齢で取り残された二人は今でこそ逞しく暮らしていますが、最初は料理のために火をつけるのさえ上手くできませんでした。だから、冷たいスープを飲んでいたのです。それが今は、皿までじんわりと温められるほどになりました。
チサが採ってきた山菜も、すぐに食べられるものと処理が必要なものに分けて保存してあります。
「移動図書館さんが来て、村の現状を知って、いくつか本をくださったんです。[虹の子]さまがご贔屓にしてくださっていたからって」
確かに、ツェフェリの知識はただ教会に引きこもっているだけでは身につかないものでしょう。サファリが父とこの村に来たときも、移動図書館が来ていて、本の貸し借りをする姿を度々見かけました。
それを懐かしく思う気持ちもありましたが、サファリは複雑な心地になります。チサやメルトを始め、まだ多くの人々にとって、ツェフェリは[虹の子]なのです。サファリの役目はそれを[タロット絵師]へと変えていくこと。ちょっと大変そうですが、約束したからには必ず叶えてみせましょう。
「とりあえず、食べながらお話ししましょう」
「はぁい。いただきます」
「いただきます」
サファリはまずスープに手をつけます。塩味のスープだと思っていたのですが、魚の奥深い旨味が口の中で広がり、サファリは驚きました。
「魚の味、どうやって入れたの?」
サファリが気づいたことで、メルトが得意げに笑います。
照れくさそうに鼻の下をこすりながら説明しました。
「おれたち、魚の干物も作ってるんだ。そんなにたくさん作れるわけじゃないんだけど、日持ちするからさ。金を稼ぐ方法がないから、サファリさんみたいな商人さんが来たときに、魚の干物をやると、商品と交換してくれるんだ」
なるほどなるほど、見ないうちに強かになったものです。行商人は山や森を歩いていく場合が多いため、肉を口にする機会は多くても、魚を口にすることはそう多くはありません。魚は川でも釣れますが、川の魚と海の魚では随分と味わいが違うので、港町にでも行かないと食べられない海の魚は大変珍しく、喜ぶことでしょう。
「それで、干物にしたやつを擂って粉にしてスープに入れるの。ただ魚を入れるより美味しくできるんだぜ」
本で勉強したんだ、と胸を張ります。
得た知識をこうして生活に生かせるのはとても素晴らしいことです。サファリはメルトの頭を撫でました。
幸い、村人はいなくなっても、村人たちが使っていた生活用品は残っていたようなので、本に書かれている内容や挿し絵と見比べたりして、道具を使っているようです。
粉にしたものはスープに溶かすと美味しかったので、二人はこのスープをよく飲んでいるようです。これは筋がいいので、料理を教えるのが楽しみですね。
そんなことを考えながら食べ進めていると、チサがもじもじしていました。サファリが目を合わせ、首を傾げて「どうしたの?」と暗に問いかけます。チサはそれを見てぼっと顔を赤くして、慌ててサラダを口に詰め込み、噎せてしまいました。
「ああ、慌てると駄目だよ、ほら、水飲んで落ち着いて」
サファリが立って、チサの背中をさすってやります。その姿を見てメルトがなんだかむっとした表情になっているのをサファリは見逃しませんでした。
サファリは鈍感ではないのです。
それで、少し考えて、席に戻り、提案します。
「北の街では色んな出会いがあってね、そのお話を二人に聞いてほしいんだ」
「北の街っておっきい街なんだろ? どんなとこだったかおれも知りたい!」
「わたしも」
目をきらきらとさせる二人に、食べ終わったらね、とサファリは柔らかく返しました。
サファリはツェフェリが使っていたという部屋で、ポシェットからタロットカードを出しました。
「これは何?」
「タロットカードだよ。今売り出し中の絵師がいてね、宣伝用に持ち歩いてるんだ」
ぱらぱらとカードをチサとメルトに見せます。メルトはすげー、とは言っていますが、興味は薄そうです。対照的にチサは興味津々で、サファリの横からじっと覗きます。
うーん、距離が近い、と思っていると、メルトが対抗するようにサファリの反対隣に座りました。そこなんだ、と苦笑いを噛み殺しつつ、サファリは話を続けます。
「タロットカードは占いができるカードなんだ」
「サファリさんは占いできるの?」
「できるよ。興味があるなら何か占ってみようか?」
すると、チサが目を輝かせます。
「見たい!」
「お、何か占ってほしいことあるのかな?」
サファリがにこにこと問いかけると、チサはちょっと照れくさそうに言いました。
「す、好きな人とどうなるか……とか」
「うん、女の子だね」
サファリはからかって流すことをせずに、カードを切り始めました。テーブルを使ってばらばらに混ぜて、三つの山に分けてばらばらに重ねて。様々な方法で混ぜるサファリの腕からはブレスレットが擦れる音がしました。
しゃらん、という音。涼しげな水色の眼差し。女の子であるチサは勿論のこと、少し白けた空気になっていたメルトまでもが、サファリの一挙手一投足に目を奪われます。
そうして、カードを混ぜると、サファリはチサにカードを渡しました。
「チサちゃんも混ぜて。さっき僕がやった、三つの山に分けるやつ。できる?」
「は、はい」
チサは緊張しながらカードを三つの山に分けました。サファリのように上手く三等分にはなりません。焦るチサに、大丈夫だよ、と優しく声をかけるサファリ。
カードが混ざりさえすれば、混ぜ方に細かい決まりはありません。ただし、カードが傷つかないように、丁寧に扱いましょう。
「混ぜ終わったら、カードたちに占ってほしいことについて教えてくださいって語りかけるんだよ」
「はい。こ、声に出した方がいいんですか?」
どぎまぎするチサにサファリはさらりと髪を揺らして首を傾げます。
「出さなくてもいいよ」
毛先の一筋までさらりとしていて煌めいていて美しいサファリの姿にドキドキしながら、チサはカードに祈りました。一応ここは教会跡ということで、住まわせてもらっている身として、チサもメルトも毎朝欠かさずにお祈りをしています。
神様がどういったものか、ろくに知らないまま二人きりになってしまったチサに、タロットたちはどのような導きを示すのでしょうか。
チサからタロットを受け取ると、サファリがゆらりと顔を上げて、二人の顔を交互に見て言い放ちます。
「今日使う占いは[六芒星法]です。タロット占いの中でも基本とされる展開だよ」
サファリがカードを配置するのに伴って、ブレスレットがしゃらり、しゃらりと鳴ります。その姿は神々しく、二人とも、神様がいるのならこのような姿をしているのかもしれない、と感じたほどです。
まずは中央に六枚重ねて置き、それを中心として三角形を描くように三枚、逆三角形の形に三枚配置します。最後に中央に一枚を置けば、[六芒星法]の展開は完成です。
残りのカードたちは脇に避け、サファリは解釈を始めます。
「[六芒星法]ではカードを配置した順番に[過去][現在][未来][周囲の状況][潜在意識][対応策][最終予想]が表れます」
「はい」
「なんですか、チサちゃん」
「[未来]と[最終予想]ってどう違うんですか?」
「いい質問ですね」
[未来]と[最終予想]。確かに言葉の意味も似通っています。重複した予想が存在するのはおかしなことですね。
サファリはこう説明しました。
「[未来]はこのまま、この占いの内容を知らずに迎える未来のことを示します。[最終予想]は[現在]から[周囲の状況][潜在意識][対応策]を踏まえての未来を表します」
なるほど、とチサは頷きました。難しいですが、[対応策]を知って、何かの対策をとった未来と、そのままなし崩しに迎える未来とでは結果は違ったものになるでしょう。
「解釈を開始します」