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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の移ろい処
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タロット絵師と狩人

 たんたんたん、とリズミカルな包丁の音。ことことこと、鍋でお湯が沸いています。

 サルジェは野菜を切り終わると、フライパンに油を敷きました。千切りにした人参をそこに放ると、鍋には二つまみほどの塩を入れて、人参に油が回ったところでキャベツを入れます。それらを軽く炒めたところで、あっと思い出したように、サルジェは鍋にコンソメを入れました。コンソメの塊が溶けて、お湯にほんのり色がついたところで、パスタを入れます。

 今日の朝ごはんは人参とキャベツのペペロンチーノ。野菜の甘味を楽しむオイリーパスタです。

 味付けにはコンソメの溶けたパスタの茹で汁を少々。風味を足すためにきのこを入れます。きのこからもお出汁が出ますから、旨味が増すのです。

 コク付けに、ととある瓶に手をかけたところで声をかけられました。

「サルジェ、おはよう!」

「おはよう、ツェフェリ」

 オレンジ色に煌めいた瞳を花のように綻ばせてサルジェに挨拶をしたのはタロット絵師の少女、ツェフェリです。色々あって、サルジェと同じお屋敷に住んでおり、これから末永く住むことが先日決定いたしました。

 というのも、奇妙なツェフェリの知り合いが訪れ、繰り広げたタロット占いの展開(スプレッド)でそうなったという、なんとも不思議で妙味なお話です。そこで始まった物語は、ツェフェリとサルジェの新しい関係の物語でした。

 妙味といえば、とサルジェは改めて瓶を手に取ります。計量スプーンを濡らしたのは濃い色をした液体です。

「何の調味料?」

 料理に興味のあるらしいツェフェリがサルジェの傍までやってきました。サルジェは敢えて答えず、ツェフェリに蓋を開けたままの瓶を渡します。嗅いでみて、と告げると、ツェフェリが鼻をすん、と動かし、直後ものすごい表情になりました。

「なっにこれ……すごく生臭いんだけど……?」

「あはは、初めて嗅ぐとやっぱりそうなるよな。これはオイスターソース。海で獲れる貝を煮詰めた煮汁だな。臭いがすごいけど、色んな調味料と合わせて使うと、料理の味に奥深さがつくんだ」

「そうなの……?」

 少し不安そうなツェフェリをよそに、サルジェはスプーン二杯ほど、オイスターソースを入れていきます。そこにショーユを一たらし。ショーユときのこの香りは相性抜群で、先程のオイスターソースの衝撃を忘れるほどのいい香りが厨房に漂い始めました。

 ふんふん、と鼻歌を歌いながら、サルジェはそこに輪切りの唐辛子を入れていきます。

 ペペロンチーノと言いましたが、基礎となるにんにくを入れていません。実はハクアがにんにくが苦手なのです。といっても、朝に食べないだけで、昼や夜なら平気で食べます。まあ、狩人としてあまり独特な匂いをつけたくないというのもあるでしょうね。サルジェも狩人ですから、その辺はとやかく言いません。

 料理は美味しいことが一番です。サルジェが具だくさんのフライパンを煽ると、ツェフェリがおおっと感嘆の声を上げました。けれどどうやらそれはツェフェリだけのものではないようです。

 サルジェが鍋からパスタを掬いながら、ツェフェリに振り向きます。

「タロットも連れてきてたのか」

「うん。もう少しでお別れだからね」

「おはようございます、サルジェさん」

 ツェフェリの手元から聞こえてきた青年の声はツェフェリのタロットカードの[魔術師]のものでした。名をアハットと言います。

 アハットはツェフェリのタロットの中で唯一サルジェがその声を聞くことができるカードです。アハットがツェフェリ以外に対しても友好的であるのも一因でしょう。

 ですが、サルジェは渋面を浮かべました。

「火の気のあるところにカードを持ってくるなよ。せっかく買い手がついたんだから」

「あっ、そうだね」

 ツェフェリが慌ててタロットたちをポケットに仕舞います。

 長年ツェフェリと共に在ったタロットたちですが、先日、遂に引き取り手が決まったのです。正真正銘、タロット絵師ツェフェリの第一作として。

 このタロットと共に過ごせるのも、タロットを買い取った旅の行商人が街を去るまでのあと何日かだけです。タロットたちがツェフェリを愛するように、ツェフェリもタロットたちを愛しているのでしょう。あれから肌身離さず持ち歩いています。

 けれどサルジェの言うとおり、今、サルジェは火を使っているので危険です。大事なツェフェリの友人たちが燃えてしまうのは大変です。

「それと、料理が気になるなら、その作業用のエプロンじゃなくて、俺みたいに割烹着着て。洗うとき大変になるから」

「あ、うん。それはえっと、その、サルジェ、あの、ね」

 どうも歯切れの悪いツェフェリ。それを訝しく思っていると、ツェフェリは恥ずかしそうに頬を朱に染め、緑と水色の間みたいな目を泳がせます。

「笑わない?」

「笑わないよ」

 きっぱり宣言するサルジェに少し安心したように胸を撫で下ろすツェフェリ。それでも緊張しているようで、微かに開いた唇が震えています。

 目が合わないまま、ツェフェリから告げられたのはサルジェがきょとんとするような内容でした。

「あの、あのね……ボク、割烹着の着方、わからなくて」

 サルジェはぽかんとしてしまいました。割烹着はサルジェが幼い頃から愛用していたものですから、着用の仕方がわからないという発想には至りませんでした。

 サルジェは普段はタータンチェックの割烹着を愛用していますが、父には不評だったため、白い割烹着も用意してあったのです。お客様の前で恥をかかないように。その一着をツェフェリに着るよう与えていました。当たり前に人は割烹着を着るのだと思っていたのです。

「サルジェが着たり脱いだりするの見て、真似しようと思ったんだけど、後ろで紐結ぶの、上手くできないし……」

「……そっか」

 ツェフェリは元々神様の子どもみたいな扱いを受けていましたから、箱入りでも何の不思議もありません。

 パスタとソースを絡めたサルジェは火を止めてから言いました。

「じゃあ、エプロンを買いに行こう」


「つぇーたんつぇーたん、春だねぇ」

「サルジェさん大胆!」

「あんなナチュラルにツェフェリちゃんをデートに誘うなんて、男を上げたねえ」

「みんな、黙って……」

 朝食を食べ終えて、出かける準備をしに戻ったツェフェリは顔を両手で覆ったまま、部屋の中で立ち尽くしていました。表情は窺い知れませんが、耳が真っ赤です。

 デート、そう、デートです。デート、逢い引き。好き合う者同士が共に時間を過ごすことを指します。

 これまで惚れた腫れたの経験のなかったツェフェリ。サルジェから告白されて「そういう意味」なのはわかる程度でしたが、いざ、自分もサルジェが好きとなって、両想いになって、それが自他共に知れた状態で、初めてのお出かけ。つまり初デートです。

 茶化すのは[太陽(サン)]のティシェと[恋人(ラバーズ)]のシユとシエです。まあ[恋人(ラバーズ)]は[恋人(ラバーズ)]というくらいですから、色恋沙汰に食いつくのは当然でしょう。ティシェは子どもですが、ちょっとおませさんですね。

「主様、今こそレイファ様からいただいたお洋服を御披露目するときなのではないでしょうか。せっかくのお出かけなのです。おめかししなくては!」

「シュタイムまで……」

「そうですわエリー様! 髪飾りもいただいたでしょう? それともリボンにしますか!?」

「エスレア!?」

 タロットの女性陣が大盛り上がりを見せ始めて、ツェフェリは戸惑いを見せます。

「おそらく行くのはミニョンでしょう。レイファ様も自分が選んだ服をツェフェリ様に着ていただけているのを目にすれば、きっと喜びますよ」

 という[世界(ワールド)]のリーマからの後押しでツェフェリはレイファがコーディネートしてくれた服を着ていくことになりました。

 お洒落な服を着て現れたツェフェリに、サルジェはぼっと顔が真っ赤になりました。普段のタートルネックのツェフェリも充分に魅力的なのですが、さすが本職のコーデなだけあって可愛さ倍増、破壊力抜群です。サルジェのドストライクゾーンのツェフェリに、サルジェは顔を茹でダコにしました。

 そんなこんなでミニョンに行き、事情を説明すると、レイファはサルジェにブチギレます。

「可愛い女の子に割烹着はないでしょう!」

「で、でも、その、割烹着だとお揃いみたいで嬉しいな、なんて……」

 このくそ野郎、こんなところで可愛さを発揮するな、と思いつつ、恋人らしい発言にレイファもある程度満足し、ツェフェリに似合う色や柄のエプロンを見繕ってくれました。

 けれど、サルジェに耳打ちします。

「ミニョンよりも角の雑貨屋の方がもっと多種多様なの揃えてるわよ。一回そっちも見に行ってみたら?」

 と適切なアドバイスをくれました。

 ツェフェリと色んなところを回って、気に入ったものを買って。デートプランとしては最高なのでしょうか。

 サルジェはレイファにお礼を言って、ツェフェリに他のお店も回ろうと誘い、その日は二人でお買い物デートを満喫しました。

 ツェフェリがどんなエプロンを選んだのか、それはまた別のお話です。

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