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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の移ろい処
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タロットたちとの小さな宴

 大きな大きなお屋敷の小さな小さな部屋の中、声たちは皆、楽しそうにお喋りをしていました。

「つぇーたんおめでとう!」

 元気に言い放ったのはタロットカードの[太陽(サン)]、ティシェです。その祝いの言葉に合わせてぱっぱらぱー、と明るい音色でラッパを吹くのは[審判(ジャッジメント)]の無口な天使、エスリームです。

 朗らかな調子のように思えますが、耳を澄ますと不満の声も聞こえます。

「主のために主の元を離れるのは百万歩譲って良いとして、持ち主があやつなのが気に食わん!」

「そうだそうだ! 平気で人を騙すような真似はするし、試すようなことはするし、人間性が疑われるね」

「もー、あんまりサファリくんを悪く言わないでよ」

 ふん、と拗ねてしまったのは[悪魔(デビル)]のハメスと[恋人(ラバーズ)]のシエとシユです。この二枚は特にツェフェリにぞっこんですので、致し方ないといえばそうなのでしょう。

 ツェフェリはタロットカードの大アルカナ二十二枚を並べ終えると、自分も席に就きました。

 これはタロットカードとタロット絵師の門出とお別れのお話です。


 ここは北の街の地主ハクアの屋敷です。ツェフェリはハクアに買われてここに住んでいます。

 ツェフェリにハクアから与えられた仕事はタロットカードの修繕でした。狩人としてこの街を守る役目を持つハクアですが、タロット占い師としての一面も持ち合わせているのです。

 ツェフェリはタロット絵師を志す少女でした。さっきから過去形ばかりが並んでいるのは何もマイナスな意味ではありません。

 紆余曲折はありましたが、ツェフェリがタロット絵師として作品を出すことが決まったのです。修繕の仕事は続けますが、これからはタロットを作るのが主な仕事となります。また、タロット絵師になったので、タロット絵師を志す必要がなくなったというわけです。

 ツェフェリの夢が叶ったことを一番喜んだのは、何を隠そう、ツェフェリのタロットたちでした。

 ツェフェリが元いた村からずっと一緒に過ごしてきたツェフェリが初めて作ったタロットたちは不思議なことにお喋りができます。北の街に来るまではツェフェリとしか話せないタロットたちでしたが、その声を聞ける者が何人か現れ、楽しそうにしたり、不服そうにしたり、親しそうにしたり、タロットたちも健やかに暮らしていました。ツェフェリの元で。

 けれど、ツェフェリがタロット絵師になるにあたって、彼らはツェフェリとお別れをしなければなりませんでした。ツェフェリの名を売るために、商人の持ち物となるのです。その持ち主となる商人の名前がサファリと言います。

 サファリは不思議な子です。雲のような真っ白な髪、普通の人よりも白い肌。一度見たら忘れられないような碧い瞳。神秘的な魅力で近寄りがたかったり、吸い込まれそうになったりします。タロットたちが初めてツェフェリと言葉を交わすきっかけとなった事件もサファリが起こしたものでした。

 ツェフェリの夢を叶えたこの奇妙な行商人はなんだか、ツェフェリが前に進むために現れているようです。

 そんなサファリに対して、タロットたちにはそれぞれ思うところがあるようです。

「まあ、[悪魔(デビル)]や[恋人(ラバーズ)]の言うこともわからなくはありません。誰かのためとはいえ、嘘を吐く人を信用するのは難しいと思います」

 冷静な声で告げたのは[女教皇(ハイプリーステイス)]のシュタイムです。[正義(ジャスティス)]のエスレアも同調します。

「あの方は危うい嘘の吐き方をします。まるで自分がどう思われても良いかのように。自分を大切にできないことを慕うことは私にはできません」

「あはは、真っ直ぐな女神サマらしい言い分だなあ」

 そう呑気な声を出したのは[吊られた男(ハングマン)]のティムレ。ティムレの呑気さにシュタイムは呆れたように、エスレアは嘆かわしげに溜め息を吐きます。

 女神というのはエスレアのことです。[正義(ジャスティス)]のカードに描かれるのは、目隠しをして、天秤と剣を持った女神なのです。タロットたちは描かれた人物や様相を形にしたような声で話します。他のタロットたちが談笑する中、[戦車(チャリオット)]の兵士であるシェバは、暴れ馬を鎮めるのに苦労していたりします。

「私はサファリ様が次の持ち主として名乗り出てくださって、良かったと思っていますよ」

「何ぃ!?」

 否定的な意見の羅列を断ち切るように[運命の輪ホイールオブフォーチュン]のエセルが言うと、すかさずハメスが食ってかかりました。ティシェがどうどう、とハメスを鎮めようとしますが、「馬じゃないわい!」とハメスが怒髪天を衝いてしまい、逆効果だったようです。

 エセルは穏やかな声色で続けます。

「やり方はどうあれ、サファリ様は我々を使いこなしています。そういう才に恵まれた方、というのもありますが、変にプライドの高い似非占い師や我々を使おうとしない収集家などの手に渡るよりは、我々を正しく使ってくれる方だと、私は見ていますよ」

 なるほど、世の中には様々な人がいます。占いを悪用する詐欺師だっているでしょう。詐欺師とはお客を騙して、お客に害を与える者です。

 占いを使って嘘を吐く、という点ではサファリは言い逃れができませんが、サファリの嘘はその人が幸せになるための嘘です。それを嘘だからと悪いとばかりは言えないでしょう。

 それに、サファリはツェフェリの気難しいタロットたちをなんだかんだ使いこなしています。一番最初の占いも、ツェフェリのこれからのための占いも、嘘は吐いたけれど、展開は間違っていないのです。ハメスやシユたちのようにサファリの性格に難ありと見るカードたちも少なくないですが、それすらも超越して、タロットたちを使いこなすサファリは自分たちの所有者として相応しいとエセルは考えているようでした。

 エセルの意見はタロットたちにとって正論だったようで、わあわあ喚いていたハメスたちもぐぬぬと沈黙します。

 彼らの人間とそう変わらない意思疎通の取り方をツェフェリは微笑ましく思いました。彼らはやはり生きているのです。人間のように好き嫌いがあり、人間のように悩み苦しみ、人間のように妥協したり、できなかったりするのです。

「キミたちはボクにとってずっと、友達みたいな存在だよ。レイファちゃんやサファリくんとも違う」

 ツェフェリが語り始めると、タロットたちはぴたりと喋るのをやめました。

 静寂な空間にツェフェリの澄んだ声が通っていきます。

「きっと、これから先同じ存在には出会えない……っていうのは当たり前なんだけど、キミたちがいつかいなくなったとしても、キミたちと同じような存在は他にはないと思うんだ。きっといつまでも忘れない。それくらい、ボクにとってキミたちは特別なんだ」

 きらきらと黄金色に煌めく瞳をにこっと閉じて、ツェフェリは言います。

「キミたちにとってのボクもそんな存在だったら嬉しいな」

「勿論ですとも! 問うまでもない。なあ、同胞よ」

 ハメスの高らかな問いかけに様々な形で返事が返ってきます。エスリームがラッパを吹いて、ティシェがからから笑って、シュタイムとエスレアが控えめな拍手をして、[世界(ワールド)]のカードの中にいる者たちが、それぞれが持ちうるもので演奏を始めます。[(スター)]のシュモネスが演奏に合わせて歌い始め、そんな傍ら、[(ストレングス)]のライオン、シュモが欠伸をしました。眠そうなシュモをモネが優しく撫でているようです。

 のんびりとしていて、いきいきとしている、タロットたちはみんなばらばらな行動をとっているのに、何故だか一体感がありました。それもそうでしょう。彼らはタロットカードの大アルカナ。二十二枚で一つなのです。

 意見の食い違いや考え方の相違などが生まれても、彼らが一つであるという根幹は揺らぎません。そういうところが不思議で不可解で面白く、唯一無二なのでしょう。

 ふふ、とツェフェリが笑うと、タロットたちからわあっと歓声が上がりました。ツェフェリの目は幸せそうなオレンジ色をしています。

「やったあ! つぇーたんが笑った!」

「ふふ、今日も相変わらず、エリー様の目は美しいですね」

「主が美しいのは目だけではないぞ!」

 ツェフェリのこととなると、タロットたちは大盛り上がりです。何色のときの目が好きだとか、美しいのは心もだとか、わいやわいやの大騒ぎです。

 そんな中、エセルのよく通る声がツェフェリに囁きました。

「主様。いえ、ツェフェリ様。離れ離れになっても、我々の心はずっと共にあります」

「うん」

「だからきっと、私たちを手放すことを選んだのを後悔しないでくださいね」

「うん! みんなも、サファリくんと仲良くね」

 こうして、ツェフェリとタロットたちは別れまでの大切なひとときを共有したのです。

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