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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の商い処
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タロット売りに抜け目なし

 広い広い森の中、大きな大きな荷車が、小さな小さな影を引き連れ、北の街から去り行きます。

 [行商人サファリ=ベル]と書かれた看板を提げて、白色の麗人が北の街から次の街へと旅立つところでした。

 白色の麗人……荷車を引くサファリの前を北の街及び森の守護者にして領主のハクアが歩きます。広く獣道の多い森をサファリが安全に出られるようにという配慮です。

 北の街から出てしばらく、二人の間に会話はありませんでしたが、その沈黙を破ったのはサファリでした。

「わざわざ送っていただいてありがとうございます。まさかハクアさま自ら送ってくださるなんて」

 それを聞くと、ハクアが耳をぴくりと言わせ、立ち止まりました。ぎっと荷車が止まります。「急に止まると危ないですよ」と言いつつ、サファリはハクアが止まることを予期していたようで、荷車に山と積まれた荷物が崩れることはありませんでした。

 サファリが止まったことを察すると、ハクアは盛大な溜め息を吐いて、振り向きます。その整った面差しには隠しきれない[呆れ]が露となっていました。

「文句を言ってもいいか?」

 そんなハクアにサファリは目をぱちくりとして、いけしゃあしゃあと答えます。

「いいも何も、仰りたいから、わざわざ人目のない森の中で二人になるよう僕を送ってくださっているんですよね? どうぞ?」

 サファリの慧眼というかなんというか……にハクアは頭を抱えました。計り知れないこの少年はハクアの目的などお見通しのようで、その上でハクアに送られることを選んだのです。きっと、街がちょうど見えなくなったこの場所で言葉を発したのも計算づくなことなのでしょう。

 [宝石色の子]よりも稀子とされる[大海の子]はどこまで見通しているのでしょう。翠と碧が混じり合い揺らめくその瞳は穏やかで果てしない海原のように底が知れません。

「では言わせてもらうぞ、ペテン師め」

「おや、随分な仰り様で」

 惚けた返事をするサファリにハクアはまたしても溜め息を吐きたくなりましたが、それをぐっと飲み込んで、ツェフェリたちの前では秘めてきた[サファリへの文句]を吐き出しました。

「何故あんな回りくどくて面倒くさい真似をしたんだ、んん? ()()()()()()()()()なんて、タロット占い師なら正気の沙汰ではないぞ?」

「僕は占い師ではなく、商人なので、平気ですよ。でもそうですね、占い師のハクアさまからしたら確かに卒倒ものではあったでしょうね。その度はご協力賜りまして、恐悦至極にございます」

 慇懃無礼とは正にこのことでしょう。サファリの言葉にハクアは怒りの滲んだ笑みを返します。

 実は、あの[愛の架け橋(ラバーズブリッジ)]、展開(スプレッド)が逆さまになっている上に、サファリとツェフェリについてを占ったものですらないのです。つまり、解釈(リーディング)もまるっきり違いますし、少なくともサファリのことではありません。

「あれはツェフェリくんとサルジェについて占ったものだろう? 何故それを素直に教えず、ねじ曲げた?」

 うーん、とサファリは少し考える様子を見せます、それからにこりとこう答えました。

「その方が面白いからですよ」

 それからサファリは指を立てて、あのときの[愛の架け橋(ラバーズブリッジ)]の正しい解釈を述べました。

「まず一枚目はツェフェリの[過去]で[(ムーン)]の逆位置。これは過去にサルジェさんの行いによって、ツェフェリの不安が拭い去られたことを示します」

 その経緯はハクアも知るところです。例の村から出たツェフェリは一人で当て所なく旅していたところをサルジェに保護されました。サルジェがツェフェリを見つけていなければ、今のツェフェリはないでしょうし、ハクアと出会うこともなく、北の街という新たな居場所を見つけることもできなかったかもしれません。もし、ハクアとサルジェが管理している北の森ではなく、他の森で迷っていたなら……か弱い少女のツェフェリは獣か賊の餌食になっていたことでしょう。

 幼いツェフェリ、外の世界を知らないツェフェリにとって、村を出るだけでも大変に孤独なことなのに、よくここまで歩いてきたものです。サルジェと出会えたとき、ツェフェリはつっけんどんだったらしいですが、すぐに気を失ったと聞いています。言わないだけで、体に負担がかかるほど、彼女は不安に支配されていたのです。

 いつか[愚者(フール)]と出たほど向こう見ずだったツェフェリの行動はツェフェリに奇跡をもたらしました。これはツェフェリが[虹の子]、もしくは[宝石色の子]として持っていた運命力ゆえなのかもしれませんね。

「それに連なったツェフェリの[現在]は[節制(テンパランス)]の正位置。新たな居場所を得たツェフェリが安定した生活を得て満足していることが窺えます」

 [節制(テンパランス)]は中立や安定を意味するカードです。ツェフェリはタロット絵師への足掛かりとしてハクアから[タロット修繕師]という仕事をもらいました。そうして街に慣れていく過程でラルフやレイファと出会い、その生活はより充実したものへと変わっていきました。

 ハクアの下で、タロット修繕師であるままでも、ツェフェリはいずれタロット絵師になるにちがいないとハクアは確信していました。何せハクアの師であり、絵画収集家業界でも有名人のランドラルフが認めているのです。

 が、悔しいことにいずれは商人の力を借りねばならなかったことでしょう。その役割をサファリは担ったのです。更に悔しいのは[ベルの行商人]は知らない方がもぐりと言われるほど、世界に名を轟かせている商人なのです。サファリの後出しの提案を断る理由は全くといっていいほどありませんでした。

 つまりは、[ツェフェリと一緒に旅をしたい]などと言わず、最初から[ツェフェリのタロットを売り歩く]契約を取り付ければよかったのですが。

 サファリはのうのうと続けます。

「このまま行けば順風満帆。[未来]に出た通り、ツェフェリはサルジェさんと善き恋人関係を築けたことでしょう」

 ツェフェリの[未来]に出たのは[恋人(ラバーズ)]の正位置です。恋愛関連の占いでこれが出たらほぼ無敵と言えるだろう一枚ですね。つまりはサファリがあれこれ手出ししなくとも、いずれ二人は結ばれた、とも解釈できます。

「続いて、サルジェさんの[過去]に移りますと、なんといきなり[運命の輪ホイールオブフォーチュン]が出ているんですよね。いやぁ、縁起のいいことです」

 どこまでも他人事のように語るサファリですが、これ、実はとんでもないことなのです。ハクアも正位置だと知っていたからこそ、息を飲みました。

 [運命の輪ホイールオブフォーチュン]はタロットカードのナンバーⅩ、タロットは[愚者(フール)]の〇から数えますので、十一枚目、ちょうど真ん中に位置するカードです。ちなみに、喋るツェフェリのタロットたちの中で[運命の輪ホイールオブフォーチュン]のエセルがリーダーのようになっているのも、この番号のためです。

 そんな[運命の輪]が示すのは[運命的な巡り合わせ]です。恋愛に限らず、タロットでこのカードが出たら確実にいい意味といっても過言ではないカードの一つ。このカードがサルジェの何を示すかというと、サルジェは[出会ったときからツェフェリに運命を感じていた]というなんともロマンティックなものです。

 逆位置だととことん噛み合わないという悲しい意味を持ちますが、こんな意味を持つ正位置で出たのです。息も飲むことでしょう。

「サルジェさんは慎重派とお見受けしますが、ツェフェリとの出会いについては直感的に察知していたのでしょうね。さすが狩人の嗅覚です」

 誰の弟子だと思っている、とハクアは思わず言いそうになりましたが、やめました。それではサファリの思うツボです。そう言わせたくてわざとそういう表現を使っているのです。挑発に乗ると慇懃無礼にからかわれるのは目に見えています。

 とんだ食わせ者です。

「直感ではわかっていても、いざ行動に移すとなると慎重になってしまうサルジェさんを如実に表したのが[現在]で出た[審判(ジャッジメント)]の逆位置ですね。彼はここぞというタイミングを掴めずにいました」

 レイファが聞いたら張り倒されそうな解釈(リーディング)です。サルジェが。

 [審判(ジャッジメント)]は元々、復活や再生を意味するカードです。これが逆位置となると致命的な意味になるカードの一つです。サルジェは慎重故に、今まで幾度もあったであろう告白のタイミングを逃し続けてきました。その中でも最大の鬼門が降りかかったのです。

 まあ、それがサファリがツェフェリを旅に誘ったことなのですが。

「……この場合、お前のせいということにならないか?」

「あはははは」

「笑って誤魔化すな」

 さすがにハクアはサファリをぽこんと叩きました。意に介した様子もなく、サファリが応じます。

「つまりはサルジェさんにはきっかけが必要だったんですよ。自分の想いを確固たるものにするためのきっかけが」

「それがお前? 傲慢甚だしい」

「余所者以外に誰がなれます?」

 ハクアの強い言葉にサファリは全く動じることなく返します。ハクアには返す言葉がありません。

 サファリは珍しく怒ったような眼差しで告げます。

「それに僕はツェフェリをなんとなく好きな人がなんとなく告白してなんとなく付き合ってなんとなく結ばれるなんて認めません。それなりの真剣さと誠意を見せていただきませんとね」

 そこでハクアは思わず間抜けな問いを口にしました。

「もしかしてお前、本気でツェフェリくんのことが好きなのか……?」

「今まで何だと思ってたんですか」

 さすがのサファリも憤慨します。サファリは至って真面目で真剣だったのです。

「どこの世に何年も前に一度会っただけの女の子を世界の果てまで探しに来る商人がいるんです? 旅の誘いもツェフェリとサルジェさんをくっつけるための冗談ではなく本気だったんですからね? 本気じゃないのにあなたを敵に回すような真似はしませんし、ラルフさんに根回ししたりと手の込んだことはできませんよ?」

 商人は実利の生き物です。何の見返りもなしに、ともすれば世界を敵に回すような行いをするなんて、事サファリにおいては心から愛したもののため以外にありません。

 これで、ハクアの当初の問いに対する答えが出ました。要するに、サファリもツェフェリにほの字だったのです。

「まあ、ツェフェリの出した答えですから、僕はこの感情を恋愛から親愛に切り替えようと思います」

「そう簡単に切り替えられるものか?」

「簡単に切り替えられないからしばらく距離を置くし、ツェフェリが身につけていたものをもらったんですよ?」

 サファリは腰につけたポーチから、夕暮れ色のタロットケースを取り出します。それはツェフェリのタロットたちが入ったカードでした。

 宣伝のためやら何やらと理由をつけてはみましたが、ツェフェリに生じる利益について話しただけで、サファリはせめて何か一つ欲しいと思っただけなのです。勿論、言ったからにはツェフェリの作品として大いに宣伝しますが。

 さて、とサファリは残りの解釈(リーディング)を始めます。しゃらん、と腕輪を鳴らせば、サファリの顔から怒りの感情はすっと抜け落ち、淡々とした語り口が戻りました。

「そんなサルジェさんが掴んだ[未来]が[愚者(フール)]の正位置。前向きにツェフェリとの関係を進めていく様子です。前途は明るいですね」

 やはり切り替えが早いじゃないか、とハクアは思いましたが、言わぬが花なのでしょう。ハクアは興味がないゆえ、惚れた腫れたの話には疎いのです。

 言葉だけ取れば[愚者(フール)]とは聞こえが悪いですが、決して悪い意味のカードではありません。[愚者(フール)]には確かに向こう見ずや無鉄砲といった意味が存在しますが、それも見方次第。正位置か逆位置かで捉え方が変わるのです。

「二人を繋ぐ[愛の架け橋]は[(スター)]の正位置。あのとき話した通り、タロットでの[(スター)]は希望を意味します。二人には幸せが待っていることでしょう」

「では[障害物]の[魔術師(マジシャン)]は?」

 サファリは剽軽に肩を竦めて見せました。

「あれは逆位置。[魔術師(マジシャン)]は始まりを意味しますから、[始まらない]ということだったんじゃないでしょうか? 二人の関係を進展させるためには何か明らかなきっかけが必要だった、と。僕はそう読んでいます」

「なるほどな」

 サルジェは慎重すぎますし、ツェフェリは今回のことがあるまでサルジェへの好意に無頓着でした。もしかしたら、今回のことがなければ、ツェフェリは自分がサルジェのことを好きということすら理解しないままだったかもしれません。

 そういう意味で、サファリは必要だったということになるのでしょう。

 ハクアは再び溜め息を吐きました。

「全く、おかしなやつだよ、お前は。よく逆さまでそれらしい解釈(リーディング)を並べ立てられたものだ。呆れを通り越して感心すら覚えるよ」

「お褒めにあずかり光栄にございます」

 褒めてはいないのですが、こんな簡単な皮肉、サファリにわからないわけがないのです。ハクアは何も言いませんでした。

「僕はツェフェリにとってきっと運命の歯車を回す者なんです。ツェフェリがタロットを知ったのも、タロット絵師を志したのも、僕との出会いが始まりです。僕は、ツェフェリの運命を回すためにこの街を訪れたようなものですよ」

 続く言葉は細波のように淡く溶けます。

「──僕を選んでくれなかったとしても」

 ハクアは目を見開きました。そうしないとサファリを見失ってしまいそうな気がしたからです。それくらい儚く見えました。地主を前に慇懃無礼な振る舞いをするような図太い商人のはずなのに。

 それも瞬き一つすれば、元に戻ります。

「だから僕に後悔はありません。未練はあるとしても」

「……ツェフェリくんの[運命の輪]とは、大きく出たな」

 ハクアは冗談めかしてそう返しました。するとサファリの顔には悪戯っぽく、妖艶な笑みが閃きます。

「お忘れですか? 僕は本来はこれですよ」

 サファリが一枚の藍色のカードをひらりと返して見せました。ハクアがはっと息を飲みます。

 サファリの手にあったのは[節制(テンパランス)]のカード。ツェフェリの[現在]にも潜んでいて、ハクアがサファリに[一枚引き(ワンオラクル)]をさせたときに引き当てたカードでもあります。

 ツェフェリの描いた[節制(テンパランス)]の天使は性別が違うだけで、サファリと瓜二つでした。まるで、こうなるべくしてなったかのような。

「商人とは商品とお金で人を繋ぎ、均衡を保つ存在です。水瓶の水が均等になるように汲み分けるのと同じですよ」

 それも然りです。世界中の商人がサファリと同じ考えかは別ですが。

「しかしまあ、文句という割にはハクアさまものりのりだったじゃないですか。嘘は吐いていませんけど」

「……」

 ハクアは黙します。

 あのとき「展開(スプレッド)に問題はなかった」とツェフェリたちに言ったハクアですが、それはあくまで、「サファリが[愛の架け橋(ラバーズブリッジ)]を展開(スプレッド)するまで」に問題がなかっただけで、その後の細かいカード移動などに関しては一切触れていません。

 まあ、ハクアも気になったのです。占いをするという商人の腕前が。

「その腕なら芝居小屋も占い師も向いているんじゃないか?」

「駄目ですよ。芝居小屋は興味ありますけど、占い師だけは駄目です。以前ツェフェリにも言いましたが、占いに求められるのは正確さではなく、吉兆なんです。だから客をおだてるためには平気で嘘を吐かなければならない。あなたはそういう経験がないのかもしれませんけどね。

 嘘は結局嘘ですから、あなたのような才のある人物以外は嘘を吐いて、責められます。嘘はよくないことですからね」

 サファリはそこで天を仰ぎました。

「そういう意味では……ツェフェリに占い方を教えたのは、正しかったのかなぁ……?」

 独り言のように呟く声は細波のようにさあっと引いて空に消えていきます。そのときサファリが浮かべていた、憐憫の滲んだ寂しげな表情が、ハクアにはとても印象的でした。

「それで、タロットを買い取ったのか」

 ハクアがそう声をかけると、サファリはハクアに目を戻しました。

 ツェフェリが占いをできないように、占いを生業にしないように、この商人は優しく道具を奪ったのです。

 それはハクアの憶測に過ぎませんが、きっとそうなのでしょう。否定をしないサファリは口元に人差し指をあてがいました。

「僕の嘘は、商いくらいがちょうどいいんです」

 その言葉を浚うように、森の中をさあっと風が吹き渡りました。サファリの白い髪とハクアの紫の髪が靡きます。

 この商人はツェフェリのタロットを買いに、またいずれ来ることでしょう。

 それはまた別のお話です。

既に掲載済みの「タロット絵師シリーズ」部分までの物語はここで一幕。

閑話をいくつか挟み、「タロット売りの占い処」へ物語は移行します。

乞う御期待。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何重にも重ねられた嘘と真…その隙間から一瞬だけ覗く素顔とか……これはもうサファリ・ベル沼に落ちるしかないやん??? 物語のラストがサファリ君の独壇場でわくわくしっぱなしでした。 さすが我が推…
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