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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の商い処
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タロット絵師の商い処

 ローブを纏った杖を持つ青年。薄暗い部屋の中ランプに照らされたテーブルの上には短剣と金貨と聖杯が置いてあるのが見えます。

 [(ソード)]、[金貨(ペンタクル)]、[聖杯(カップ)]、そして[(ワンド)]──タロットの小アルカナを象徴する四つが納められたタロットの象徴的なカード。サファリがめくったのはそんなカードでした。

「[魔術師(マジシャン)]の正位置。普通に解釈するなら、物事を新しく始めることが僕とツェフェリの障害になるってことかもね。つまり、旅を始めること自体、間違っていることを示しているのかもしれない。

 でも、本当にそれだけかな?」

 サファリが疑問を投げかけますが、ツェフェリもサルジェもちんぷんかんぷんです。ハクアが呆れたような溜め息を吐き出し、サファリに険しい声を向けます。

「悪足掻きか?」

「いいえ。このカードにはツェフェリと誰かさんにだけ通じる特別な意味があるんじゃないかって思ったんです」

 だって、とサファリはくすりと笑いました。

「この[魔術師(マジシャン)]、とてもサルジェさんにそっくりじゃないですか?」

「えっ、俺?」

 突然名前を出されたサルジェが思わず自分を指差します。ツェフェリはサファリの持つ[魔術師(マジシャン)]のカードとサルジェを交互に見て確かめます。

 鳶色の髪と目。どこにでもいそうな特別感のない顔。

「……似てる」

「ええっ……」

 纏うローブがサルジェの私服と同じ緑色なのもあるでしょう。サルジェと[魔術師(マジシャン)]はどこか似ていました。

 それにサファリの言う特別にツェフェリは心当たりがありました。

「サルジェはアハットくんの声だけは聞こえるんだよね」

「うん」

「もしかして、この占いの[障害物]って、サルジェのこと?」

「ツェフェリがそう思うのなら、そうかもしれないね」

 サファリはにこにことしていました。ツェフェリはふと、サファリのその笑顔を見て、初めてタロット占いを見せてもらったときのことを思い出します。ツェフェリにとっては苦い思い出です。

 サファリはお客さんのために嘘の結果を教えました。真実の解釈が残酷だから、と。いい思いをした状態で帰ってもらえるように、と。そのために嘘を吐いたのです。

 あのことがなんとなくずっと心のしこりになっていて、ツェフェリはサファリのそんな側面を忘れようとしていました。サファリの心がどこか歪なことは知っていたのです。

 きっと、サファリは商いを続けるうちはずっと、場合によって嘘を吐くことを躊躇わないでしょう。サファリは商いのため、と割り切れる人間です。

 けれど、ツェフェリはそれに耐え続けることはできません。優しい嘘があることを知った上でも尚、ツェフェリは嘘を吐くことを悲しいことだと思い続けています。サファリと旅をするのなら、そのすれ違いに耐え続けなければならないでしょう。

 それに、ツェフェリはサファリへの[好き]の正体がわかりました。常識外れとまではいかないまでも、箱入り娘として育てられたツェフェリには、知らない世界や知らない物事をたくさん教えてくれるサファリは眩しく、憧れだったのです。ただ、それだけでした。

 今のツェフェリになるきっかけをくれたのはサファリかもしれません。でもそれ以上に[ツェフェリ]を形作っているのは、この街の人々、レイファ、ラルフ、ハクア、そして、サルジェなのです。

「サファリくん」

「なあに?」

「一緒に旅に行く話、断るよ」

 ツェフェリは真剣な緑の光を瞳に宿して、サファリに告げました。

「サファリくん、ボクね、大切なものがたくさんできたんだ。大好きな人がいっぱいいるんだ。サファリくんはボクにとって特別だし、大切だよ。でもね、他の大好きなものを全部放り出せるほどじゃないんだ。ごめんね」

 それからサルジェ、と口にして、手を引きます。サルジェは自分に話題が振られると思っていなかったのか、え、俺? と反応しましたが、ツェフェリのいるサルジェは一人しかいません。

 ツェフェリがちょっと伸びて、サルジェに顔を寄せ……頬にちゅっと可愛らしいリップ音を立てました。

 それから、恥ずかしげなピンクの瞳で言います。

「ボクも好きだよ」

 それはとてもシンプルで、実にわかりやすい告白、あるいは告白への返答でした。

 最初はぽかーんとしていたサルジェですが、時間の経過と共に事態を理解したのか、わかりやすく顔が茹だります。飛び上がってずざざ、と思わずツェフェリから遠退いたほどです。それから何度も瞬きし、「え、これ夢? どっきり的な何か? え、現実?」とぶつくさ言っていますが、頬に残る柔らかい感触はとてもはっきりくっきりと、ついでに言えば、近づいて目を瞑ってその感触を与えてくれたツェフェリの顔もはっきりくっきりと、脳裏に焼きついております。

 少々シンキングタイムの入ったサルジェは徐にツェフェリに近づき、再度その手を取りました。緊張のしすぎで動きががっちがちで、右手と右足が同時に出ていたのには思わずツェフェリも笑います。それでも宝物を扱うように丁寧に取ってくれた手をそっと握り、ツェフェリはサルジェを見上げました。サルジェの星のような輝きを灯す瞳と出会います。

 ぱちりと目が合うと、サルジェは真っ赤な顔のままツェフェリに言いました。

「お、俺と付き合ってください!!」

「もちろん」

 そこでぴゅう、と小気味良い口笛が鳴りました。見ると、ハクアが口笛を吹いたらしく、唇を尖らせており、サファリはぱちぱちと和やかに拍手を送っておりました。

 サファリにまで祝福されていることに、ツェフェリも恥ずかしくなり、林檎みたいに真っ赤になりました。恥ずかしくて仕方なくて、ツェフェリはサルジェの胸に顔を埋めます。サルジェはそれをそっと抱きしめました。

 とても微笑ましい様子で、二人は恋人になったのです。


「さて、一件落着ですね」

 サファリが二人の顔の赤みが引くのを待ってそう告げると、ツェフェリがあっ、と声を上げました。

「あの、旅のお誘いは断っちゃったけど、それはそれとして、ボク、サファリくんのこと応援したいよ。何かできることはないかな」

 あたふたとした様子で語るツェフェリにサファリはくすっと笑いました。

「おっと、その件が終わっていませんでしたね」

「え、終わってなかったの?」

 聞き返すツェフェリにサファリが説明します。ハクアが黙認しているので、悪い話ではないでしょう。

「勿論、ツェフェリと旅ができたら楽しいだろうなあ、というのは本当に思っていたことですよ? けれど、物事はそう都合よくばかり回らないものです。ツェフェリがツェフェリの意志で断るのなら、無理矢理連れていくつもりなんてなかったですから」

「その割に我が師に取り次ぎを頼んだりと根回しがしっかりしていた気がするが」

「本気で口説き落としたいんですから、それなりの備えはしますよ。行商人を甘く見てはいけません。

 とはいえ、断られた場合、ただで立ち去るのも何でしたので、代案を用意していました」

 代案? とツェフェリとサルジェが仲良く首を傾げます。サファリは確認しました。

「ツェフェリは[タロット絵師]として世に認められたいんだよね?」

「うん」

「元いた村で、僕に言ったこと、覚えてる?」

「ええと……」

 どれだろう、とツェフェリが悩んでいると、サファリが今までとは違った感じで笑いました。商売用の笑みや大人びた笑みではなく、年相応の少年のような朗らかな笑みです。

「ツェフェリ、僕にタロットカードを売るって言ってたでしょ?」

「あ! うん……」

 ツェフェリがちょっと俯いたのは、あのときサファリがこうして笑っていたのを思い出したからです。確か、「物を売るのが仕事の商人に、物を売りつけるという発想が面白い」と言われたのでしたか。

「だから、僕がツェフェリのタロットを買うよ。ツェフェリの値段でかまわないから、この素敵なタロットを僕に売ってくれないかな?」

「えっ!?」

 それは予想もしていなかった提案でした。諭すようにサファリが続けます。

「僕は旅の行商人。けれど、商品が勝手に湧いて出るわけじゃない。僕が作っているわけでもない。これは父さんのときからそうだけど、僕にはあらゆる街に仕入れ先──売り物にするために買い付けに行く場所があるんだ。その一つにツェフェリがなってほしい」

 話のスケールが大きくてきょとんとしているツェフェリに、サファリが言葉を次ぎます。

「ツェフェリのタロットカードをこれからも僕に売ってほしいんだ。タロット絵師として。父さんのおかげで[ベルの行商人]は名が売れているから、ツェフェリのタロットも評価されればあっという間に広まるよ」

「でも、ボクのタロットにそんな価値なんて……」

「あるよ!」

 そう言ってツェフェリの手をぎゅっと握ったのはサルジェでした。

 ツェフェリは[宿り木]の時代に何度もタロットを売ろうとしましたが、全て失敗に終わり、すっかり自信をなくしていました。だから、ハクアの下でタロット修繕を生業にすることで満足しようとしていたのです。

 そんな考えを吹き飛ばすようにサルジェがはきはきと言い切ります。

「ツェフェリの絵は素敵だし、好きだよ。作業机で寝るのはどうかと思うけど、それくらい一所懸命に作ったものに価値がないわけない」

 ツェフェリがサルジェの言葉を受けて、ハクアやサファリを見ます。

「悔しいな。私とて、自分のアルカナがなければ即決で購入したかったくらいなのに。……だから君ごと買い取ったのだよ、ツェフェリくん」

「ね」

 もしかしたらこの瞬間は、[黒い笑顔]を見て自信をなくし、励まされたときより感動したかもしれません。

 そうです。既にツェフェリはタロット絵師として認められていたのでした。サファリはそのことを世界中に広める手助けをしてくれるのです。

「さしあたっては、このタロットの金額を決めてほしい。あ、寂しがらなくていいからね。このタロットは宣伝用として持ち歩くから、ツェフェリがタロットカードを新しく作って僕に売ってくれるなら、僕が買いに戻ってきたときに会えるよ」

 その言葉を受けて、ツェフェリは決断しました。サファリにタロットを売ることを。

 お別れは寂しいですが、永遠ではありませんから。そのために一度、タロットたちと話し合わないといけませんが。

「じゃあ、商談成立ということで。また後日」

 そうして、この一件は終幕を見せました。

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