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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の商い処
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タロット売りの思惑は?

 大きな大きな店の中、小さな小さな女の子があっちに行ったりこっちに来たりを繰り返しておりました。今日も北の街一番の服屋[ミニョン]は大盛況です。

 というのも、今日は特別な事情がありました。午後から臨時休業なのです。臨時休業を取るにあたり、お店の服や装飾品がいつもより安価になっているのです。

 北の街は広いですが、人と人との距離は近く、噂話は瞬く間に広まります。ツェフェリがこの街に来たときも、その情報拡散能力により、街のみんながツェフェリが馴染めるようにこっそり世話を焼いていたのです。

 今日は事前に突然の休業を告知するのと同時に安売りを行うことも盛大に知らせました。そうすれば安売りに目敏い奥様方が訪れることがわかっていたからです。

 今日は店の端から端まで行ったり来たり。レイファ一人では大忙しですが、なんと、今日は母のアイファが会計に立ってくれたのです。

 アイファが出てきたこともあっという間に広まって、アイファに会いに来た殿方も目立ちます。アイファは長年、病で臥せっていましたからね。

 けれど先日、サルジェが会いに来てくれたことが相当嬉しかったらしく、かなり元気になりました。少し若返って見えるくらいです。

「アイファったらお肌つやつやで羨ましいわあ。分けなさい」

「それは鏡を見てからお言いなさいな」

 アイファは朗らかに笑いながら、噛みしめるように告げます。

「私も老けたわよ。だって……自慢の子どもたちがこんなに立派に大きくなったんだもの」

「そうね」

 和やかな空気が流れます。前の地主のことはともかく、サルジェのことを街の人々は一人の人間として認めています。きっとハクアがサルジェを後継に選んでも反対する者はいないでしょう。

 サルジェのことはレイファにとっても誇りです。頼りなさげな雰囲気なのはいただけませんが、やるときはやる男だと知っています。ハクアが不在のときも街の平穏が保たれているのは、間違いなくサルジェのおかげですから。

 ただ一つ、心配というか引っかかっているのはツェフェリについてです。あの引っ込み思案超奥手自己評価低空飛行男が告白すると宣言したのはいいのですが、なんとなく、一筋縄ではいかないような気がするのですよね。女の勘ってやつです。

 最近街にやってきた旅の行商人の少年。今日の半日臨時休業の理由でもあるサファリはツェフェリと知り合いだと聞きます。ただの知り合いにしてはツェフェリもサファリも距離が近いような気がしますが……どうなのでしょう。

 レイファがサファリを怪しむのはその得体の知れなさからです。旅の商人をやるからにはそれなりの経験値は必要でしょうが、なんというのでしょう、見た目だけでは想像もできないような老練さがあるように思えます。

「ねえ、レイファちゃん」

「どうかなさいましたか?」

 お客様である奥様の一人が、レイファの服をちょいちょいと引っ張ります。レイファが振り向くと、奥様は外を指差しました。

「外にどえらい別嬪がいるんだけど……噂の行商人かしら?」

 どえらい別嬪。確かにサファリにはその表現が相応しいでしょう。もしも彼が女性だったなら、かつてのアイファに引けを取らないほどの人気者になったことでしょう。

 その美しさに加え、サファリはなんとハクアをも圧倒するほどのミステリアスなオーラを纏っています。サファリが初めて街にやってきた日、街は騒然としたと聞きました。レイファは美人は母で見慣れていますし、ハクアにもよく会っていたので、噂に聞くほど圧倒はされませんでしたが、ただの商人とは思えないオーラを纏っているのはわかりました。

 しかし、約束の時間にはまだまだ早いです。お客様方がそわそわとし始めているのが伝わってきました。美人の一人や二人、とレイファは思いますが、アイファやハクアクラスの美人が身近に常にいるレイファの感覚は壊れているのかもしれません。

 ぱたぱたと店の外へ行くと、白昼に目立つ白銀の頭が見えました。自分より背丈が低くたって見逃すことはあり得ません。そんな目立ち方をしています。

「あの」

 レイファが少し低い声で声をかけます。サファリはなんでもないようにこちらを見て微笑みました。この感情の宿らない微笑みを見ると、レイファは自分の心拍が上がるのを感じます。

 真っ白い髪、真っ白い肌。まるでここは彼の居場所でないかのような異端さが不気味でなりません。

「こんにちは、レイファさん」

「約束の時間はまだでは?」

「はい。少しお店の様子を覗かせていただいていたのです。ご迷惑でしたか?」

 どう伝えたものでしょう。あなたほどの別嬪に街の人々は慣れていないので、と馬鹿正直に伝えるのも癪です。

「見慣れない方がいらっしゃいますと、皆様落ち着かれないようですので、近くの喫茶店にでも入って待っていてくださいな」

「おや、そうでしたか。失礼致しました。では後程」

 丁寧にお辞儀をして、サファリは去っていきます。その後に、レイファに奥様方が近づいてきました。

「レイファちゃんすごいわねえ」

「ほんとほんと。なんだかあの子、人間じみてなくて、近寄りがたいのよね」

「奥様、それは失礼でしてよ」

 確かにサファリは近寄りがたい雰囲気を放っているかもしれません。けれど、サファリが去ったばかりの場所でそれを口にするのは無神経というものでしょう。奥様はすぐわかってくださりました。

 そこに染物屋の旦那がやってきます。

「レイファちゃん、もしかして、今日ベルさんと商談かい?」

「ええ。そういえば、染物の旦那様が紹介してくれたと聞きましたわ」

「ああ。俺の見立てじゃあ、坊主だと侮って交渉しちゃいけねえ相手だ。肚が据わってやがる。それにな……」

 溌剌とした染物屋の旦那が、声をひそめてレイファに耳打ちします。

「ありゃあ[大海の子]だ」

「[大海の子]……?」

 耳慣れない言葉にレイファは首を傾げます。語感からすると[虹の子]や[宝石色の子]と似たようなものなのでしょうか。

 染物屋が語りました。

「[宝石色の子]より希少だと言われるのが[三大化身の子]ってばっちゃんが教えてくれたんだ。空の色をした目の子どもを[大空の子]、森の目をした子どもを[大地の子]、そして海の色をした目の子どもを[大海の子]っていうんだ。目以外は全部が真っ白らしくてさ。昔は宝石よりも自然の方が身近だったから、大層有難がられたんだと。たまたまだろうが[三大化身の子]は強運で住んでいた村を救ったって逸話があるくらいだ。ただ、白人よりも白い肌が特徴の一つである[三大化身の子]は時代と共に忘れ去られるくらい希少なんだ。それでもばっちゃんみたいに覚えている人もまだいただろうし、ラルフ先生とも知り合いなんだろう? どういう手札で、どう行動するかわからない。強運の代償に波瀾万丈な人生が付きまとうらしいからな」

 その[三大化身の子]の言い伝えがサファリの纏う空気の正体なのでしょうか。確かに、あんなに白い肌の人はレイファも初めて見ました。砂漠だという西の果てから来たというのに、日焼け跡の一つもないのは異様と言えます。

 考え込むレイファに旦那は続けました。

「というかレイファちゃん。あいつは自分から博打を仕掛けてくることがある。いや、博打にしか見えないが、かなり思慮深く練られた計画だ。ありゃあ相当な手練れだよ。ただ話せばいいってわけじゃない。一個人としての芯をしっかり持っておかないと早々に見限られるだろうぜ。そういう冷淡な目をしてた」

 そこまで話すと旦那は一変、からっと笑った。

「ま、レイファちゃんなら大丈夫だろうがな! がはは!」

「励ましに来たんですか、びびらせに来たんですか、もう……」

 一筋縄でいかないことは覚悟の上です。

 手練れだかなんだか知りませんが、レイファはそんじょそこらの木偶の坊とは一味も二味も違うのです。


 忙しなく働いているうちに、店じまいとなりました。今日の商談のことは父にも話してあります。父は喝を入れるようにレイファの背中をばしりと叩き、アイファは静かに見送ってくれました。

「お待たせ致しました」

「いえいえ。店じまいを急がせてしまいましたか?」

「いいえ、全く」

 レイファはハーブティーを頼みました。忙しかったので、疲れていたのです。ですが、元々予定に入れていた商談。そんな弱音を吐くわけにはいきません。

「それで、ベルさんはどういったうちとの契約をお考えですか?」

「サファリでかまいませんよ。そうですね、僕がここに来た際に、何着か売っていただきたいです。ご自慢の品であれば銀貨十枚ほどを想定しております。それと、これは染物屋の旦那さんからの提案ですが、染物屋の布を使ったものの取引の場合は染物屋に二割から三割分をお支払いしようかと考えております」

 あの旦那、ちゃっかりしている、とレイファは苦虫を噛み潰します。服を数着で銀貨十枚は悪くない話です。けれど、レイファはここで踏み込みます。

「数着って具体的な数字がないのが気に食わないわ。五着で銀貨三十枚はいかがかしら?」

 レイファの強めの押しにサファリは動揺一つ見せません。そよ風でも吹いたかのような反応です。

 買い取り値が高いと、それを更に売る行商人は買い取り値より高値で売らねばなりません。以前話しましたが、生活するには銅貨があれば充分なほどの物価なのです。そこで銀貨三十枚を吹っ掛けるレイファにサファリはどう答えるのでしょう。

「五着で銀貨三十は言い過ぎではありませんか? 十着なら考えますが。五着なら銀貨二十なんていかがでしょう?」

 なるほど、いい弁舌を持っています。十着で銀貨三十と半値に落としてからの五着に戻って銀貨二十。イメージを落としてから上げる論法は滑らかで嫌味がなく、見事でした。そもそも、五着で銀貨二十はレイファが想定していた妥協額です。否やはありません。

 商談はこれで終わりでいいでしょう。商談だけでいいのなら。

 レイファにはどうしても、このサファリという男について確かめねばならないことがあるのです。

「その案で一旦保留しましょう。少し雑談でも致しませんか?」

「雑談?」

「先日はラルフおじさまとの取引もあったと聞きました。お疲れでしょう。お茶というのは日々の労苦をお茶請けに嗜むものでしてよ」

 レイファは警戒にならない程度の妖しさを滲ませて笑みます。

「幸いにして、わたくしたちには共通の友人がいるではありませんか。ツェフェリはわたくしの大切な友人ですのよ」

「そうでしたね。一昨日ツェフェリが着ていたものは、もしやミニョンで?」

「ええ、わたくしとお母様の見立てですの」

「道理で。ツェフェリが僕が知っていたのとは異なる魅力を放っていたので、素晴らしいコーディネートだと思いました」

 ふふ、とサファリは軽く笑います。その目を見て、レイファはぞくりとしました。

 その瞳は飲み込まれそうなほどに深い深い色を宿していたのです。油断をすれば、自我を強く持たねば、ただ首を縦に振るだけの人形になってしまいそうな迫力を持っていました。その顔には[計画通り]と書いてありそうです。

「やはり、ツェフェリを迎えに来て正解でした」

「……どういうことかしら?」

 迎え? ツェフェリを? サファリは旅の行商人。それが迎えに来たということはツェフェリがサファリについていくということです。ツェフェリがこの街からいなくなるということです。

 レイファは頭の中で何かがぶち切れましたが、一周回って淡々と話し始めます。

「ツェフェリはハクアさまのお抱えですわよ? そんな勝手なことが簡単に許されると思っておいでですか?」

「ええ、僕も身一つでハクアさまと交渉する気はありませんよ。幸いなことに、ランドラルフさんのお力をお借りすることが叶いました」

「なっ」

 つまりは、先日絵画を売りに行ったときには既に、この計画を立てていたということになります。もしかしたら、この街に来たときから……

 どんなに力のあるハクアも師匠であるラルフにはなかなか頭が上がらないものです。そこの人間関係まで調べ上げ、ラルフの説得に成功したとなると、ただの手練れで済ませていい器ではありません。

 それに──絵画の取引のときに、ツェフェリを引き取る話が出ていたとしたら、ツェフェリを迎えに行ったサルジェは十中八九、その話を耳にしたはずです。

 あんなに張り切って告白しようとしていたのに──

「ツェフェリが、いなくなったら」

 レイファは震える声を絞り出しました。取っ手を握りしめたティーカップが呼応するようにかたかたと鳴ります。

「ツェフェリがいなくなったら、どうしたらいいんですか……! こっちからすれば、ぽっと出のあなたに、奪われるようなものですよ?」

 激情を滲ませたレイファの声色にサファリの白い手が、レイファの手に重なります。その手は白すぎる色の通り、冷たく感じられました。

「レイファさん、だからこそ、この商談に意味があるのですよ。

 僕がこの街の店と交渉するということは、不定期でもこの街に戻ってくるということです。僕がこの街に戻ってくるための方便になるんですよ」

 サファリが戻ってくれば、ツェフェリに会えます。

 そこまで見通しての交渉です。

「まあ、落ち着いてください。まだハクアさまの説得と、ツェフェリ本人の意思があります。どうか──誰かの望むようになりますように」

 そんな不思議な呟きを落として、サファリは紅茶を啜りました。

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