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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の商い処
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タロット絵師の道に立つ者

 ツェフェリが自分の絵に自信をなくしてしまったことは短いながらも確かな挫折となりました。その挫折が短く終わったのも、ステファンの適切なフォローと、サファリやラルフの純粋な褒め言葉のおかげでしょう。

 ボクは恵まれているな、とツェフェリは思いました。家族がいなくても、死んでしまっていたとしても、ツェフェリには自分を支えてくれる素晴らしい人がこんなにもたくさんいます。今ここにはいないハクアやサルジェも、レイファも。ツェフェリの周りには温かい人が溢れているのです。

 それに、タロットたちも、ツェフェリを支えてくれます。ただ、以前と違ってきたのは、ツェフェリが落ち込んだとき、ただ声をかけて励ますのではなく、周りの対応とツェフェリの反応を静かに見守るようになったことでしょうか。

 ツェフェリはそれを嬉しく思いました。タロットたちがツェフェリを[特別な者]ではなく、[一人の人間]と認めてくれているようで。

 タロットたちにとって、自分たちに命を与えてくれたツェフェリが[特別な存在]であることに変わりはありません。ただ、ツェフェリと共にタロットたちもまた、様々な考え方を学んでいるのです。慕い、特別扱いすることだけが[ツェフェリを大切にする]ということではないということを学んでいるのです。

 勿論、ツェフェリと離れ離れにはなりたくないです。けれど傍にいて、自分たちに何ができるというのでしょう。ツェフェリにどれだけのものを与えられるでしょう。ツェフェリはタロット絵師を目指している少女で、自分たちはツェフェリが作ったというだけのカードなのです。カードには手も足もありません。喋ることはできますが、一部にしか聞こえないようにしています。それが一体ツェフェリのために何ができるというのでしょう。何を成せるというのでしょう。

 タロットたちは理解しようとしていました。自分たちがツェフェリのためにできる最善のことを。

 何よりツェフェリが笑ってくれることが、タロットたちは嬉しかったのです。

「鉛筆の絵、もう一回見せてもらっていい?」

 ツェフェリはもう立ち直って、サファリにそう尋ねます。サファリは首を横に振りました。

「もう絵の所有者はラルフさんだよ。ラルフさんに聞いて」

「あ、そっか」

 すっかり忘れていました。サファリはラルフに絵を売るためにここに来て、先程ラルフの購入が決まったのです。

 手元を離れると、所有権は次に手にした人に移ります。お金を払って欲しいものを買うのは社会の仕組みであると同時、はっきりとした所有権の移動を示す契約でもあるのです。

 ツェフェリはラルフを見て問いました。ラルフは意地悪ではないので、快く見せてくれます。もう絵は絵画部屋に運んだようです。

 単色中心の絵に彩られた部屋は、やはり何度見ても鮮やかです。どれも一つの色を中心に描かれている逸品ばかりで、画家の手腕も勿論ですが、ラルフの拘りが強く感じられます。

 その中で先程の鉛筆の絵は異彩を放っていました。鉛筆の黒一本だけなのに、何色にも艶やかに色づきます。

 その鮮やかさは、先に一見したときより引き立っています。何故でしょう。黒髪の黒人の少女のはずなのに、ハクアのような紫の髪に見えたり、目映いほどの金髪に見えたり、くるくるくるくると角度によって別人になります。

「不思議な絵……」

「ふふ。これが鉛筆画の魅力だね。それと、この絵画部屋が成せる業」

「ふぉっふぉっ、さすが、わかっておるのう」

 ツェフェリはサファリとラルフを交互に見ます。サファリがツェフェリに説明しました。

「鉛筆っていうのは何度も塗り重ねることによって光を反射することができるんだ。この[黒い笑顔]は勿論、黒髪黒目の黒人の少女として描かれているけれど、同時に画家の遊び心が加えられている。それが光沢による色の変容。つまりはただ黒く塗り潰したわけではないってことだね。だから周囲に置くもの、灯りを置く位置によってはこの少女は[宝石色の子]にもなれば、平々凡々とした少女にも、果てには黒人とは真逆の銀髪の白人にだってなれるんだ」

「鉛筆ってそんなこともできるの?」

 サファリは悪戯っぽく片目を閉じます。

「鉛筆と侮ることなかれ、だよ。それに、これはかの[鉛筆屋]の選りすぐりの鉛筆が使われている。本当に拘り抜かれた一点物。絵画収集家が知ったらみんな、喉から手が出るほど欲しがるだろうね」

「ふぉっふぉっ、やはりわかっておって儂に売りに来たな、小僧め」

「ふふ、お褒めにあずかり光栄です」

 ラルフがサファリを小突きながらも、機嫌よさそうに告げます。

「本来なら金貨一枚なんて安すぎるんじゃ。絵画収集家なら大枚はたいて買うものじゃよ。まあ、この絵画の真の価値を見抜けるならな。世界を股にかけて行商する[ベルの行商人]のことじゃ。西の果てからここに来るまで、絵画収集家なぞ顧客の中に山ほどおったじゃろうに、わざわざ儂を選んだ」

「単色収集のランドラルフは絵画収集家の中でも世界的に有名ですからね」

 ランドラルフのネームバリューは想像以上のもののようです。ですが、さらりと明かされたサファリの二つ名のようなものも相当に感じられます。

「単色絵画の並べられた収集部屋の中に飾られれば、[黒い笑顔]はどんな人物の手に渡るよりも真の輝きを放つことになりましょう。まさかこれほどとは、予想だにしていませんでしたが」

 つまり、色とりどりのラルフの部屋の中で、この絵の少女はどんな風にもなれるのです。そういう狙いがあって、サファリはわざわざラルフ目指して北端のこの街まで来たのですね。

「この性質からするに、この絵画は風刺画なのじゃな。世の人々から蔑まれる[黒人]が描かれているはずなのに、この絵は少しの工夫で[普通の人間]、[白人]にすら見える。この絵画の中には黒人と白人が共存していて、笑っておるのじゃ。その笑みに込められたものは差別のない幸せな世界への微笑みか、差別をやめない人々への嘲りか……まあ、後者じゃからわざわざ[黒い笑顔]なぞというタイトルをつけたのじゃろう」

「ほ、ほえ……」

 この一枚は絵画としての出来映えもかなりのものですが、まさか裏にそんな意味が込められているだなんて。手が込んでいる、というか、執念すら感じます。

 そこまで語ると、ラルフはサファリを見ました。

「して、これをわざわざ儂に色をつけたとはいえ、金貨一枚という破格の値段で買わせたのにはどういう理由があるのかの? 行商人よ」

 ラルフの表情は普段の穏やかさの欠片もありません。眼前にいる商人を値踏みするような冷徹な光が細い目に宿ります。ツェフェリは思わずごくりと生唾を飲み込みました。

 なるほど、ハクアの師匠なわけです。普段は笑顔でわかりませんが、ラルフは確かな迫力を持つ人物でした。ぴん、と空気が張り詰めます。何かの拍子で糸が切れたら、使い物にならなくなる楽器のよう。ツェフェリはそんなラルフを見るのは初めてでした。

 サファリはそんな中でも圧されることなく、眉一つ動かさずに、ラルフの圧を受け止めていました。それどころか飄々としてこんなことを言ってのけるのです。

「勿論、下心はあります」

 そんな明け透けな、とツェフェリは驚きましたが、サファリはつらつらと述べました。

「北の街の地主ハクアさまの師匠であるランドラルフさま。世界的に有名な絵画収集家のランドラルフさま。あなたの名で一体どれだけのことを成せるでしょう」

「ふぉっ、老害をおだてても何にもならんぞ」

「いいえ、[黒い笑顔]の風刺を見抜いたご慧眼を見せられては、その謙遜も素直には受け取れませんよ。……一つは、[黒人差別]を減らしていくという働きかけです。ご存知でしょうが、僕の父は黒人でした。[ベルの行商人]の二つ名を築いたのは紛れもなく父の功績。僕はそんな父を尊敬し、看板を受け継ぐことを決めました。けれど、僕が活動を始めると、本来の[ベルの行商人]であった父のことは忘れ去られています。父が黒人であったが故に。僕は人種差別なんかで父の存在が世界から忘れられるのが許せないんです。だから、黒人差別をなくしたい」

「今更黒人差別をなくしても、お前さんの父親の名声が戻るとは限らんぞ」

 ラルフは厳しく目を吊り上げました。厳しくも、正しい一言です。これから名を上げる人々はきっと正しく誉を受け取れます。けれど、既に亡い人物はどうでしょう。世界に名を轟かすような世紀の大発見をしたわけでも、人々の役に立つ大発明をしたわけでもありません。故に、黒人差別がなくなったところで、サファリの父に与えられるべき名声が、正しくサファリの父へ戻るとは限りません。

 サファリは少し悲しげに笑いました。わかっています、と。

「お気づきかもしれませんが、[黒い笑顔]の作者もまた黒人なのです。故にこんな名画を生み出しても、無名のまま。けれど彼の人物は無名でもいいと語りました。自分が有名になることより、この絵を通じて、差別のあるこの世界のおかしさに、世界中の人々に気づいてほしい、と。──僕がこの絵をもらった交換条件です」

 それで、絵画収集家の中でも世界的に影響力のある可能性があるランドラルフの元へこの絵画を持ってきたのです。

「ふむ。お前さんの身の上はともかく、画家の執念は絵を見ればわかる。信じよう。じゃが、それだけではなかろう?」

 ラルフが指摘します。

「北の街の地主ハクアさまの師匠。儂をそう呼んだからには、そちらの名も使いたいと見える」

「ええ」

 サファリはラルフに一つ頷くと、ツェフェリの方を向きました。これまで置いてきぼりだったツェフェリは突然水を差し向けられて目を真ん丸く見開きます。

 それと同時、絵画部屋の扉が開きました。当然、扉を開いた者はサファリの次の言葉を耳にすることとなります。

「ツェフェリ、僕と一緒に旅をしない? 専属のタロット絵師として」

 その言葉に誰よりも呆気にとられていたのは──そのとき扉から入ってきたサルジェでした。

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