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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の商い処
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タロット絵師の挫折

 サファリとツェフェリは二人で話をしながら、ラルフの診療所へ向かっていました。

「ツェフェリ、髪切ったんだね」

「うん。サルジェに切ってもらったんだ」

 他愛のない話を二人はしました。他愛のない話だけれど、二人の間の空白の時間を埋めるものでした。

 ツェフェリは村へ疑惑を抱いたことから、村を飛び出したことを話しました。本当の両親のことは今となっては知りたいような、知りたくないような、複雑な心境です。

「ちょっとサファリくんのこと、羨ましかったんだ」

「僕が?」

「お父さんと仲良さそうだったから」

 ツェフェリは空を見上げます。胸の透くような青空。けれど何故でしょうか。その空の色を反射したようなツェフェリの目の色は、明るいのに悲しげでした。

「シスターたちのことは家族だと思っていたし、教会(あそこ)はボクの家だったよ。……でもさ、やっぱり、何か違うって思っちゃって。だって、シスターたちにとって、ボクは神様で、家族なんかじゃなかった。ボクが家族を欲しがったって、あの人たちにとって、ボクは永遠に[虹の子]で[神の子]なんだ。普通の人間じゃないんだ。ボクは[ツェフェリ]になりたかった。他の何でもない[ツェフェリ]っていう一人の人間になりたくて、あの村を飛び出したんだ」

「うん」

「まさか、村が滅んだなんて、思ってもみなかったけど」

「先に言っておくけど、ツェフェリのせいじゃないからね」

 サファリは涼やかながらよく通る声で断言します。

「あの村の現状は色々な偶然が積み重なってできたものだ。偶然を運命だとか呼ぶ人がいるけど、偶然にも運命にも誰の責任もないんだよ。自然が時のまにまに起こしたことだよ。雷が落ちて塔が崩れたって、それが誰のせいでもないように」

 タロットのナンバーⅩⅥ[(タワー)]はどうしようもない自然災害、天災から来る大きな不幸を表します。雷に打たれた塔ががらがらと崩れる様は恐ろしいですが、サファリの言った通り、誰のせいでもないのです。

「うん、わかってるよ。子どもたちには可哀想だけど、村の跡地に戻るつもりもない。遠いし」

 まあ、広大な森を抜けなければなりませんし、それから山を越えなければなりません。教会に残っている子どものことは気がかりではありますが、拙くも逞しく生きているというのなら、[虹の子]という偶像は彼らには必要ないはずです。

「あの村を出る前に、ボクはあの村とボクについて占ったんだ。お父さんもお母さんも死んでるって出たから。最終予想は[運命の輪]の逆位置だった。ボクがいたっていなくたって、あの歪な村はいつか綻んでいたんだ。そう思うことにする」

「そっか」

 サファリはツェフェリの決意を聞くと、ふと心配そうな顔をしました。

「でも、よくこの街まで辿り着いたね。すごく遠いし、獣道も多いし、女の子が歩くような距離でも道でもなかったよ」

「あはは……無我夢中だったと言いますか……」

 あのときは村から離れたくて仕方がなくて、とにかく歩いて歩いて歩き通したのです。サルジェに見つけてもらえたのは僥倖と言えるでしょう。

「成り行きとはいえ、北の街の領主さまに拾われるなんて。タロットの絵の修繕をしてるんだって?」

「うん。ボクの夢のためにハクアさまも親身になってくれて、ラルフさんを紹介してくれたのもそのためなんだって」

「確かに、ランドラルフさんの影響力は強いからなあ。遥か西端の街までその名前が轟いてるし」

「西端ってどんな街なの?」

「西端は南寄りにあるから砂漠があるよ。砂漠は知ってる?」

「ラルフさんから聞いたことある。砂ばっかりがあるんだよね」

 なんて、他愛のない話をしているうちに、二人はラルフの診療所に着きました。

 ラルフの診療所は温もりのある木造で、ふわりと森の香りがしました。ステファンが花瓶の水を替えています。

「ステファンさん、お久しぶりです」

「ああ、ツェフェリさん、お久しぶりです。サファリさん、お待ちしておりました。今ラルフさんをお呼びしますね」

「ありがとうございます」

 ステファンの受付姿もだいぶ板についてきたのではないでしょうか。最近はミスも少なくなり、ぱきぱき働いていて非常に助かる、とラルフが言っていたような気がします。

 サファリはツェフェリと待合室の椅子に座りながら、辺りを見回します。

「懐かしいな。前に来たのいつだっけ」

「サファリくん、ラルフさんと知り合いなんだっけ?」

「うん。前は父さんと一緒だった。あのときも絵を買ってくれたんだよね」

「聞いた聞いた。森の絵だったっけ」

「あ、ツェフェリ知ってるんだ」

 ツェフェリはラルフと交流を持つようになってから、ラルフの収集部屋に案内されたことを話しました。そこでサファリが共通の知人であることを知って、盛り上がったのは、どういう偶然かサファリがこの街にやってくる直前の出来事です。

「へえ、噂はされてみるものだね」

 サファリが珍しく剽軽な様子で言ったところで、ラルフがやってきました。

「やあ、全然変わらんのう。背はちと伸びたか」

「あはは、背くらい伸びますよ。まだまだ成長期です」

「ふぉっふぉっ、口が達者じゃのう」

 成長期、という言葉にツェフェリが首を傾げました。特に誰も言及しません。何かしらの地雷が埋まっていることをステファンも察したようで、口を閉ざしました。

 それで、とサファリは脇に置いていたものを手にします。布に包まれた平たいそれは絵画なのだそうです。

「こちらが今回ご紹介する絵画になります。きっとランドラルフさんのお眼鏡に敵うかと」

「ほほう、ものすごい自信じゃのう」

「見ていただければわかりますよ」

 そういうと、サファリは布を取り払いました。ラルフのみならず、ツェフェリも、ステファンもその絵を見て息を飲みます。

 それはモノクロで、絵画というには物寂しい色合いなのですが、圧倒的な存在感があるのです。その存在感とは何かというと、それはフィルムで保護されていますが、全て鉛筆で描かれたというのがわかるのです。鉛筆独特のぼかしや艶めきに目を惹かれますが、何がすごいって、黒い鉛筆で描かれているはずなのに、光の反射によって、青や緑など、適した配色に見えるのです。

 サファリは語ります。

「描いたのは南の無名の画家です。題して[黒い笑顔]。これは黒人の少女の微笑みを鉛筆のみを使って表現した技巧の光る作品です。画材は鉛筆のみなのですが、使用された鉛筆はかの有名な鉛筆専門店[鉛筆屋]のものだそうです」

「鉛筆専門店……」

「界隈では有名ですよ。持ち手、書き味、木の香り……あらゆる側面から鉛筆というただ一つの道具に拘り抜き、制作を行っているのだとか。何年か前までは鉛筆を売り歩いていたそうですが、最近は店を構えたらしいですよ。詳しいことは僕も知りませんが」

 世の中にはまだ知らないだけで、様々なことを生業にしている人がいるようです。

 ただ、ツェフェリは、鉛筆屋より、その絵に心を奪われました。悪い意味で。

 わなわなと震えながら、先程もらったばかりのカードケースを床に落としてしまいます。ステファンが拾ってツェフェリに返しますが、ツェフェリは心ここにあらず、といった様子。

「鉛筆一本で、こんな……」

 ツェフェリは打ちのめされていました。

 みんな、ツェフェリのタロットを素晴らしいと言ってくれますが、ツェフェリの絵より素晴らしいものなんて、この世にはまだあるのです。その一つが、この絵でしょう。

 青々とした空の下で笑う少女は今にもからからと声を上げそうなほど。絵だとわかっているのに、そこにある生々しさを感じずにはいられない作品です。

「いくらかね?」

 言葉は要りませんでした。ラルフは端的に金額を尋ねます。それはもうほぼ即断即決で買うという意志を表明していました。

 サファリはにこにこと告げます。

「金貨一枚に色を少々つけていただけるとありがたいです」

「わかった。買おう」

 ラルフはかつて、絵画のために金貨百枚を使ったことがあると聞きます。この絵は、ツェフェリが見て相当なものだとわかるのに、金貨一枚です。

 ラルフに自分のタロットを見てもらおうと思っていた心がみるみる萎れていきます。

「ツェフェリさん、ツェフェリさん」

「あ、はい」

 ステファンがかなり必死に声をかけてくれたようで、ツェフェリははっとして返事をしました。気づくと、ラルフとサファリの姿はありません。

「ラルフさんはサファリさんと取引のために絵画部屋の方へ行きました。……あの、よろしければ」

 ステファンは何か思うところがあるのか、決意を秘めた表情でツェフェリと目を合わせました。

「少し私とお話ししませんか?」

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