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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の商い処
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タロットケース

「サファリくん、お店は?」

 その疑問は真っ当なものでした。サファリは旅の行商人。お父さんもいないのですし、店は自分で管理しないといけません。

 サファリはにこりと笑って返します。

「実は今日は大口の取引があって、お休みなんです」

「大口の取引?」

 そこに疑問符を浮かべたのはレイファでした。少しサファリを警戒しているようで、口調は固く、表情は少し険しいものとなっています。

 サファリは気にせず語ります。

「今後も、北の街のみなさんとは良好な関係を築きたいので、街を回っているのもあるんですが、ランドラルフ先生とこの後、会う予定があるんです」

「まあ、ラルフおじさまと?」

「ちょっと珍しい絵画が手に入ったので」

 父から聞いたのか、自分で調べたのかはわかりませんが、ラルフが絵画収集家であることは当然のように知っているようです。

 レイファはやり手だと思いました。町医者のランドラルフといえばこの街では知らぬ者はいないほどの有名人です。前の地主のときから変わらずに医者をやっていて、一時は前の地主に協力している、というあまり穏やかでない噂も流れたラルフですが、ハクアというきちんとした後進を育てたことが偉業となり、彼を尊敬する人物は多いです。ラルフ自身は自分をしがない町医者と称しますが、街の内外への影響力はハクアに匹敵するものがあります。

 地主、領主の次に偉い人、と紹介されても間違いではありません。そんなラルフに的確な話題ですり寄ろうとは。サファリがただ北の街に来たわけではないことは明らかです。

「その他にも、行商をするにあたって、その街や村の名物や伝統工芸、名店などと取引をするんですよ。街を訪れたときに特定の場所でしか手に入らないものを売って、そこでしか手に入らないものを買って、お得意様になるのが基本です。お金だけでなく、文化を回していけるところも、行商人の楽しいところですよ」

 文化を回すとは、なかなか粋な表現です。人種差別こそありますが、文化を回すことにより、他の土地への理解を深め、偏見や排他思想をなくしていくことができます。それは素敵な未来に繋がることでしょう。

 サファリは楽しみながら商人をやっているようです。父親のことは残念ですが、サファリが笑顔でこうして行商人をしているのは、父の教えがあるからなのだろうな、とツェフェリはしみじみしました。

「で、そんなことを話すってことはこの店に用があるということかしら」

「はい。ミニョンは品揃えもよくて美人な看板娘さんがいると聞いて。染物屋さんにも寄ってきたんですが、そこのご主人が商売人として尊敬すると仰っていましたよ、レイファさん」

 ふむ、とレイファはサファリの目をじっくりと見ます。甘い言葉で口説きにくるのかと思いましたが、サファリの目にはそういった強引さや邪なところがなく、商人としては信頼できそうです。あくまで、商人として、ですが。

 外見だけで売っているわけではないということがわかり、レイファは警戒の一部を解きます。もちろん、外見も一つの武器ではありますが、それだけで長くやっていけるほど商人は甘くありません。

「わかりましたわ。けれど、わたくしも今はお客様の対応がありますの。お取引とやらのお話は後にしていただいてもよろしいかしら?」

「ええ。では日を改めて、また伺いますね。いつ頃がよろしいですか?」

「明後日なら時間を作れます」

「明後日ですね。わかりました」

 きっぱりと断りを入れるレイファをツェフェリはかっこいいと思いました。サファリとのやりとりもとてもスマートです。予定管理もしっかりしているようで、染物屋の店主が褒めたというのもわかります。

 大人だなあ、とツェフェリは思いました。きっと今後、お金が絡んで複雑なやりとりになるのに、心の準備が、などと言わない辺り、手慣れているというか、肝が据わっているというか。

「さて、と。じゃあツェフェリのタロットのケースを……あ」

 話題を戻そうとしたところで、レイファが止まります。立ち去ろうとしていたサファリを呼び止めました。

「夕焼けをモチーフにしたカードケースがあなたの店にあったのを見かけた覚えがあるのだけれど、あるかしら」

「おや、覗きに来ていらしたんですね。ありますよ」

「それをこの子に。あのカードケースのデザイン、素敵だと思ったのだけれど、わたくしは使わないから、購入を考えていなかったのですけれど、ちょうどいいですわ。おいくらかしら」

「一点物ですので、銀貨三枚です」

 ツェフェリがぴたりと固まります。

 この世界では銅貨、銀貨、金貨の三種類のお金があります。ただ、銅貨は様々な鉱物を混ぜて作られるので極端に価値が低く、銀貨と金貨の価値は相当なものだと言われています。よほどのことがなければ、支払いは銅貨で済むと言われています。

 銅貨千枚が銀貨一枚に相当なので、銀貨三枚ということは銅貨三千枚ということになります。少なくともツェフェリはそれだけの大金を取り扱ったことはありません。

 あわあわとツェフェリがレイファを止めようと腕を掴みますが、レイファはそっとツェフェリの手を握り、微笑みました。ウインクのおまけつきです。

「一点物で銀貨三枚は安い方よ。それにミニョンはこの街で一番稼いでいるお店だからね。銀貨三枚くらい、大した痛手ではないわ」

 そういうものなのでしょうか。言い置くとレイファは店の奥へと行ってしまいました。ツェフェリが戸惑っていると、サルジェが諭します。

「ラルフのじっちゃんなんかは絵に金貨百枚かけたことあるって聞いたぞ」

「き、金貨百枚……!?」

 もうなんだか別世界です。けれど、小さな村と小屋しか知らなかったツェフェリは知らなくても無理はない価値観かもしれません。

「お医者さまは貴重ですからね。ランドラルフさんは絵画収集家としてはもちろんですが、お医者さまとしても有名な方なんですよ。昔は様々な村や街に出張で診察に回っていたと聞きます」

「前の地主が金で雇ってこの街に留める前の話かな。じっちゃんは誇張だっていうけど」

 その話の真偽のほどは定かではありませんが、ラルフが相当なお金持ちであることは確かなようです。絵画は名作であればあるほど値が張るというのも教わりました。

 その上ラルフは「惚れた」という理由だけで物を買います。つまりは衝動買いなわけですが、惚れたそれが何であれ、衝動買いできるくらいのお金を持っているのは確かでしょう。

 それは地主の次に街で名を轟かせているというのも納得です。

「それにしても、カードケースなんて。ツェフェリ、今まで持ってなかったの?」

「あ、いや、持ってなかったわけじゃないんだけど」

 ツェフェリはサファリにもグレードアップしたタロットを見せました。

「タロットたちを飾ってみたんだ。それで、これを期にケースもお洒落なものにしようかなって、レイファちゃんに相談してたところで」

「なるほど。ふふ、噂通り、彼女の目は確かなようですね。明後日の交渉が楽しみです」

 サファリが満足げに笑います。

 そこでレイファが戻ってきました。

「はい、銀貨三枚。確認して」

「はい、確かにちょうだいしました。素敵な贈り物を選びますね」

「ツェフェリのことは大好きだからね。ほら、ツェフェリ、素敵で素材もおそらくいいものを使っているカードケースだったから、きっとそのカードたちに似合うわよ。見ていらっしゃい」

「ありがとう、レイファちゃん。今度何かお礼するよ」

「お礼なんて。ツェフェリがわたくしの選んだ服を着て見せに来てくれてとても嬉しかったのよ」

 それはレイファの本音でした。サルジェという弟はいますが、離れ離れで暮らしていましたし、性別も違いますから、こういうことをできる相手ができて、レイファは嬉しいのです。

「じゃあ、サファリくんのお店で商品受け取るね。サルジェも行こう」

「ん、いや」

 サルジェが口ごもります。途端にレイファの目付きが険しくなりました。好きな子を一人で違う男のところに行かせるのか、と見損ないかけますが、躊躇いがちに続けられた一言に、レイファは目を丸くしました。

「……母さんに、会っていく」

 ツェフェリはサルジェの身の上を思い出し、そっか、と静かに微笑みました。

「サファリの店に寄ったら、ラルフさんのところにも寄るから」

「うん」

 そうしてサファリと店を出ていくツェフェリをサルジェは見送ります。そんな傍らでレイファがぽそり。

「変わったわね、あんた」

 サルジェは少し苦笑いを返しました。


 ツェフェリはサファリと共にサファリの店に向かいます。見覚えのある荷車と[行商人 サファリ=ベル]の看板。看板の[サファリ]の部分は不自然にペンキを塗りたくられた跡があり、ツェフェリはなんだか切ないような、愛しいような、複雑な気持ちになります。塗り潰された下にはきっと、サファリの父の名前があるのでしょう。

 サファリは荷車の中から深紅から紫へのグラデーションが印象的なケースを持ってきました。夕焼けが夜に変わっていく境界が丁寧に描かれたケースは確かに絵画に匹敵するような美しさてした。

「レイファさん、すごいな。見ただけで素材まで見抜くなんて……肌触りもいいって評判の布を使ってるんだ」

 手にしてみると、初めて触るのに、とても手に馴染んで、もう何年も使っていたかのように感じられました。タロットたちのサイズもぴったりです。

「えへへ」

 それにタロットを仕舞うと、ツェフェリの目は夕暮れのような優しいオレンジ色で微笑みます。

 ツェフェリの自慢のタロットが今まで以上にずっと尊い宝物になった瞬間でした。

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