タロット絵師たちの邂逅
大きな大きな店の中、可愛い可愛い店員さんが今日もあちこち走り回って、服屋を運営しています。
北の街一番のお店[ミニョン]は家族経営のお店です。看板娘のレイファは店主である父と相談し、従業員を増やそうと考えていました。北の街では北の森の狩人を[守護者]と呼ぶので、どうしても狩人志望の人々が多いのです。北の守護者を名乗れたら、ある程度遠くまで有名人になれますからね。
ただ、北の守護者はただ獣を狩ればいいというわけではありません。森と人とのバランスを保つ存在なのです。故に、命を奪うだけでなく、命を救うことも覚えなければなりません。それは言葉では簡単に聞こえますが、とても難しいことです。
それに今は守護者として、ハクアとサルジェがいます。二人の足元に及ぶ者が果たしていつ現れるのでしょうか。
北の街の人々は心が強く、なかなか曲がりません。だから夢も、一つの夢をずっと抱き続けるのです。ただ、叶わない夢を追い続けるだけではお腹は膨れません。そういう人たちは家の仕事を手伝っています。
北の街には色々なお店があります。[ミニョン]以外にも服屋はありますし、雑貨屋があったり、肉屋があったり、八百屋があったり、洗濯屋があったり、様々です。多種多様なお店が栄えているからこそ、北の街全体が活気づいているのです。
ですが、問題点がありました。従業員を雇う、というのが難しいのです。
実は、働き口に困っている人が少なく、雇う側もそう簡単に解雇したりしないので、そもそも求人を出してもやってくる人がいないのです。
まあ、[ミニョン]は大きな店であるとはいえ、常に満員御礼というわけではないので、レイファだけでもやっていけるのですが、母のこともありますし、父も老いてきました。本格的にレイファが店を仕切っていかないといけないでしょう。
そのためには人手が必要なのです。
「うーん、ツェフェリが来てくれたらなあ……」
思わずそう呟きました。
髪こそ短いですが、ツェフェリはレイファから見てどんな服も似合う可愛い女の子です。きっと髪を伸ばしたらもっと可愛いというのも容易に想像がつきます。レイファも顔は悪くないのですが、レイファがやるべきことはこれから、客引きだけではなくなってくるのです。新しい看板娘が必要と考えました。
ツェフェリの夢についてはサルジェから聞いて知っていました。だから、その夢を邪魔するつもりはありません。
ただ、会いたいな、と思っていました。ツェフェリと会うと色々アイディアがまとまってきて、解決への糸口が見えてくるのです。それに客引き、商品紹介、陳列、会計などをほとんど一人でやっているので、レイファも少し疲れていました。癒しがほしいのです。
ツェフェリは可愛くて、目がきらきらしていて、明るくて素敵な女の子です。一人称が[ボク]というところや喋り方はちょっと背伸びした少年っぽくて、ちょっとしたギャップが好きです。友達、と母には紹介しましたが、ちょっと妹のように思っていたりします。
本当に妹になってくれたら嬉しいのですが。
「まあ、あの甲斐性なしがするっと告白するとは思えないのよね……」
サルジェがツェフェリのことを悪しからず思っているのは、周囲からはバレバレでした。サルジェと少し距離を置いている肉屋の奥さんでさえ、サルジェがまだ告白していないことに驚くほどです。
ハクアも当然わかっていて、わかった上で放置しています。普通に忙しいのもあると思うのですが。
そんなところに謎の少年サファリの登場です。ツェフェリがあんなに好きとか憧れとかの表情を露にするのは今までにないことでした。
勿論、ツェフェリには幸せになってほしいのですが、レイファからするとサファリはどこの馬の骨とも知れないので……人柄を判断しかねています。
ただ、驚いたのは、サファリがラルフと知り合いであるということが発覚したときです。昔、サファリの父が商人としてこの街にやってきたときにサファリもいて、ラルフが絵を購入する際に知り合ったのだとか。
そこで思ったのですが、サファリってもしや思うより年上なのではないでしょうか。あんな人目を惹く少年をレイファが覚えていないというのは少しおかしい気がします。サファリの父は黒人だったと言いますし、差別こそここではありませんが、いたら目立ったはずです。
ということはレイファが物心つく前にサファリはラルフと知り合って、そのことを覚えているということです。果たして何歳なのでしょう。
ツェフェリはサファリを年の近い男の子と思っているようですが、あれは絶対に見た目年齢詐欺です。変に絡まれないといいのですが。
そんなことを考えていると、声がしました。
「レイファちゃん、いる?」
レイファは一瞬夢でも見ているのかと思いました。そう思うほどにレイファが切実に求めていた声です。
レイファは何度も目を瞬かせながら、表に出ました。そこには鶯色の髪をした女の子。こないだレイファがアイファと一緒に選んだボルドーのワンピースを着ています。思っていた通りとてもよく似合い、目の保養です。
「ツェフェリ!!」
レイファへ思わず飛びつきました。けれど嬉しいのはツェフェリも一緒らしく、二人で抱きしめ合って、喜んでいました。
「俺もいるぞ」
「なんだ、サルジェか」
「なんだとはなんだ、なんだとは」
仮にも弟なのですがね。
「狩人の仕事が落ち着いたから、今日はついてきてもらったんだ」
「デートとはやるじゃない」
女の子を服屋に連れてくるのもなかなかです。サルジェも少しは甲斐性が出てきたのでしょうか。だとしたらレイファは姉として鼻が高いです。
レイファが二人を中へ案内します。
「今日はどういったものをお求めですか?」
「実は、これを見せたくて」
ツェフェリがレイファに見せたのはツェフェリ愛用のタロットたちでした。レイファは息を飲みます。
きらきらとした装飾、染物のように鮮やかな藍色。それは一つの絵画を見ているかのような心地になりました。夜空をそのまま切り取ったようなデザインのタロットは素人から見ても美しく、荘厳で艶やかでした。ちりばめられた飾りたちは星のように煌めき、それでいて目障りにはならないちょうどよさを持ち合わせています。
「すごい……これ、ツェフェリが作ったの?」
「うん。今までのシンプルなデザインもよかったんだけど、タロットのみんなへのお礼も兼ねて、デザインしたんだ。変じゃないかな?」
「とんでもない!! すごく素敵よ。夜空を切り取ったような中にタロットカードの絵があるの、神秘的で魅了されちゃう」
レイファからの褒め言葉に、ツェフェリがえへへと少し照れながら笑います。後ろで見ていたサルジェも嬉しそうです。
「それでね、せっかくだから、カードを入れるポーチも変えようと思って。よさそうなのないかな?」
「ん、ちょっと待ってね」
レイファが色々考えながら、店内を巡ろうとしたところで、店の入り口に人影があることに気づきました。
いるだけで息を飲んでしまうような壮絶な美しさを湛えた少年。海のような色をした目は少し店内をさまよってから、ツェフェリたちを見つけます。
「やあ、ツェフェリ」
それはサファリでした。