タロットたちの作戦開始
テーブルに並ぶのは二人分の食事。
彩り豊かなミモザサラダに香草薫る鶏のハーブ焼き。丁寧な処理のために黄金色にきらきら輝くコンソメスープ。柔らかく煮込まれた野菜を崩してごろごろとしたベーコンと混ぜた和え物。素朴ながらに味わい深い、華やかさが香り立つ豆の入ったパン。パンはほかほかのふわふわで、お代わりもあります。
いつ見ても、見るだけでほう、と溜め息が出そうになるくらい、サルジェの料理は美味しそうです。口の中に入れれば、「これが幸せっていうんだなあ」とツェフェリはいつも実感します。
サルジェはちら、とツェフェリを見やりました。美味しそうに料理を頬張っている姿を見ると、癒されていくような心地がします。ツェフェリがサルジェの料理を美味しく食べられるのはサルジェの料理が本当に美味しいからなのですが、それを抜きにして、サルジェはツェフェリが幸せそうにしている姿を見ることで、幸せな気持ちになるのです。
ただ、ふと気づきました。
「そういえば、今日はツェフェリ、いつもと違う服装なんだね」
「……っ、やっぱり変だった!?」
「変じゃないよ。すっごく可愛い。レイファに選んでもらったんだろ」
「うん。せっかくだから、着てみようと思って」
照れくさそうに言うツェフェリにサルジェは和みました。年は多少離れていますが、ツェフェリはレイファと良好な関係を築けているようです。街にはまだ馴染めていない風なツェフェリですが、そこを切り開いてくれる存在として、レイファは大きな助けとなるでしょう。
「あ、あのさ」
サルジェが安心していると、ツェフェリが緊張したように切り出します。
手を拭くと、サルジェに一枚のカードを差し出しました。夜空のような彩りのカードは初めて見るものだったので、一瞬、何のカードかわかりませんでした。
反射的に受け取ったそのカードには、見覚えのある絵。机に聖杯と金貨と短剣が置かれている部屋に杖を持った青年が立っています。サルジェはこのカードを知っていました。杖を持ち、ローブを纏う不思議な魅力を持つ青年はその風貌の通りの名前をしています。
「ツェフェリの[魔術師]! 久しぶり」
そう、それはツェフェリのタロットのナンバーⅠ[魔術師]でした。サルジェはすぐに気づきます。
「ツェフェリ、タロットを模様替えしたんだね」
「ん、へへ。うん。今ここには[魔術師]だけだけど、他のタロットたちも縁取り加工したり、色々やったんだ。自分で言うのもなんだけど、上手くできたから、その、サルジェに、見てほしくて……」
「よく仰いましたね、主殿」
「[魔術師]、久しぶり」
ツェフェリの喋るタロットたちの声は基本的にツェフェリにしか声が聞こえません。
けれど、アハットの声だけはサルジェにも聞き取ることができます。実はタロットたちは話そうと思えば誰とでも話せるのですが、タロットたちが主であるツェフェリを守るために必死なのと、ツェフェリに対し過保護なのと、ツェフェリ以外に心を開かない曲者揃いなのと……と様々な理由から、他の人に声を聞かせないのです。ハクアのように不思議を引き寄せる力が強い者は例外的に聞こえるようですが。
サルジェは例外中の例外で、最初はツェフェリのためにタロットたちが考えた作戦の協力者として代表としてアハットが話しかけたのでした。アハットはサルジェと直接話し、その人柄に触れたことで、サルジェに心を開いて声を聞かせるようになった一枚なのです。
その証拠のように、アハットはさらりと告げます。
「アハットでかまいません、サルジェ殿」
「でも、それはツェフェリが君たちにつけた大切で特別な名前だろ?」
「ええ」
きっと絵の中でなかったら、アハットは大きく首肯していたことでしょう。
「ですから、あなたにもその特別な名前を呼んでほしいのです。サルジェ殿」
サルジェはその言葉に大きく目を見開いてから、にっと笑いました。
「わかったよ、アハット。よろしくな」
それにしても、とサルジェはカードの裏表を繰り返し見たり、縁をなぞったりします。
「それにしても、思い切ったな。すごく綺麗だよ。ツェフェリ、やっぱりセンスあるよ。カードの絵とかに目が行きがちだけど、こういう細かいところまで大事にするとこ、俺好きだな」
少し、どきりとしました。「好き」というサルジェの顔がとても慈しみのこもった愛を放つ神々しいものに見えたからです。その限りない親愛がとても美しくて、どこかほっとしました。
ツェフェリが照れながら語ります。
「実はね、サルジェに一番に見てほしくて……えへへ」
「そうなの!? なんだか嬉しいな」
「結構うじうじしてたんだけど、タロットのみんなに背中押してもらっちゃった」
「みんな優しいね。……もしかして、この御披露目のためにおめかし、みたいな?」
ツェフェリは顔を真っ赤にしながら頷きます。サルジェよりも短くしている髪は、勿論表情なんて隠してくれるはずもなく。頬を始めとした首から上、耳たぶまでもがりんごもかくや、というくらいに真っ赤に染まっていました。顔を手で覆ったりしないツェフェリのその姿が可愛くて愛おしくて。サルジェはサルジェで真っ赤になるのでした。
恥ずかしくなって二人の間に流れ始めた沈黙をこほんこほんとわざとらしい咳払いが切り裂きます。
アハットでした。
「ところで、サルジェ殿。ハクア殿がいなくてお忙しいようですが、ちゃんと休まれておりますか?」
「え、ああ、うん。仕事のときのツェフェリよりはちゃんと寝てるよ」
「む、ボクを引き合いに出さないでよ」
少し二人から顔の火照りが抜けたようです。恥ずかしさも和らいだところで、アハットが提案しました。
「主殿の仕事は落ち着いていますし、サルジェ殿さえよければ、一緒に街を回りませんか? 私たちの御披露目に行くのです」
「さてはアハット、浮かれてるだろ」
サルジェはにやにやとアハットを見やりましたが、アハットはなんでもないように「どうでしょうね?」と切り返します。その声色は剽軽に肩を竦めるのが幻視できるほどでした。
ツェフェリと街を回ること自体には、何も問題はありません。ハクアが帰ってくるのももうすぐです。そろそろ街を襲おうとする厄介な輩たちもハクア帰還の噂を聞きつけて減り始めることでしょう。
「いいよ。いつにしようか」
「ええとね」
サルジェは満更でもないようで、ツェフェリと談笑を始めます。まさかこれがアハット、ひいてはタロットたちの掌の上だとは、二人共思ってもいないことでしょう。