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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の商い処
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タロット絵師とサルジェとごはん

「ただいま」

 疲れきったサルジェが屋敷に帰ってくるのはここのところ日が沈みきってからです。サルジェが表沙汰にしていないだけで、北の街を狙う狼藉者は何人もいます。

 人間の住む最北端。一歩間違えば獣たちの餌になるようなこの場所を狙う輩がいるのにはいくつか理由がありました。

 一つは権力。北の街を管理するということは各地の権力者の間でも一目置かれる存在になるということです。ハクアを見ればわかる通り、権力が強いことで、発言力や影響力が通常の人々より何倍にもなります。ある程度のもの、こと、ひとなら思いのままに動かせる、それが北の街の持つ権力なのです。

 また一つは街そのもの。北の街は何度も述べている通り、北限の街です。けれど街を見れば、厳しい土地柄に負けず、栄えています。つまり、北の街を手に入れると富も得られるのです。

 栄えた土地と権力と富。人々が欲を出してしまいがちなものが北の街には揃っているのです。手に入れただけでは何もできないのですが、狼藉者はそこまで考えません。確かに、とりあえず手に入れないと何もできませんからね。

 その程度の輩なら、サルジェがあしらえば充分、とハクアは思っているようですが、実はサルジェの労苦はそれだけが原因ではないのです。

 北の守護者として、森を守り、森を管理するのは人間だけが相手の話ではありません。人々に害を成す獣は狩る必要があります。同時に、人に害を成さない獣に過剰な攻撃をしてはいけないのです。

 北の森には獣がたくさんいますから、それを狙ってやってくる密猟者もいます。それが動物たちに害を成すのを止めるのも、守護者としての役目のうちの一つです。

 それと、これはハクアに口が裂けても言えないのですが、ハクアを狙ってくる者もいます。ハクアはそれはもう有名人ですので、眉目秀麗であるというのは遥か南まで知れ渡っております。それを聞きつけてハクアを拐おうだとか、娶ろうだとか、考える輩がいるのです。

 そういう相手とハクアを会わせるのはむしろ相手が図に乗るので逆効果です。それゆえ、サルジェはこのことをハクアには告げていないのですが……相手をしていると、それはそれは疲れます。密猟者や強奪者などまだまだ可愛いものです。時には自分がいかにハクアを愛しているか、語って聞かせ、ハクアに相応しいのは自分だと主張したり、挙げ句ハクアへの愛を謳ったポエムを読み上げる始末。

 最近はハクアの伴侶になりたい輩が増え、サルジェは疲れ果てておりました。相談するにも、ハクアに相談できませんし、ツェフェリに相談するようなことでもありません。街の者に心配はかけたくありません。

 とはいえ、サルジェは心身共に疲弊していました。

「しんどい……」

「サルジェ?」

 サルジェは声に驚いてばっと顔を上げます。するとそこにはいつもと違う装いのツェフェリが。いつもと違うといっても、畏まった服を着ているわけではなく、先日ミニョンで買ってきたらしいワンピースを着ているようです。ツェフェリは普段はセーターにパンツスタイルなので、スカート姿は新鮮でした。白いシャツとボルドーのベストの重ね着風のワンピースは落ち着いた色でありながら、ツェフェリの髪色との印象も相まって、とても鮮やかに映りました。

「おかえり、サルジェ」

 そうしてツェフェリがにこやかに出迎えてくれるので、サルジェはもう堪りません。感極まって、ツェフェリを抱きしめます。

「サルジェ?」

 ツェフェリは驚きましたが、サルジェの肩が小さく震えていることに気づき、そっと抱きしめ返しました。ツェフェリはサルジェの事情を全部知っているわけではありませんが、サルジェの助けになれることがあるのなら、いくらだって力になりたいのです。

 抱きしめ合った状態のまま、ツェフェリは話し始めます。

「この服ね、レイファちゃんとアイファさんに選んでもらったんだ。ボクにはこの色が絶対似合うって二人してすごい熱弁でさ。……似合ってる?」

「うん、すっごく綺麗だよ。やっぱ見る目あるなあ」

 サルジェがゆったりと答えると、ツェフェリがとても嬉しそうに、やった、と喜びます。

「そうだ、久しぶりにアハットがサルジェと話したいって。サルジェ、ハクアさまがいない間、ずっと忙しくしてるでしょ? 気分転換にどうかな?」

「うん。俺も久しぶりに話したい。でも先に晩御飯作らなきゃ」

「じゃあさ、一緒に作ろうよ。ボク、ちょっとはできるようになったんだよ」

「それはすごい助かるな」

 サルジェがふと微笑みます。ツェフェリと立つキッチン。それは想像するだけで心が癒されていきます。

 ツェフェリがいるんだから頑張らないと、とサルジェはツェフェリから離れました。

「何食べたい?」

「サルジェの料理美味しいから悩んじゃう。でもお手伝いするなら、サラダに茹で卵散らすやつやってみたいかな」

「ミモザサラダだね。あれ綺麗だよね。あ。服汚れちゃうといけないから……うーん、割烹着着る?」

「うん!!」

 サルジェはツェフェリにシンプルな白い割烹着を貸し出しました。レイファは割烹着をお洒落ではないと思っているようで、サルジェにうだうだ言ってきたことがありますが、お洒落と実用性は必ずしも同居するものではありません。その辺りもレイファはわかっているので、外では何も言いませんが、いつかお洒落な割烹着のデザインを考え出してやる……と呟いていたのをサルジェは思い出しました。

「えと、これ、どうやって着るの……?」

 背中側にボタンのついている割烹着にツェフェリは戸惑っているようです。サルジェはあ、と気づきました。ツェフェリはなんでも一所懸命する子だけれど、元々は[虹の子][神の子]と讃えられて生きてきた箱入りなのです。それは、割烹着も着たことはないでしょう。すっかり失念していました。

「ご、ごめん。エプロンの方がいいかな」

「え、これがいい」

 サルジェは割烹着を愛用していますが、エプロンを持っていないわけではありません。ただ、昔からずっと割烹着で活動しているので、割烹着に愛着があるというだけです。

 街の料理屋や食材を扱う店の女将さんたちも、割烹着だったりエプロンだったりとまちまちです。お店の雰囲気に合った格好をしています。サルジェが父に使われていた頃、サルジェのお気に入りのアーガイルチェックの割烹着は「みっともない」という理由から、お客さまの前では着させてもらえませんでした。その代わりに白い割烹着と普通のエプロンがあるのです。

 レイファには「男が着るにはおばあちゃん臭がする」と評されました。それに割烹着よりエプロンの方が着たり脱いだりがしやすいというのも確かです。

 それを、ツェフェリは割烹着の方がいい、と言います。

「サルジェとお揃いがいい。ちゃんと着方覚えるから」

 その一言の破壊力たるや。サルジェは顔に熱が集中するのを感じました。脳内では頭を抱えます。ツェフェリがかわいすぎる、と。

「じゃあこれはこの向きで袖を通して……」

 サルジェは自分で手本を見せながら、ツェフェリが一人で着られるように手解きしていきました。

 柄は違いますが、ツェフェリもサルジェも割烹着でお揃いです。ツェフェリは満足そうににこにこと笑って、サルジェの手伝いを始めました。

 といってもツェフェリがやるのは野菜を切ったり千切ったりするだけの簡単なもので、他のことはサルジェがものすごい手際のよさでこなしていきます。スープは既にできているものを温め、仕込みに時間のかかるものの手入れをし、パンをふんわり温めながら、肉を焼きます。言葉にすると簡単なものですが、同時進行で、一手間二手間を欠かしません。

 サルジェの料理がどうして美味しいのか、わかるような気がしました。何気ない一つの所作も、面倒がらずに丁寧にこなすのです。こういうのが、奥様方が料理に入れる隠し味の正体なのかもしれませんね。

 二人分の料理を食卓に並べると、そんなに豪華ではないのに、いつもよりきらびやかに感じられました。

「ツェフェリが手伝ってくれたおかげで一品多くできたよ。ありがとう」

「ううん。サルジェもいつもありがとう」

「じゃあ、食べようか」

 二人は向かい合って、席に就きました。手を合わせていただきます、と笑い合うのは、家族みたいだ、と知らないなりにツェフェリは思うのです。

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