タロットたちの大騒ぎ
「よもや、あの者と再び見えることになろうとは……」
「相変わらずイケメンだったわねー!」
「おい、僕を差し置いて浮気をするのか!?」
「やだわ、あなたが一番に決まっているじゃない」
「よかった」
「相変わらずラブラブだね」
「そういえば、恋ばなも興味をそそられたわ」
「そうだね。あれは面白い話だった」
「ヒヒーン!!」
「こら、ツェフェリさまが就寝しておられるのだぞ。嘶くのはよせ」
「そうである!! 他の者も騒がしいぞ!!」
「いや、でーたんが一番五月蝿いよ……」
「なにぃ、小童の分際で」
「パーンッ」
「うわ、突然ラッパを吹くな」
「あら、私たちの恋への祝福かしら」
「それはいいね、踊ろう」
「こら、歌うな!! キューピッドもノリノリで伴奏を始めるんじゃない」
「賑やかじゃのう。宴かの? 酒はあるかのう」
「ないですよ。って、寝言ですか」
「カードでも寝るんだね」
「オレも眠りてえなあ……」
「お、ぐっちゃんが喋るの珍しいね」
「なんだかな……吊るされて逆さまだから疲れるんだけど眠れねえんだよなあ」
「大変だねえ、そういうカードだものね」
「子守唄でも歌いましょうか?」
「眠れないけど聴いてみたいな」
「こほん、では。ら~」
「五月蝿ーーーーーい!!」
もう収拾がつかなくなってきたタロットたちの会話にツェフェリがさすがに怒鳴ります。月もてっぺんを越えた真夜中です。いつもなら作業に没頭しているツェフェリなのですが、ラルフからの依頼を終え、今日は真っ当な時間に床に就いたのですが……
サファリが現れたことによって、動揺したのはツェフェリだけではなかったようです。タロットたちにとってもサファリは因縁のある相手と言えばそうですからね。落ち着かないのか、それはそれはもう賑やかで。[審判]の天使がラッパを吹き鳴らし、[恋人]たちが愛を囁く歌を歌い、[戦車]の馬が高らかに嘶き、[悪魔]がやいややいやと騒ぐ合いの手のように[太陽]が口を挟んで、[隠者]の寝言に[吊られた男]が反応し、しまいには[星]の少女が歌い始めて、軽くどんちゃん騒ぎです。眠ろうにも眠れません。
タロットたちが朗らかに言葉を交わすのは微笑ましいことですが、時間を考えてほしいです。とはいえ、タロットたちは生き物ではないので眠りません。[隠者]という例外はいますが。
眠れなくて落ち着かなくて盛り上がるのはかまいませんが、深夜なので眠らせてほしいところです。まあ、かくいうツェフェリも落ち着かなくて眠れないのですが。
「つぇーたんだって気になるでしょう? サファリのこと」
「それは、そうだけど」
[太陽]が痛いところを突いてきます。きっと彼が動くなら、子どもの無邪気でいて悪戯っぽい笑みが閃いていたことでしょう。
「それならさ、朝まで僕らとお話ししようよ。楽しくお話ししたら、きっともやもやだってどっかいっちゃう」
「……ティシェ」
「はーい!! なあに、つぇーたん」
[太陽]は嬉しそうに返事をします。ティシェというのは、ツェフェリが[太陽]につけた名です。
「あー!! サンちゃんばっかりずるーい。私たちのことも呼んでよ」
「そうだそうだ!!」
[恋人]たちの声と共に、同意するようなラッパが鳴りました。[審判]も呼ばれたいようです。
ツェフェリはあるときから、タロットたちに名前をつけました。ただ、ツェフェリのタロットのように喋るタロットカードはハクアのものしか知らないので、名前を呼ぶ機会はまだあまりありません。
[愚者]はエフェス。
[魔術師]はアハット。
[女教皇]はシュタイム。
[女帝]はシャロッシュ。
[皇帝]がアルバ。
[法王]がハメッシュ。
[恋人]の男性がシエ、女性がシユ。
[戦車]がシェバ。
[力]の少女がモネ、ライオンがシュモ。
[隠者]がテイシャ。
[運命の輪]がエセル。
[正義]がエスレア。
[吊られた男]がティムレ。
[死神]はシャロエ。
[節制]はエレア。
[悪魔]はハメス。
[塔]はシェシュレ。
[月]がエシェ。
[星]がシュモネス。
[太陽]は先に呼んだ通りティシェ。
[審判]はエスリーム。
[世界]はリーマ、と名付けました。
二十二もの名前を考えるのは大変でしたが、楽しい時間でもありました。名前をつけるとみんなが喜んで、ツェフェリに呼ばれたがります。ツェフェリも名前をつけたことにより、一層タロットたちに愛着が湧きました。
タロットたちの間ではというと、主にティシェがそのままでーたんだのふーちゃんだのと渾名で呼んでいるようです。ツェフェリにつけてもらった名前は、ツェフェリに呼んでもらうための特別な名前ということで、みんなの認識は一致しており、特に揉めることもありません。元からタロットたちはツェフェリのことが大好きですが、名前を呼ばれるという[特別]が、タロットたちの楽しみになったのです。
「シエとシユも静かにして」
「わーい」
話を聞いていません。
「もう……サファリくんのことが気になるのは確かだけどさ」
「そうでしょそうでしょ?」
「恋ばなしようよ恋ばな!!」
興奮気味のシユとティシェ。何故ここまで楽しそうなのか、ツェフェリにはわかりません。というか、恋ばなとは何か、ツェフェリはよくわかっていないのですが。
さすがに見兼ねたシュタイムが声を上げます。
「静かになさい。せっかくツェフェリ様がお休みになられるのに」
「えー、つまんなーい」
「子どもみたいなわがまま言わない」
「僕子どもだもーん」
ティシェがまさしく子どものように返します。シュタイムは呆れて声も出ないようです。
「主様が久しぶりに早めにベッドに入られたのですから静かにしましょう」
「でもさー、ふーちゃん。裏を返せば久しぶりのつぇーたんのお休みだよ? 僕たちつぇーたんがお仕事してる間はつぇーたんに話しかけるのずっと我慢してたよね?」
エセルの提言もティシェはさらりとかわしてしまいます。
確かに、ラルフのタロットの修繕中、タロットたちはツェフェリに話しかけてきませんでした。ですが、話しかけてこなかっただけで、主にティシェやハメスがわいわいと喋っていて、少々騒がしかったのも事実です。まあ、ティシェとハメスはツェフェリのタロットたちの中でもお喋りな方なので、慣れてはいましたが。
「サン」
清らかな女性の声がしました。ティシェが驚きます。
「てんちゃん? てんちゃんが喋るの珍しいね」
それはエレアの声でした。エレアは物静かで、ツェフェリが声を聞いたのは指折り数える程度。ですので、ツェフェリも驚きました。
「主様の健康と主様と話すこと、あなたはどちらが大切ですか?」
「ぐぬ」
川のせせらぎのような声が諭すと、ティシェも黙らざるを得ませんでした。ティシェに限らず、タロットたちは皆、ツェフェリのことを大切に思っています。ツェフェリが健やかであることと何かを天秤にかけたら、それはツェフェリが健やかであることの方しか選ばないくらいには。
タロットからの愛情を感じて、ツェフェリは思わず微笑みました。幸せだな、と思います。ハクアやサルジェもツェフェリを大切にしてくれますが、やはりずっと一緒に過ごしてきたタロットたちが変わらずにツェフェリを思ってくれていることは何物にも変えがたい感動です。
「でもさ、サファリのこと、やっぱり気にならない? 僕たちが生まれたきっかけであることもそうだけどさ、つぇーたんのことをあそこまで気にかけてるの、疑問なんだよね」
「そう? 純粋な善意だとボクは思うけど……」
「占いで嘘を吐く輩に純粋も何もあるものか!! 我輩はあれのことは認めておらぬ!!」
「でーたん、どうどう」
「馬ではない!!」
「ヒヒーン!!」
「うわわ、どうどう」
「シェバ、大丈夫?」
シェバの馬も落ち着きがない様子です。シェバは懸命に宥めていますが、馬は興奮しています。
「こいつもサファリのことが気になるのでしょう。けれど、サファリについて考えることは後日でもかまわないのではないですか? 商売の許可を取りに来ていたのですから、しばらく滞在するのでしょう。その間に話す機会もあるのでは?」
シェバの冷静な意見に、それもそうだとなりました。それなら、ツェフェリはまた明日にでも尋ねればいいのです。
「でもでも、チャーリー、もしもサファリの目的がつぇーたんだったら?」
「というと?」
誰もがティシェの主張に注目するのがわかりました。サファリの目的がツェフェリというのはどういうことでしょう。
「つまりね、つぇーたんを拐いに来たのかもしれないってこと」
「主を拐かすなど!! 生かしてはおけぬ!!」
「でーたん落ち着いて。ハクアのお膝元で誘拐なんてできるわけないでしょ」
「ならどういう意味だ」
カードの中でなければ、ティシェはウインクでも飛ばしていたことでしょう。好奇を滲ませた声色で言います。
「つぇーたんと結婚するってこと!」