タロット絵師へ辿り着くまで
広い広い客間の中。大きな大きなテーブルを囲んで、ツェフェリたちは座っていました。
ハクアは一番奥の席。俗に言うお誕生日席ですね。出入口から一番遠いその席は家主などその場において最も位の高い人が座る場合が多いのです。お誕生日席と呼ばれるように、例えばその日が誕生日の人だったり、パーティーの主役だったりがその席になるのは、今日一日くらいは雑務を気にしなくていい、という配慮からのものだったりします。
出入口側にレイファ、サルジェが掛けており、その反対側にサファリ、ツェフェリの順で座っております。今回の話の主役はハクアではありませんが、説明の都合上、これが最適だろうとハクアが指示した席次でした。
何の説明かというと、ずばり、サファリについてです。
ツェフェリが語り始めます。
「ええと、ボクが元いた村についてはみんな知ってるっけ」
「ツェフェリにとってあまりいい思い出のない場所、という認識でよろしいでしょうか」
「あはは、まあ、そうだね」
レイファの言葉にツェフェリは苦笑いで頷きます。レイファには詳細を話していませんが、今日の話はツェフェリがいた村について詳細に知らなくてもかまわないので、そのくらいの認識でいいでしょう。
「でも、村で暮らしていて起こったのは悪いことばかりではなかったんだ。その一つがサファリくんと出会ったことだよ」
「ふふ、ツェフェリにそう思っていてもらえたなんて光栄だな」
無邪気に笑い合う二人を目の前にレイファとサルジェは各々気まずさを隠しきれない顔をしておりました。二人、特にツェフェリは無意識なのでしょうがいちゃいちゃという文字が見えそうなほどの仲良しっぷりです。
「サファリくんがいなかったら、ボクはタロットカードのことを知らないままだっただろうし、タロット絵師を目指そうなんて思わなかったと思う。それくらい、ボクの人生にとって大事な人だよ」
ツェフェリはサファリからタロットカードについての知識を教わったこと、サファリとタロット占いをしたことによって、占い師になるより絵師になりたいと志を定めたことなどをサルジェたちに説明しました。
細かいところは暈してありますが、ツェフェリの[今]はサファリがいなければなかったということは充分にわかりました。
ツェフェリと顔見知りの可能性がある時点で互いに知り合いなのだろう、くらいはサルジェもハクアも予想していましたが、まさかツェフェリの人生にここまで多大な影響を及ぼした人物だとは。サファリと出会っていなければ、ツェフェリは元の村を出ていなかった可能性まであります。
[運命の輪]のカードのような出会いと言わざるを得ないでしょう。サファリは確かにツェフェリの運命を回したのです。サルジェたちはその後の手助けをしただけです。
ツェフェリはそこに優劣などつけませんが、サルジェはサファリの存在に圧倒されました。
サファリはツェフェリの人生になくてはならない存在でした。けれどサルジェはどうでしょう。サルジェはそれこそサファリがいなければ、ツェフェリの人生には登場しない人物です。
サファリがいなければ村を出て、森で道に迷うこともなかったというのなら、森でサルジェと出会うこともなかったことになりましょう。サルジェはツェフェリとたくさん関わってきたつもりですが、ツェフェリの今の人生からすればほんの数年です。サファリという運命の輪がなければ出会うことすらなかった仲です。
そういう運命だとか偶然だとかを気にするのは、サルジェの師であるハクアがそういうものを司って生きてきたからです。ハクアといれば、嫌でも運命からは逃れられないことを知ります。サルジェは故に[運命]というものがどれだけ人の人生を左右するのかを考えてしまうのです。
レイファは隣でやきもきしています。一緒に暮らしてはいませんが、この弟の考えることは手に取るようにわかります。また下らないことで悩んで、と呆れているのですが、今言うことではないだろうと腹の内に収めています。
ハクアがこほん、と咳払いし、サファリに質問しました。
「サファリくんとツェフェリくんが親しい間柄なのはわかった。が、私は一つ解せないことがある。
サファリくん、何故ツェフェリくんの噂を聞いたのだ?」
「何故? どこで、ではなく?」
「何故、だ」
それは奇妙な質問でした。確かに「タロット絵師がいる」という情報を得てやってきたサファリは不自然ですが、噂話に尾ひれやはひれがつくことは当たり前です。ハクアが意図的に噂を流そうと流さなくとも、ツェフェリが実力をつければ、噂なんて簡単に流れます。だから普通はこういった噂と事実の間の齟齬の確認は[何処で]と聞くものなのです。
まあ、まだツェフェリが達成した依頼はハクアとラルフのものくらいです。噂が流れるには実績が少なすぎるというのも過言ではないでしょう。
ハクアはあることを懸念していました。それが事実だとして、ツェフェリも望まないであろうこと。──この街にツェフェリの元いた村の住人がいて、[虹の子]ツェフェリを取り戻そうとしているのではないかという懸念です。
せっかく自由を手に入れ、羽ばたき始めた少女がまた囚われの身になるのは見たくありません。サファリの返答次第では、ツェフェリを守るための動き方を考えなくてはいけないでしょう。
サファリはにこにこと口を開きます。
「何故ツェフェリの噂を聞いたか。まあ、つまりは噂を鵜呑みにした理由ですよね。それは勘です。僕の勘って、結構当たるんですよ」
などと語ってから、剽軽に肩を竦めます。
「なんてことでは騙されませんよね。噂は事実無根ですよ。[何故]ならば、それは単純に僕が歩いてきた道のりとその最中に起こった事象を照らし合わせてここに辿り着いただけですから、僕の推測が合っていることを確かめるためにかまをかけたんです」
全員が絶句しました。ハクア相手にかまをかけるとは……一歩間違えればサファリは商人を続けられなくなるかもしれないというのに、豪胆というか、なんというか……
「ちなみに、推測の根拠となった事象たちを聞いてもかまわないか?」
「勿論です」
それからサファリが話し始めたのはサファリの旅の物語でした。
数年前に行商人だった父が他界し、サファリは父の跡を継いで商人となり、父のお得意様のところ一件一件を回って挨拶をしていたそうです。礼儀というものがあって初めて取り引きというのは成立します。それは誠実さや信頼感のような本人の人柄もありますが、挨拶にも来ない人物と今後も関わりたいとは思えないでしょう。
そうして各地を転々としていたサファリが、ある街で耳にしたのが、どこぞの海辺の小さな村が滅んだという噂でした。正確な場所まではわかりませんでしたが、海辺には人が集い、集落の規模はそれなりに大きくなるはずなのです。それが[村]と呼ばれているのは不自然に感じました。
そこで思い出したのが、ツェフェリのいた村です。あそこは港があるわけではありませんでしたが、海の近くにある村でした。北の街で例えると、ミニョンが二軒建つくらいの土地で人々が過ごしていました。ミニョンがいくら大きいとはいえ、二軒しか建たない規模の土地、と考えると、ツェフェリが思うより、あの村は小さかったのでしょう。
そう思い当たるとサファリは興味が湧いてきて、ツェフェリがどうなったかという面も勿論ですが、村がどのようにして終わったのかについて探っていきました。
聞くに、村ではあるとき女性が発狂して無差別に殺人を行い、自らも命を絶ったと言います。生き残った村人は殺戮が襲い来るのを恐れて家の中にこもっていたようです。遺体に然るべき処理を施さなかったことで、血の臭いに獣が寄りつき、獣に襲われて村人も全滅したとか。
ツェフェリについての情報がなく、一抹の不安を抱いたサファリは足りない情報を集めると同時に、その村のあった場所へ移動を始めました。
村のあった場所は、殆どの建物が取り壊され、代わりに墓石が無数に立ち並んでおりました。無残な村人たちの遺体を発見者が弔ったのでしょう。
そのためか、墓地の近くに教会だけが残されており、そこに人がいないか、サファリは尋ねてみました。
そこは修道士の格好をした少年少女が一人ずつ暮らしており、[虹の子]さまがいなくなってから、村が少しずつおかしくなっていったのだ、と話しました。ツェフェリは殺人事件が起こる前に村から去っているということが確認できて、サファリはひとまず安心しました。
少年少女は[虹の子]さまが帰ってくるのを待ちながら、村でお祈りをしているのだそうです。教会にはある程度の食糧が残されており、海も近くにあるので、食べるのにあまり困っていないそうです。墓地は旅人たちが整えてくれたと言っていました。
少年少女と話している間に、幼い子どもたちだけで暮らすのを憂えた旅人がちょこちょこ様子を見に来て、彼らを労っていきました。サファリもそれに倣って、少年少女の祝福を祈ると、旅人たちに変わった話がないかを尋ねます。
すると、最近森にできた占い処が評判だというではありませんか。占いの方法がカードを使うとのことだったので、結構な確率でタロット占いだとわかりました。ツェフェリの可能性が高い、とサファリは思い、近くの街で情報収集を始めます。ツェフェリに会いに行くとしても、森というのは広大ですし、具体的な場所がわからないとどこぞの村人のように獣の餌食になりかねません。
サファリは情報を集めていくうち、北の街の話に辿り着きます。まあ、北の街の地主の世代交代についてはツェフェリのことを調べる前から大変有名でしたから、サファリも聞き流していたのですが、占い処に出入りしている人物が北の街の狩人という噂を聞いたのです。
そこから、ツェフェリは北の街に辿り着いて、タロット絵師になるためにまずはタロット占いを広めようとしたのだと見立てました。ただ、そうすると不自然なのが、ハクアという存在です。
ハクアが占い師として有名なのは何も北の街だけの話ではありません。タロット占い師であることも有名な話です。そんな人物がいる街で、タロット占いを改めて広める必要があるでしょうか。
ということは占い処に出入りしている狩人はハクアの弟子か何かで、占い処のある森は北の森ということになります。そこまでわかればあとは足を動かすのみ。
ただ、占い処がやっていなかったので、ツェフェリが北の街に住み始めた可能性が高く、それこそタロット絵師として活動を始めているのではないか、と推測して、北の森から北の街へ行く道を探していた、というのがサファリの旅の物語でした。
殆どの推測が当たっていたので、ツェフェリ、サルジェ、ハクアは半ば引き気味でサファリを見つめていました。行動力がすごいのは勿論ですが、推測だけで北の街まで足を運ぶのはきっと大変だったでしょうに。何せ人間の住める北限の街なのですから。
「僕の話は以上です」
長い話が終わると、ツェフェリが躊躇いがちに口を開きました。