タロット絵師の着せ替え処
ツェフェリはサルジェと出会ってからのことをアイファに語って聞かせました。サルジェとサルジェの両親のことは既に知っていましたが、母であるアイファは何も悪くありませんし、勿論サルジェだって何も悪くありません。
サルジェは母に負い目を感じている風なので特にツェフェリは追及しませんでしたが、もしも、サルジェの母がサルジェを疎ましく思っているとしたら、それはとても悲しいことだと思いました。サルジェは何も悪くないのですから。
だから、サルジェのことを話して、もっとサルジェのことを聞きたいと言ってくれたアイファのことをいい人だと思いましたし、よかった、と安心もしました。
ツェフェリは普通とはとても言えない環境で育ちましたが、自分のことを受け入れてくれて、愛してくれる家族がいることが、どれだけ喜ばしいことなのかは知っています。ツェフェリに家族がいないからこそとも言えるでしょう。
サルジェがいつか胸を張ってこの人に会えるように、ツェフェリはサルジェと会えて今がとても幸せであることを一所懸命に説明しました。
お茶を持ってやってきたレイファも途中からとても微笑ましそうに聞いています。やっぱりあんたは人に愛されているんじゃない、と心の中でサルジェに言ってやりました。
「よかった。優しい子に育ったのね」
「はい。たまにハクアさまにからかわれたりしてますけど、ボクは楽しそうに見えます」
「あらまあ」
「あいつ、振り回され気質あるからね」
レイファがばっさりと言い切りました。
「幸せ分の苦労はついて回るものだわ。ふふ、あの子もちゃんと、育っているのね。ハクアさまに育てられて、周りに育てられて」
ふと、アイファが寂しそうな顔をします。それを見て取ったレイファがアイファの手を取りました。
「今度、会いに行きましょう」
「……迷惑じゃないかしら」
アイファの呟きに、レイファは額に手を当てて、はーあ、と盛大な溜め息をこぼします。呆れ返った声で誰にともなく不満を垂れました。
「なんで親子揃って同じ考えなの? いつ誰に迷惑をかけたっていうのよ」
「迷惑なんて思わないよ!! ハクアさまだって歓迎するだろうし、サルジェだってきっと喜ぶ」
「そうよねえ!?」
ツェフェリが乗っかると、意を得たりとばかりにレイファはツェフェリの手を取り熱弁します。サルジェもアイファも遠慮をしすぎだ、距離を取りすぎだ、見ていられない、と。
「二人共自分に自信がなさすぎなのよ」
「うん、ボクももっと自信持っていいと思う」
「本当それ」
息の合ったレイファとツェフェリの様子に、アイファはくすりと笑みをこぼします。
「よかった」
「お母さん?」
「レイファにはいい友達ができたのね」
それは心から嬉しそうな声でした。街一番の美人と言われるのがわかるくらい、アイファの笑顔は華やかでとても美しいものでした。ツェフェリは思わず息を飲みます。レイファはどこか満足そうな顔をしていました。
「そうよ。改めて紹介するわね。ツェフェリはわたくしのお友達。知り合って日は浅いけど、とっても綺麗で優しい子なのよ」
レイファの琥珀色の目はきらきらと輝いていて、そっちの方が綺麗だと、ツェフェリは思いました。けれど、その目を輝かせているのが自分の存在だと思うと、ちょっぴりくすぐったい気持ちにもなります。
レイファが友達と言ってくれて嬉しいのです。村にいた頃、ツェフェリには友達がいませんでしたから。唯一友達と呼べたのは、行商人と一緒にいた男の子だけです。
「そういえば、変わった目の色をしているのね」
「あ、はい。以前は[虹の子]だとか呼ばれていました」
「ふふふ。どんな色のあなたも綺麗だわ。それならきっと、どんな色の服も似合うでしょうね」
「?」
「というわけで……着せ替えタイムよ!!」
レイファが待っていましたとばかりに拳を天に突き上げます。ツェフェリが戸惑ってアイファを見るとアイファはぱちぱちと拍手を送っていました。
「さっきも言った通り、服はたくさん用意してあるのよ。ワンピースから三点コーデ、装飾、鞄、なんでもござれ。頭の先かろ足の先まできっちりアイテムは取り揃えてるんだから!」
「さすが、ミニョンの看板娘ね」
それからレイファは得意げに先程見せてきたワンピース一覧を再び出しました。
「ツェフェリの好みを聞きたいな。明るい色が好きとか、こういう色、こういうデザインにチャレンジしてみたいとか! ツェフェリはこの街に来てからオレンジと黄色のボーダーのタートルネックのニットを着てるけど、やっぱり暖色系が好きなのかしら?」
水を得た魚のように一気にまくし立てるレイファに、ツェフェリは戸惑いながらも答えました。
「あんまり着る服に拘ったことがなくて……自分の好みとか考えたことなかったな……この服はサルジェが出会ったときに用意してくれた服に似ていて、それを着たとき、サルジェがすっごく感動してくれて、すっごく似合ってるって言ってくれて、そのことがなんとなく嬉しくて、似てるデザインのを選んで、つい毎日着ちゃうんだ」
「まあ!」
その発言を聞いて、喜色満面に声を上げたのはアイファです。
「ふふふ、あの子もなかなかやるじゃない」
「わたくしもちょっと見直しましたわ」
意見の揃った親子が仲睦まじく顔を見合わせ、頷き合います。
「それはそうと、ツェフェリの好みはまた別の話だわ」
「うーん、でも、ボクお洒落にあんまり詳しくないし、なんか着られればなんでもいいかなーって思ってる」
そう、ツェフェリはかつていた村では、毎日同じ服を着ていました。教会のシスターたちと同じ服。凝った装飾もなく、シンプルなデザインのあの服は、好きか嫌いかで言えば、好きだった気がします。同じ服といっても、同じデザインの服を何着か着回していただけなので、不潔というわけでもありませんでしたし。
ツェフェリはレイファが出してきたものの中から黒っぽいデザインで、襟が白くて大きいデザインのワンピースを手に取りました。布の質感はさすが服屋といった感じで、とても肌触りがよく、比べ物にはなりませんが、ツェフェリが着ていたものによく似たものなので、手に取ってみたのです。
「ボクが以前着てたのはこんな感じ」
「クラシカルでシンプルなデザインの服を着てたのね。シンプルさと色味でこれだけだと地味って思われてしまうけれど、装飾次第ではとっても素敵になると思うわ。勿論、ツェフェリならそのままでも似合うと思うけれど、綺麗な髪と綺麗な目を持っているんですもの。差し色に何か一つ入れるだけでもっと映えると思うわ。お母さんはどう思う?」
「私もレイファと同じ意見よ。ただ、暗めの印象が深い色合いの服だから、差し色にするなら華やかな色がいいでしょうね。ただ単に暖色にするとかではなく、女の子らしさを引き立てるような……マゼンタとかどうかしら?」
「さすがお母さん!! わたくしも同じことを考えていました!!」
二人の熱量にツェフェリは少しついていけなくなりながら、数多ある質問の中から一言、絞り出しました。
「あの、マゼンタってなんですか?」
レイファがにっこり教えてくれます。
「赤みの強い紫です。紫というよりはピンクに近いって思う人もいるとか。黒とピンクの組み合わせはゴシックの定番だけれど、マゼンタの強い色味も着る人の美しさを引き立てるアクセントにもってこい!! この襟なら胸元にリボンを結うのもありね」
想像の数倍の情報が返ってきて、ツェフェリが目を丸くします。そんな中、レイファがアクセサリー類の中からひらりとリボンを手に取りました。
それは花のように朗らかでありながら慎ましく佇むような色でした。けれど、一度見たら忘れられないような不思議な魅力を持っています。ただ女の子が好きというピンクより、上品で淑やかな濃い色は鮮やかで、色の相性はあるでしょうけれど、きっとツェフェリの鶯色には似合うことでしょう。
ツェフェリはあ、と思わず声を上げました。
「その色のリボン、ボク持ってる」
「あら、そうですの? 身につければいいのに」
「いや、ええとね……」
まさかツェフェリは思いもしませんでした。
次の自分の言葉がとんでもない爆弾になるなんて。
「大切な人からもらったもので、どうしたらいいか、わからなくて」