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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の商い処
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タロット絵師の憩い処

 少し時間を遡って、ランドラルフの診療所。そこには茶髪の麗人とレイファが訪れておりました。

「アイファ、気になる症状でも出たかの?」

 診察室でラルフが麗人に問いかけます。琥珀の瞳は少し濁っているのですが、それでもきちんと美人に見えるそんな麗人がレイファの母、アイファでした。

 アイファはサルジェの父の一件以来、心を病んでしまい、それが体調にも顕著に現れ、ラルフの診療所に通いつめています。レイファは毎度、その付き添いに来ているのです。

「いえ……変わらず、お薬を出していただけますでしょうか」

「わかった。無理はするんじゃないぞ。いつでも来なさい」

 もうサルジェが生まれてからどれくらいの年月が経つのでしょう。けれど、アイファの心に巣食った闇は深くアイファを蝕んでいくのです。そんな痛ましい母の姿を見るたび、気の強いレイファも無力に打ちひしがれます。

 レイファでは、何の慰めもできません。普段は店が忙しく、レイファの父も代替わりをそろそろ考えているようで、仕入れや縫製などをレイファに任せるようになってきました。店のことになると、レイファには他に兄弟がいないので、レイファ一人で切り盛りすることとなります。

 お店の仕事は楽しいですし、街一番の店であることにレイファは誇りを持っています。しかしそれは母を蔑ろにする理由にはなりません。

 兄弟、というとやはり真っ先に思い浮かぶのはサルジェの顔です。けれど、彼は彼で森の管理という重要な役割を担っています。安易に頼ることはできません。

 とはいえ、大変なことに変わりはありませんし、サルジェには一度母にきちんと顔を合わせてほしいのです。幸いなことにあの最低男には顔も性格も似なかったのですから。

 まあ、サルジェのいないこの場で、サルジェに言ってやりたいことを考えても仕方ないのですが。

「レイファくんや」

「あ、はい」

「暗い顔をしておるぞ。悩み事かの?」

 図星を刺されて、レイファは慌てて両手を横にぶんぶんと振ります。

「い、いえ、なんでもないんです!! すみません……」

「レイファ……」

 アイファが不安そうにレイファを見上げます。そこには母親らしい[心配]の色が漂っていました。

 レイファは母に心配をかけまいと笑おうとしますが、アイファはそんな娘を見て、ラルフに告げました。

「この子、我慢強いから、心配で……」

「うむ、そうじゃな。じゃが、悩みはあるか尋ねても、この通り簡単には答えてくれぬからのう」

「お母さん、おじさまも、わたくしは大丈夫ですから」

「自分で大丈夫という子が大丈夫だった試しはないがの」

「うぐっ」

 痛いところを突かれましたが、母と比べたら大丈夫なことには変わりありません。

「疲労は他人と比べるものではないぞ。ところでレイファくん。君の趣味はなんじゃったかのう?」

「趣味、ですか?」

 ぱっと思い浮かぶのは、人を着飾ることです。職業柄と言いますか、その人の好みやスタイルに合わせて服を選び、着せ替えするのはかなり満足度の高い仕事でした。

 アイファがくすりと笑います。

「ふふ、ちっちゃい頃から、お人形さん遊びが好きだったものね、レイファは」

 レイファの頬がさっと朱に染まります。それは確かな事実なのですが、[お人形さん遊び]という響きがどうにも子どもっぽくて恥ずかしいのです。

「お人形さんに自分で作ったお洋服を着せるの好きだったわよね」

「ふぉっふぉっ、なんとも微笑ましいことじゃ」

「うぅ、からかうのはよしてくださいな」

「ふぉっふぉっ、ならば、このようなお人形さんはどうかの?」

 ラルフがステファンに目配せすると、ステファンは診療所の奥に向かいました。少しして、ステファンは鶯色の髪の女の子を連れてきます。少女は歩くたびに目の色がきらきらと変わって、不思議な魅力を持つ子でした。

「ツェフェリ!!」

「レイファちゃん!!」

 久しぶりの再会です。ツェフェリは作業でこもりきりでしたし、レイファも店の切り盛りで忙しくしておりました。ついぞ街の案内もできておりません。

 レイファの表情がぱっと明るくなったのを見て、ラルフは微笑み、アイファはほっと息を吐きました。鳶色の深い目は娘の姿を慈愛深く見つめます。

 レイファは昔から頑張り屋でした。それは母であるアイファが前の地主に拐われて、サルジェを産んで疲弊した状態で捨てられ、臥せってしまったからだと、アイファは感じていました。あの男のことはどうしようもなかったとはいえ、レイファに幼い頃から苦労を強いることになってしまって、アイファは申し訳なく思っていたのです。店のことは好きでやっているようでよかったですが、アイファは母として、人並みの幸せをレイファが受けられることを望んでいました。

 ツェフェリとは初めて会いますが、レイファが躊躇いなく抱きついている様子から、きっといい子なのだろうと思いました。不思議な目をした女の子。その目は今、温かくレイファの目の色を返します。

「お仕事終わったから、ラルフさんのところに届けに来てたの。レイファちゃんは?」

「わたくしは母の診察です。紹介しますね」

「レイファの母のアイファです。レイファと仲良くしてくれてありがとう」

「あ、ボクはツェフェリって言います! ……ほえー……」

 ツェフェリはその虹に閃く目で、じっとアイファを覗き込みました。じいっと変化する目がアイファの深い鳶色を写していきます。鏡のように。

 しばらくそうして、気が済んだのか離れると、ツェフェリはにっこり笑って言いました。

「すごくサルジェにそっくり!!」

「……ぇ」

 零れたのは乾いた驚き。ツェフェリ以外の一同によぎるのは、前の地主がアイファにした無体。……そのときの話を直接は知らないツェフェリの無邪気を誰も責めることはできません。

 ツェフェリは若干冷えた部屋の温度にもお構い無しです。

「サルジェもそういう色の目をしてる。顔立ちはレイファちゃんの方が似てるけど。サルジェはね、毎朝美味しいごはんを作ってくれて、森の番人をしていて、街の人みんなが頼るような素敵な人だよ。ボクのことを助けてくれた人だよ」

 その笑顔が。

 その唇が象っていくサルジェの様子が。

「ボクはサルジェのことが大好きなんだ」

 アイファの胸に、ひどく染みました。

 サルジェとは会ったことがありません。病で臥せり、自ら会いに行くことができなかったのもありますが、アイファは怖かったのです。あの男に似ていたら、我が子なのに突き飛ばしてしまいそうで。我が子なのに、受け入れられなくなりそうで。

 それが、この不思議の目から語られる会ったことのない息子の様子はひどく優しくて、誇らしくて、気づけば涙が零れていました。

「、お母さん……」

「レイファ、大丈夫よ」

 レイファからハンカチを受け取り、アイファは眦を拭います。

「ありがとう、ツェフェリさん。ねえ、うちに寄っていらっしゃらない? サルジェの話、もっと聞きたいわ」

「喜んで!!」

 虹に閃く不思議の瞳は灯りのような暖かな色をしていました。

 レイファもなんだか嬉しくなって、ツェフェリの手を引きます。

「ツェフェリに着せてみたい服がたくさんあるの!」

「ふええ、ボクあんまりお洒落したことないから服のこととかよくわかんないよ?」

「いいのいいの! わたくしが腕によりをかけてプロデュース致しますわ!! 街一番の[ミニョン]の名にかけて!!」

「レイファちゃんかっこいい!!」

 ツェフェリの目は好奇心と興奮に満ちた華やかな黄緑色に変わります。くるくると変化していく色と表情は見ていてとても楽しく、こちらまで心が華やぐようでした。

 そのまま、ツェフェリはレイファたちと一緒に服屋ミニョンへ向かいます。アイファのいつもより少し元気な様子には、ラルフも胸を撫で下ろしていたのですが、それはここだけのお話です。

「お父さんただいま! お母さんに大事なお客様だから、お店をよろしくね」

「おかえりってレイファ!? え、アイファ?」

「よろしくね、あなた」

 状況が飲み込めないミニョンの店主ですが、久方ぶりの美人妻の笑顔に見惚れ、力なく「はい……」とだけ答えました。

「お邪魔しまーす」

「ふふ、いらっしゃい」

「ツェフェリは何色が好きかしら? わたくしはこのボルドーのワンピースがツェフェリに似合うとずっと思っていたのだけれど、ペールの寒色系もありだと思うのよね。髪色に合わせた緑系統もいいかも。ああでもこのクラシカルなデザインのワンピースも捨てがたいのよね」

 興奮を隠せない様子のレイファにツェフェリは目を回し、アイファは苦笑します。

「こらこらレイファ。お客様にはまずお茶でしょう」

「は!! そうだったわ。ハーブティーならすぐ用意できるけれど、苦手な香りはあるかしら?」

「特にないよ」

「それじゃあ少し待っててね」

 レイファが奥に消えていくと、アイファが優しく微笑みかけました。

 ツェフェリはふと思います。ツェフェリには母親がいませんが、もし生きていたなら、ツェフェリにこのような顔を向けてくれたのでしょうか。

「待つ間に、サルジェの話を聞かせてくれるかしら?」

「はい」

 こんな風に、自分の子どもの物語を聞こうとしてくれるでしょうか。

 ツェフェリは一抹の寂しさを抱きながら、サルジェとの出会いからこれまでを語り始めました。

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