タロットを見つめる目
街に入るとそれはそれは目立ちました。
そもそも領主であるハクアが人目を惹く容姿をしており、街の人々からも慕われているのですから目立つのは当然なのですが、今回はそれだけではありません。何が目立つって、サファリです。
白人の中でも白い方に分類されるであろう美しい肌。雲のような色のさらさらとした白い髪は、髪の色素が抜けたとかではなく、元々の色らしく、とても綺麗な真っ白なのです。おじいさんおばあさんでもなかなか見られないほどの綺麗な銀糸。恐ろしいほどに整った顔立ちは幼くも、大人びても見える不思議な魅力を持っていて、眺めていると、海のような眼差しに吸い込まれてしまいそうになります。
一言で言うなら、サファリの存在感は[神秘]そのものでした。ふとしたときに気づく草花の美しさや空の広大さなどを凝縮したような魅力があるのです。
珍しさだけでなく、その魅力でもって人々を釘付けにし、いつもなら「ハクアさま、おかえりなさい!!」と明朗に声をかける街の人々が一様にサファリの存在感に圧倒されていました。息を飲む者もいれば、開いた口が塞がらないといった様子の者もいます。ただ目だけが離せないのです。
とても異様な空気の中で、サルジェは背筋をぴんとして進みました。会ったときからそうですが、サルジェはサファリの容姿に圧倒されることはありませんでした。それはサルジェに審美眼がないとかそういうことではなく、神秘を纏う美しいものに耐性があるからです。毎日のようにハクアの顔を見ていれば、耐性もつきます。街の者もハクアを見慣れてきたから、挨拶ができるようになったもので、始めからハクアを直視できたわけではありません。
ただ、街の人々の畏怖のような畏敬のような眼差しがサファリに注がれているのを感じて、やはりただ者ではないな、とサルジェは再認識しました。
ミニョンには元気印の看板娘が現在不在のようで、余計に静かに感じました。レイファなら美形は見慣れているでしょうから、容姿だけで圧倒されるということはないはずですが。父母思いの看板娘が不在なのは何故だろう、と少し気になりましたが、街の雰囲気があまりにも異様なものとなったため気まずく、サルジェはそそくさと屋敷に向かうのでした。
屋敷に着くと、サルジェは手早く装備を外し、割烹着を纏いました。ハクアは着替えもあるので自室に引っ込んでいきましたので、サファリの相手をするのです。
サファリがきょとんとして割烹着姿のサルジェを見つめます。
「ええと、どうして割烹着を着ているんですか?」
「これからお茶やお菓子の用意をしますので」
「? この屋敷に使用人さんはいらっしゃらないのですか?」
「色々ありまして、使用人代わりを務めています」
この屋敷の使用人は前の地主のせいでみんな出て行ってしまい、前の地主の頃からサルジェ一人がこき使われている、というのはサルジェにとってはもはや当たり前のことなのですが、それは一般では当たり前ではないようです。
「こちらのお席にどうぞ」
「ありがとうございます。森の管理に、屋敷の使用人とは、大変ではないですか?」
席に就いたサファリからの問いかけにサルジェが疑問符を浮かべます。大変という考えはサルジェにはありませんでした。それはサルジェがそういう常識を知らないからというのもありますが、辛い、苦しい、と感じたことがあまりないからです。掃除をするのは楽しいし、汚れたものを綺麗にしていくのは心地のよいものでした。そして何より、サルジェは料理が好きなのです。森に出かけるのはいいリフレッシュになりますし、サルジェは苦に思いませんでした。
それをそのまま伝えるとさすがに引かれるのはわかったので、軽く濁します。
「性に合っているのかもしれません。大変は大変ですが、楽しく過ごしていますよ」
「……不思議な方ですね、サルジェさんって」
お前が言うか案件でしたが、声にはなんとか出さずに済ませました。
「今、お茶をお淹れしますね」
「はい、ありがとうございます」
客人を一人にしてしまうのは良くないことですが、この屋敷にはハクアとサルジェしか住んでいないので、致し方ないことです。
せめてさくさくと準備を終えて、客間に戻ることとしましょう。
お茶は変わったものは淹れず、シンプルなストレートティーにしましょう。誰もが好むフレーバーの茶葉が初めて迎えるお客様に提供するのに無難です。やかんで水を温めながら、茶葉を計量します。それが終わると棚からクッキーの箱を取り出し、皿に盛りつけます。ちょうどよいことに、マドレーヌもありました。プレーンのものとチョコのものを一つずつ揃えれば、お茶菓子の準備はオーケーです。やかんが鳴るのを待ちます。
まあ、手鍋で淹れてもいいのですが、拘り出すと時間がかかってしまいますので。お客様をあまりお待たせするのは良くありません。
それからサルジェは少しぼうっとツェフェリのことを考えました。今日はランドラルフのところに修繕が終わったタロットを届けに行ったはずです。まだ帰っていないようですが、もしや、ラルフの長話に付き合わされているのでしょうか。「年寄りの昔話は長いのが相場じゃよ」と悪びれもなく笑うラルフの姿が目に浮かびます。何を隠そう、サルジェが言われたことがあるのです。
ステファンも料理を覚え始め、診療所の仕事も手慣れてきたと聞きます。ちょくちょく顔は出してほしいとラルフには頼まれていますが、ステファンならしばらくは大丈夫だろう、とサルジェは考えていました。
問題は、これからお茶を出す御仁がツェフェリにどのような目的で関わろうとしているか、です。悪い人ではないとは思うのですが、悪い人ではないからといって、いい人とは限らないというのがミソです。まあ、何かしら仕出かすようなら、サルジェが何かするまでもなく、ハクアがなんとかするとは思うのですが、どうも一筋縄ではいかなさそうな雰囲気が漂っています。
うーん、と唸っていると、やかんがぴー、と鳴りました。そういえばこの音の鳴るやかんは行商人から父が仕入れたものだったな、と思います。黒人の男性で、変わったものを売っている商人でした。父が領主から退いた後、父が無駄に貯め込んでいた財はほとんど売り払われましたが、これはサルジェが死守した数少ないうちの一つです。
ティーポットにお湯を注ぐと、サルジェは棚から砂時計を出し、ひっくり返しました。が、置いた心地が悪かったのか、かしゃーん、と淡い音を立てて割れました。
サルジェは慌てて小さな掃除用具を出して、ガラスと砂を片付けます。砂時計は貴重なもので、大切にしていたのですが……
片付けているうちに、お茶がいい頃合いになるでしょう。そう思うことにしました。
一方、客間では、ハクアが戻ってきて、サファリと対面していました。ハクアの顔にはいつものどこか余裕そうな笑みが湛えられています。
「あなたは着飾ったりしない方なのですね」
サファリの率直な感想にハクアはふ、と笑います。
「ああ。狩人という職業柄、ドレスだの礼服だのというのは動きにくくてな」
「ですがいい仕立ての服です」
「ミニョンという服屋があってな。この街一番の人気店だ。そこの店主に見繕ってもらった」
「ふふ、街に愛されてらっしゃるのですね、領主様は」
「ハクアでかまわないよ、行商人くん」
「畏れ多いです。僕のことはサファリでかまいませんので。ハクアさま」
サルジェがなかなか来ないのだが、まあ心配することではあるまい、とハクアは話を進めました。
「ところで一つ、いいだろうか」
「はい、なんでしょう?」
「タロット絵師の少女を探していると言っていたが、何故?」
その問いにサファリはにこりと微笑みます。
「人違いでなければ、旧知の仲なのです。久しぶりに会いたいと思いまして。故あって行方知れずでしたから、心配していたのですよ」
嘘ではないですが、それが全てではない、といった感じでしょうか。ハクアの所感はそこそこ当たります。
旧知というと、ツェフェリのいた村のことが思い浮かびますが、まさかその村がツェフェリを取り戻しにこの者を派遣したのでしょうか。それともサファリの言う通り、単に旅の途中で出会って、会いたくなっただけなのでしょうか。
いずれにせよ、確かなのは、ツェフェリが元いた村にいた時代に会った人物であるということ。何故なら、ツェフェリが行方知れずになったというのはおそらくツェフェリが村から出たから、というのと、ツェフェリが村から出た後に会ったのなら、十中八九サルジェも顔を知らないと辻褄が合わないからです。サルジェは初対面のようでしたし、サファリもサルジェには初対面のように振る舞っています。となると、ツェフェリが骨董屋をしていた時代の知り合いという可能性はぐんと下がるのです。
村からの回し者ならば、慎重に対処しなければなりません。ツェフェリは今、この街で幸せに生きているのです。[虹の子]、[神の子]として再び奉られる生活は望んでいないでしょう。
ハクアはあるものを取り出しました。
「少し余興をしよう」
「……ハクアさまは噂通り、占いも嗜まれるのですね」
占い師としての活動は最近大々的に行っていないので、そちらの名の方は廃り始めているのでしょう。占い師として名が廃ろうと、ハクアに大した問題はありません。占いができなくなるわけではありませんから。
ハクアは愛用のカードをばらりと開きます。それをサファリの前に差し出しました。
「好きなものを一枚引いてくれ。ちなみに手品ではないから、引いたカードは私に見せてほしい」
「わかりました」
サファリは迷いなく、すっと一枚のカードを選びました。その中身を見ることはせず、目を閉じて何やら耳を澄まして──
「[節制]──いかがです?」
涼やかな声で告げ、ハクアにカードを見せました。そこにへ水瓶から水瓶へ水を移し替える天使の姿が描かれています。──[節制]。それは、サファリの宣言通りのカードでした。




