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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の呪い処
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タロットたちと進む道

 [(タワー)]、[太陽(サン)]、[魔術師(マジシャン)]、[皇帝(エンペラー)]、[(ムーン)]、[死神(デス)]、[節制(テンパランス)]。六芒星に結ばれた七枚のカードは微笑むようにきらめきを返して、小さなテーブルの上に鎮座していました。特に[節制(テンパランス)]の天使は、自分を見つめるうちの一人の姿見のような容貌で、真ん中を陣取っています。

 ツェフェリは心臓がとくとくと早鐘を打つのを感じていました。緊張もしていましたが、それが主というよりはいい結果とも悪い結果とも取れる占い結果に喜んだり悲しんだりする気持ちが綯交ぜになって、どんな顔をしたらいいのかわからないのです。サファリが沈黙しているから、尚のこと。

 サファリはじっと展開(スプレッド)を見つめていました。ツェフェリからサファリに提出された未来を噛みしめているのか、はたまた何か不満があるのか。その表情から判別することは叶いません。

 数瞬の沈黙が永遠のように感じられました。

 やがて、サファリは海色に瞼を閉ざして、静かに深く、息を吐きました。それは溜め息のようでしたが、安堵なのか柔らかくツェフェリの耳朶を打っていきます。

「ありがとう、ツェフェリ」

 見ると、サファリはとても穏やかな表情をしていました。ツェフェリと同じくらいの年頃の子どものはずなのに、その顔はやけに大人びて見えて、ツェフェリはどきりとしました。絵に描かれた天使のような、精巧に作られた石膏像のような美しさ。それが今、目の前で息をしていることに不思議な感動を覚えました。

 そっとサファリの手が真ん中にあった[節制(テンパランス)]のカードを取ります。きっとサファリに母親がいたなら、これくらい美しい人なのだろうな、とツェフェリはふと思いました。サファリの父を美しくないとは言いませんが、見た目だけでいけばあまり似ていませんから。

 サファリは海色の瞳を揺蕩わせて、細波のような心地よい声で紡ぎます。

「実は、僕も迷っていたことがあったんだ。僕のこれからについて」

「え」

 ツェフェリは不思議でなりませんでした。サファリには悩みのある素振りなどありませんでしたから。迷っていた、という言葉が細波のように揺れ出てくることがあまりにも意外で、戸惑いに緑と茶色を揺らめかせた色を浮かべます。

 サファリはほんのりと苦みを帯びた笑みを返しました。

「未来のことは誰にもわからない。勿論、僕にだって。占いをしているとき、わかっている風に動いていたって、その実、カードの意味を読み解いているだけで、それが正しいかどうかなんてわからないんだ」

 ツェフェリは言われてはっとしました。どれだけ一所懸命解釈(リーディング)しても、それはカードの意味を踏まえた解釈でしかなく、絶対的なものではないのです。例えば先程の[死神(デス)]のカードが死だけを意味するわけではないように。

 占いがよく当たっているだけで、結果自体は絶対的なものではありません。あくまで[最終予想]なのです。

「……それでも、誰かの背中を押すきっかけになると思うから、僕は時に占いを使ったりする。でも、自分のことを占おうと思ったことはなかったんだ。占って、外れてしまったら、自己責任になっちゃう。当たりどころがなくて、苦しくなってしまう。それが怖くて、自分で自分のことは占えないんだよ」

 海色の声を絡み合わせながら、サファリはツェフェリのカードをまとめました。綺麗にまとめたタロットたちをサファリはツェフェリに差し出します。

 綺麗な海を閉じ込めたような人はツェフェリにもう一度言いました。

「ありがとう、ツェフェリ。僕の背中を押してくれて」


 思い出して、ツェフェリもにこりと微笑みました。

「サファリくんは、決して『占ってくれてありがとう』とは言わなかったんです。代わりに『素敵なカードを見せてくれてありがとう』って言ってくれて……だからボクはあのときに、タロット絵師をやろうって決めたんです」

 サファリは決して、ツェフェリに占い師をやるといい、とは勧めませんでした。それはたぶん、占いを教えてくれたときから決めていたのかもしれません。

「今思えば、占い師は当たらなければ[嘘つき]と呼ばれてしまうからなのかなぁって思います。だから、サファリくんは初めて占いを見せたとき、嘘の占いをしたんだと思う。ボクが間違っても占い師になりたいだなんて思わないように」

 そっと自分のタロットを抱きしめるツェフェリを見て、ラルフはほう、と息を吐きました。とても長い長い物語を聞いた気分です。それはツェフェリにとっては苦い思い出でありながら、コーヒーのように味わい深いものとなっているようでした。

 ツェフェリの正確な年齢はラルフの知るところではありませんが、ラルフからすればハクアとて子どものようなものです。故に、ツェフェリが今より幼い頃にそういう体験をして、それを噛み砕いていることに感心しました。

「良い出会いをしたようじゃの」

「ええ、とても!」

 どこか自慢気に笑うツェフェリを見て、ラルフはふとそこに何かを感じます。

 そのなんとももやっとする[何か]の正体は次のツェフェリの言葉が示してくれました。

「だからボクはサファリくんに感謝してもし足りなくて、またいつかどこかで会おうって約束したんです。そのときはボクは立派なタロット絵師になって、サファリくんにボクが作ったタロットを売るんだって。その気持ちは今も変わっていません。……また、会いたいな」

 ラルフにとって、絵画との出会いは一期一会です。故に一目惚れで買うことが多いのです。いくら似せて描いたところで、同じ絵にはなりませんから。

 人も同じです。旅から旅への行商人なんかはまた出会うことも難しいでしょう。けれど、生きている限りは、もう一度出会える可能性があります。

 会いたいな、と呟いたツェフェリの目は焦がれるようなオレンジ色をしていました。これはもしかして、とラルフはひっそり思います。

 先日、倒れたツェフェリを甲斐甲斐しく看病していたサルジェの姿が思い浮かびました。

「いやはや、思わぬ強敵出現じゃな、サルジェよ……」

「ラルフさん何か言いました?」

「ん? 何も言っておらんぞ」

 思わず出た本音をコーヒーで喉の奥に引っ込めたラルフの耳に、呼び鈴の音が届きました。なんとも絶妙なタイミングで来客があったようです。

「ん、仕事の時間のようじゃな。ツェフェリくん、変に触らなければ、この部屋のものは好きに見てくれてかまわんからの」

「はい、ありがとうございます」


 と、ツェフェリがラルフの趣味部屋を覗いているその頃、サルジェはハクアと共に森の見回りに来ていました。

 この土地は人間の住む北限、と一般的には言われています。故に近くにあるハクアの治める街は[北の街]と呼ばれており、この森は[北の森]と呼ばれています。狩人として、ハクアとサルジェはこの森を管理しており、できる限り森の生き物と人間を共存させられるよう調律しているのです。

 基本的に毎日の見回りはハクアの弟子であるサルジェの役目ですが、こうして定期的にハクアも一緒に見回りに出ます。いつぞやのツェフェリのように迷子が出たり、商人が動物に襲われていたり、盗賊が出たり、といったものへの対処のためです。特に商人や盗賊が絡むと、この森の向こうの街とのやりとりも必要となるため、領主としてのハクアの役割が出てきます。

 当然、サルジェのみで普段は回っているので、サルジェしかいないときにそういう事案が発生するときもあるのですが、高名な占い師としても名の通るハクアは何かを予見したときにサルジェについてきます。

 そういう場面に何度も遭遇していると、サルジェはなんとなく、今日もそういう日なのかな、と考えてしまうのです。今日は定期周回の日なのですが。

「今日は動物たちが静かだな」

「そうですね。まあ今年は結構森の食糧も潤沢ですし、人里の方に降りてこなくて安心です」

「それはお前の管理が上手くいっているんだろう。さすがは我が弟子だ」

 普段狩人として褒められることが少ないので、サルジェは思わず身構えてしまいます。何故なら、ハクアの一挙手一投足には必ず意味があり、サルジェにすり寄る内容の場合、九分九厘の確率でサルジェに厄介事が降りかかることを示唆しているからです。更に嫌なことに、この師匠のこういう予言は外れた試しがありません。

 まあ、確かにハクアの言う通り、森は静かです。生き物の息づく気配はあります。不穏な静けさではなく、どちらかというと、いつもより和やかな気配すらするのですが……

 耳を澄ませていると、やがて足音が聞こえてきました。それと共に荷車を引くちょっと軋んだ音も。

 サルジェとハクアは同時にその音の方へと足を向けました。さすがは師弟といった足並みの揃い方です。

 やがて見えたのは、雲のような髪と鮮やかな翡翠のような目が不思議と惹き付けられるものを放つ少年でした。荷車には少し傾いた看板がかかっていて、そこには[行商人 サファリ=ベル]と書かれています。

「ああ、よかった、人がいた」

 不意に森を抜ける涼風のような声でその言葉は紡がれました。

「[北の街]へ行きたいんですが、道をご存知ですか?」

 悪意や害意は感じられませんが、年端もいかないような少年が一人で商人を? と疑問に思ったので、サルジェはハクアに目配せしました。そうして、察しました。

 ハクアの整った横顔が安堵したように微笑んでいたのです。

「ようこそ、[北の街]へ。私が領主のハクアだ。街まで案内しよう」

「行商をしております、サファリ=ベルと申します」

 ──何かの歯車が回り始めたのです。

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