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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の呪い処
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タロット絵師を目指す訳

「そんなことがあって、それからボクはボクなりにタロットカードの絵を大切にしたいなって思ったんです」

 長い長い回想を静かに静かに聞き続けたラルフがほう、と息を吐きます。摩訶不思議な話には長年生きてきて慣れていたつもりですが、ツェフェリの話はラルフが生きてきた中でも一層変わった話でした。

 タロットカードが意思を持って喋ることがあるのはなんとなく知っていました。ハクアが時折自分のカードたちと意志疎通を測っていたからです。故に、ラルフが驚いたのは、ツェフェリのタロットが喋ることではありませんでした。

 サファリと呼ばれるその少年です。

「一目見ただけで不思議な魅力を持つ少年だとは思ったが、そういう占い方をするとは思わなんだ」

 そう、サファリの占いは変わっている、の範疇では済まないほどに特殊なのです。

 彼が占いを生業にしていないのはよくわかりました。生業にしているのなら、正しい占い方をするでしょうし、正しい占い方を知っていてわざと正しくない結果を教えるのなら、それは詐欺師です。けれど、詐欺師をしてお金を稼いでいるようではないように思えるのが不思議でなりません。

 それに、タロット占いでそう都合よく逆さまの展開(スプレッド)が良い解釈(リーディング)を生み出すことができるでしょうか。ラルフが思うに、ツェフェリから聞いたサファリという少年は、まるで最初からカードがどう配置されるかわかっていたようでした。そうでもなければ、詐欺やイカサマに近い占い方などできません。

 彼もまた、不思議の力を持つのでしょうか。ラルフの記憶する限り、宝石目の子どもではなかったように思いますが。

 その出会いがツェフェリの価値観を定めた、というのはとても納得のいく話です。サファリの言う通り、占いをするならば、時に残酷な結果を伝えなければならないこともあります。ツェフェリと知り合って間もないラルフですが、ツェフェリの優しい気質は理解していました。その優しさ故に、悲しい結末というのを受け入れるのには、涙がいくつも零れていくことは容易に想像できました。

 そんなツェフェリとずっと共にあったタロットたち。話せるとなれば、形の見えそうな絆がそこに生まれることでしょう。ツェフェリもそうですが、タロットたちは尚のこと、ツェフェリに入れ込んでいるでしょう。何せ、正真正銘生みの親です。この街にくるまで、色々あったことでしょうが、どんな苦楽も共にしてきたツェフェリとタロットたちは家族といっても過言ではないでしょう。

「そういえば、なんですけど」

 ツェフェリがふと思いついたように呟きます。その目は遠い思い出を見据えながら、温かい色に染まりました。

「サファリくんのお父さんとも少しだけ話したことがあるんです」

「ほお。黒人の偏見を受けてきた者らしく、寡黙で気難しそうだったが、話せたのか」

「面白いんですよー。ボクも初めて会ったときはあんまり喋らない怖そうな人って思ってたんですけど、お商売のことになるとびっくりするくらいぺらぺら喋るんです」

 そういう男だったな、と思い出して、ラルフは微笑ましくなりました。ツェフェリが会ったのが先か、ラルフが会ったのが先かは定かではありませんが、意外と弁が立ち、商売上手なところは変わっていないようで何よりです。

「サファリくんもそういうところお父さんに似たんだろうなって思うんですけど」

「ああ、あれも面白かったのう」

 サファリも普段はあまり口数が多くない子どもです。子どもとは思えないくらい大人びた雰囲気を持つ子どもでした。子どもとは思えないくらい、物を売るのが上手く、その容姿とも相まって集客力があり、父が外しているときにしっかりと店番の役割を果たしていたのをラルフもしっかり覚えています。

 容姿は似ても似つかぬ感じなのに、性格だけそっくりそのまま受け継いだようなちぐはぐさがラルフには面白く映りました。

 ツェフェリはそれで、とタロットの中から一枚のカードを出します。天使が水瓶から水瓶へ、水を移し変える姿の描かれたそのカードはタロットカードナンバーⅩⅣ[節制(テンパランス)]でした。

 そこに描いてある天使をぱっと見て、ラルフが声を上げます。

「サファリとやらに似とるな」

「やっぱりそうですよね」

 ツェフェリが恥ずかしそうに頷きました。どう考えてもサファリに影響されたとしか思えないデザインです。女性のように描かれていますが、雲のように白い髪、翠と碧を混ぜて乳白色を垂らしたような目の色の印象はサファリの印象の大部分を担っており、異なるのは髪が長いことと、体が女性的な丸みを帯びていること、天使の翼が生えていることくらいでしょう。

 サファリは宗教画の中に紛れていてもおかしくないくらい整った顔立ちをしていましたし、その顔見たさに店に寄る人も少なくなかったでしょう。そんなサファリだからこそ、ツェフェリもラルフも顔の特徴をよく覚えていました。

「本当は似せるつもりなんてなかったんですけど、なんとなく似ちゃって……それで、たまたまお店でこのカードを落としちゃったことがあるんですけど」

 ツェフェリがあの行商人を忘れられないもう一つの理由です。

「サファリくんのお父さんが顔色を変えて……君は、ってカードに語りかけていたんです」

「知り合いに似ていたのかのう」

 ラルフは惚けて、カップを手に取り、黒い液体を飲みました。ツェフェリは不思議そうに[節制(テンパランス)]のカードを見つめます。

「サファリくんに似ているカードがサファリくんのお父さんの知り合いに似ているっていうのも、なんだか、奇妙な話ですよね」

 そんな言葉をこぼすツェフェリに、ラルフは何も言いませんでした。もちろん、心の裡では鈍いなあ、とは思いましたが、軽く聞いたツェフェリの生い立ちを考えると、仕方のないことと言えます。

 これはラルフの推論ですが、概ね当たっているでしょう。サファリによく似たサファリの父の知り合いとは、きっとサファリの母親です。ラルフはツェフェリに黒人から白人が生まれることだってあると話した通り、親の人種に子の人種は影響されません。故に突然変異のように生まれる黒人の子どもが異端として疎まれるわけですが、黒人の親を持つ白人の子のパターンとして、片親が白人であるというのはままある話です。

 それにこれだけそっくりなのなら、親でない可能性の方が低いでしょう。ツェフェリがそれに思い至らないのは、幼少から教会で育てられ、親というものをよく知らないからでしょう。親と子の容姿は似るものだという認識が定まっていないのだと思われます。

 それに、ラルフはまだ少し引っ掛かることがあって、口にしなかったのです。

 もしも、あの黒人とカードの天使そっくりの麗人が本当に夫婦であるなら、何故一緒に旅をしていないのか。何故咄嗟に出てくるのが名前ではないのか。──そこをつつくのは藪から蛇を出すような行為であり、別にツェフェリが知らなくてもいいことでもあります。

 サファリという、幼くして聡明な子どもがツェフェリをそう導いたように、必要がないのなら、悲しいことは知らなくていいのです。

 故にラルフはもう一口、黒い飲み物を飲みました。

「ラルフさんの飲んでいるそれはなんていう飲み物なの?」

「おや、飲んだことがなかったかね? これはコーヒーというんじゃ。飲んでみるかい?」

「えっ、いいんですか」

「飲みかけでよければの」

 ツェフェリはラルフから手渡されたカップを覗きます。黒人の肌くらい黒いその液体は煮出しすぎた紅茶でもこうはならない、といった感じの色をしていました。香りは紅茶より芳ばしく、苦味を帯びているのがわかります。ツェフェリは直感しました。これは大人の飲み物だ、と。

 しかし、渡された手前、飲まないわけにもいきませんでしたし、何より好奇心が抑えられませんでした。

 ずっ、と一口啜ると、その苦味は鼻の奥にまで立ち上り、舌の上を舐めた液体は喉元をすぎても苦さで口内を満たしました。けれど、不思議と嫌悪を残さず、苦い飲み物という印象だけを残していきます。

「不思議な飲み物ですね。苦いけど、なんとなく美味しいのは初めてかも」

「おっ、ツェフェリくんはいける口か。実はハクアはコーヒーが全然飲めんのじゃ。風邪薬のがよっぽど飲めるんだと」

 それはそれは。なんだか完全無欠の印象が溶け落ちていくような気がします。さすがはハクアの師匠です。

 ツェフェリがカップを返すと、ラルフがところで、と切り出しました。

「ハクアに師事しないのは、占いが嫌いだからではないのじゃろう? サルジェと森で暮らしてたときは、占いを生業にしとったそうじゃないか」

「はい」

 [宿り木]をやっていた頃の話です。そんなに前の話ではないはずですが、この街に来てからの日々が色濃いため、もう遠い昔のことのように思えて、ツェフェリは懐かしいな、と目を細めました。

 そう、ラルフの言う通り、ツェフェリはタロット占いが嫌いになったわけではありません。このタロットたちがツェフェリにとって特別な存在であることを抜きにしても、ツェフェリにはタロットカードを作りたい理由がありました。

「幸せな占いばかりじゃないかもしれません。でも、少しでも願いの助けになる、とボクは知ったんです」

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