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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の呪い処
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タロットたちの個性

 不思議なことでした。思いもよらないことでした。自分の作ったカードが喋るだなんて、誰が思うことでしょう。聞き間違いかとも思いましたが、夕方、豊かでないこの村は夜になると灯りがなくなるため、皆晩餐の時間で、外を出歩いている者はありません。サファリの声でないのなら、カードの声であると思う他、ありませんでした。

「どうか、泣かないで」

 サファリと[運命の輪ホイールオブフォーチュン]の天使の声が重なり、ツェフェリははっとします。

「どんなに悲しいことでも、君に知っていてほしい。こんな世界があることを」

 [運命の輪ホイールオブフォーチュン]の絵が動くことはありませんでしたが、確かにサファリの細波の声の他に一つ、穏やかな青年の声がします。これが[運命の輪ホイールオブフォーチュン]のものなのでしょう。

 サファリと向き合えば、彼は真摯な眼差しを向けてきました。ツェフェリに誠実であろうとする心が、瞳の真っ直ぐな色から伝わってきます。

 二つの声が重なり合って、ツェフェリに伝えてきます。

ツェフェリ(マスター)にはつらいことかもしれないけど、占いをするなら、いつか、こういう嘘は吐かなければならないから」

 サファリがそっとツェフェリの眦を拭います。再び、サファリとカードの声が重なりました。

(マスター)の正しい(まじな)いのために」

 それはまるで、サファリと[運命の輪ホイールオブフォーチュン]が同調しているように聞こえました。

 サファリが続けます。

「僕はずっと傍にはいられないけれど」

 それに次ぐように[運命の輪ホイールオブフォーチュン]が言いました。

「我々が傍にいますから」

 その言葉が、真実の占いに凍えそうだったツェフェリの心を温めていきます。

 かけがえのない仲間(タロット)との出会いに、ツェフェリの目は赤みがかった金色に染まっていくのでした。


 ほどなくして、ツェフェリに教会からシスターが迎えに来ました。ツェフェリの涙の跡を見て、シスターはサファリを問い詰めようとしましたが、ツェフェリが止めました。奇跡を見たのだ、と。

 奇跡、そう、まさに奇跡でした。タロットカードが喋るなんて。丹精込めて作ったからでしょうか。それとも、本当にツェフェリに不思議の力があるのでしょうか。

 どちらでもかまいません。ツェフェリには新しい友達ができたのです。教会への帰り道、ツェフェリには[運命の輪ホイールオブフォーチュン]以外の声も様々聞こえました。

 おじさんのような渋い声。はしゃいでいる子どもの声。落ち着いた女性の声。勇敢な青年の声。可憐な少女の声。それに人の声だけでなく、馬の嘶きやライオンの欠伸も聞こえました。全部、手の中のタロットからです。

 シスターには聞こえないようですが、ツェフェリは自分の楽しみが増えたことがとても嬉しかったのです。

 夜。ツェフェリは小さな燭台を灯した部屋で、カードたちと語らうことにしました。

「みんな、自己紹介してもらえるかな?」

 言うとまず、[運命の輪ホイールオブフォーチュン]が名乗りを上げました。

「昼間もご挨拶致しました。[運命の輪ホイールオブフォーチュン]の天使でございます」

 しっとりとしていて、落ち着いた青年の声です。

 そこに二つの声が割り込みます。

「フォーチュンばっかりつぇーたんとお話ししててずるいー」

「そうだぞ、若造が」

 むくれた子どもの声と、それに同調する渋い声。子どもの声の正体はすぐにわかりました。

 タロットカードで子どもが描かれているのは[太陽(サン)]のカードのみです。太陽の下で満面の笑みを浮かべる男の子。そのカードを机に置くと元気のいい声が自己紹介しました。

「はじめまして、つぇーたん。僕は[太陽(サン)]!! 渾名つけるの好きなんだ」

 なるほど。彼が先程から呼んでいる[つぇーたん]というのはおそらくツェフェリのことでしょう。渾名をつけるのが好き、という辺り、無邪気な子どもらしい感性を持っているようです。

 では、先程[太陽(サン)]に同調していた渋い声の持ち主はどなたでしょう。[皇帝(エンペラー)]などは低くて威厳のある声を出してもおかしくはありませんが。

 すると、[太陽(サン)]が声をかけます。

「はい、次はでーたんどうぞ」

「でーたんはやめんか」

 渋い声が苦々しく応じました。でーたん、というのも渾名でしょう。ツェフェリをつぇーたんと呼ぶところから推測するに、[で]から始まる名前のカードのようですが……

 渋い声が名乗ります。

「我輩は[悪魔(デビル)]だ。よろしく頼む、我が主よ」

「[悪魔(デビル)]……」

 ツェフェリは[悪魔(デビル)]のカードを机に置きます。おそらく喋っているのは禍々しく描かれた悪魔でしょう。[悪魔(デビル)]のカードには人間の男女二人が鎖に繋がれていますが、そちらは喋る様子がありません。

「ツェフェリさま」

 そこで落ち着いた女性の声が響きます。

「私は[女教皇(ハイプリーステイス)]と申します。お見知りおきを」

 丁寧な言葉遣いで名乗った[女教皇(ハイプリーステイス)]のカードを机に置きます。すると次は馬の嘶きがしました。それをやあ!! と勇ましく鎮めようとする青年の声がします。

 馬車でしょうか。だとしたら、このカードだろう、とツェフェリは一枚のカードを新たに机に置きます。それは[戦車(チャリオット)]のカードでした。

「はっ、鎮まれ!! 主さま、ご無礼をお詫び致します。どうやら、主さまと巡り会えたことに興奮しているらしく、さっきからずっとこうなのです。私は[戦車(チャリオット)]の騎士。あなたに忠誠を誓いましょう」

 馬も同意するようにひひーんと声を上げました。頼もしい限りです。

 そんな馬の声を聞いて、可憐な少女の声がふふ、と笑います。

「私たちも負けていられないわね。ご機嫌麗しゅう、お嬢さま。私は[(ストレングス)]の少女。この子はパートナーのライオンよ」

 ツェフェリは[(ストレングス)]のカードを見つけ出し、眺めます。可憐な少女がライオンを抱きしめている絵です。ライオンからは心地よさそうな欠伸が聞こえてきます。

「ねえねえ」

「ねえねえ」

 好奇心旺盛そうな男女の声が聞こえます。

「ツェフェリちゃん」

「ツェフェリちゃん」

「僕は誰だと思う?」

「私は誰だと思う?」

 男女の声が交互に、親しげにツェフェリに問いかけてきます。もしかして、男女で一つのカード? と推測したツェフェリは[恋人(ラバーズ)]のカードを机に置きました。

「正解!! さすがツェフェリちゃん!!」

「当たり!! さすがツェフェリちゃん!!」

 仲良く腕を組んで歩いている男女の絵です。ちょっと遠くの上空から、キューピッドが二人を狙っています。キューピッドは喋らないのでしょうか。

 その疑問を察知したように、二人が言います。

「キューピッドちゃんはシャイなんだ」

「とってもとっても照れ屋さんなの」

 なるほど。カードに描かれたものそれぞれに各々人格があるようです。キューピッドは何も言いません。

「勿体ないなあ。せっかくつぇーたんとお喋りできるようになったのに」

 [太陽(サン)]が残念そうに言います。ツェフェリも残念に思いました。みんながみんな、積極的にお話ししたいわけじゃないんだな、と思うと、少し寂しい気もします。

 でも、同じカードの中にいても、性格が違うという事実は大いに興味をそそるものでした。

 そこに、軽やかな音楽を奏でるラッパの音がしました。ラッパといえば、[審判(ジャッジメント)]の天使でしょう。

 机に置くと、正解を祝福するような朗らかな音楽が鳴ります。喜んでいるようです。

「らーたんはラッパでお喋りするんだよ。面白いでしょ?」

 [太陽(サン)]の解説にそんなコミュニケーションの取り方もあるのか、とツェフェリは感心しました。

 他にも、みんなが自己紹介をしました。誰も彼もが個性的で魅力的なタロットです。

「今日からよろしくね。ボクはツェフェリ」

 最後に自分が名乗るとツェフェリはもう夜も遅いので、カードを片付け、引き出しに仕舞いました。そっと燭台の蝋燭を消して、眠りに就きます。

 たくさんの友達ができた、夢のような夜でした。

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