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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の呪い処
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タロット絵師の修繕完了

 こじんまりとした建物の温かみのある部屋の中、ツェフェリは依頼主であるランドラルフと向き合っていました。

「おお、できたのか」

「はい、こちらになります」

 ツェフェリが差し出したのは輝かしさを取り戻したラルフのタロットカードでした。地の色褪せを取るのは大変でしたが、カードの絵の色は鮮やかに戻っています。

「タロットは描き手によって絵柄もそうですが、色使いも違って、毎度楽しませてもらっています」

「ふぉふぉふぉ、芸術のセンスが伺える言葉じゃな」

 そう、題材は同じなのに、絵師によって、絵柄や色使いが異なるところもタロットカードの魅力なのです。

 特に、今回のラルフの依頼のカードで、ツェフェリが気に入っているカードが一枚、ありました。

「[女教皇(ハイプリーステイス)]のカード、ハクアさまにそっくりですよね」

 ツェフェリが指摘すると、ラルフがふぉっふぉっと笑った。

「そうじゃ。別嬪じゃろう?」

 あれ? 惚気られているのでしょうか。

 それはさておき。

「[吊られた男(ハングマン)]はサルジェに似てますし」

「うむ。もしやこのカードは儂の手に渡るべくして来たのやもしれんな」

 運命を感じる、というと大袈裟かもしれませんが、後々出会う人とそっくりな絵柄で描かれているというのは確かに運命と言えましょう。

 ツェフェリが指摘した[女教皇(ハイプリーステイス)]は紫色の髪を結い上げ、その髪色に似合うシックな衣装に身を包み、青い本を手にしていました。強い紫の瞳と握られた錫杖、知的な本は[女教皇(ハイプリーステイス)]の名に相応しいでしょう。

 一方、[吊られた男(ハングマン)]の方は滑稽な描かれ方をしていて、狩人の青年が何かしかの罠に引っ掛かってぶら下がっているように見えます。顔立ちがサルジェにあまりにも似ているので、何度かその様子に吹き出しながら修繕したのはここだけのお話です。

「いやぁ、出会った頃の輝きをもう一度見られるとは、儂はなんてついてるんじゃ。嬉しいのう」

「思い入れがあるんですね」

「まあ、ハクアと出会ったのもそうじゃが、儂は絵というものに目がないからの。その中でもこの作品はひときわ目を引いたよ」

 普通の人から見れば、タロットカードなんて絵の描かれたただの小さな紙っぺらですが、絵師であるツェフェリや収集家であるラルフからしたら、千差万別です。作者ごとの絵柄や色の置き方、作者独自のカードの解釈など、違いはたくさんあるのです。

 おそらく、紫髪で描かれた[女教皇(ハイプリーステイス)]は、ハクアが奉られたのと同じく[宝石色]信仰の下に生まれたのでしょう。宝石は高級品で、神様の代わりに信仰物としてよく使用されるものです。それは世界共通の認識で、宝石とただの石ころでは全く異なります。

 [女教皇(ハイプリーステイス)]……これはハクアにある意味では似合うカードでした。タロットカードの中で唯一本が描かれているカードで、その意味には[知識]や[知的]といったものが含まれます。冷静に知的に前の地主を伸したハクアはこれに当てはまるでしょう。

 サルジェの[吊られた男(ハングマン)]は察するしかなさそうです。まあ、苦労人ではあるのでしょう。ハクアに振り回され気味ですから。

「お茶をお持ちしました」

「ありがとうございます、ステファンさん」

 そこにやってきたのは診療所の受付となった青年です。元は盗人をしてサルジェに捕らえられた人物でしたが、ラルフの鶴の一声で罪状は免除され、代わりに診療所の手伝いをするようになりました。

 ステファンは独り身でサルジェと同じかそれ以上に平々凡々とした見た目、安定した職に就けないがために、結婚ができなかったのだとか。前の仕事もクビになり、路頭を彷徨い、魔が射して、ひったくりに及んだというある意味可哀想な人でもあります。

 それでも、盗みは悪いことです。そんなことをした人を雇うなんて、非難轟々にはならないだろうか、とツェフェリは心配しましたが、それは杞憂に終わりました。ハクアとラルフの庇護というのは想像よりも威力が絶大で、ステファンを詰る人はこの街にはいません。それどころか[ちょっとおっちょこちょいな受付]として診療所の看板にまでなっています。

「ん、今日の配合はミルクが合うかのう」

「お持ち致します」

 どこがおっちょこちょいかというと、今でこそ普通にお茶を淹れられるようになりましたが、以前はお茶とコーヒーを間違えたり、お茶はお茶でも貴重な緑茶を紅茶と配合してしまい、食通でもあるラルフを怒らせたことまであると言います。ラルフは温厚なことで有名なので、それを怒らせるというのはよほどのことです。

 それに、料理では砂糖と塩を間違えたり、希少食材を間違った使い方をしようとしたり、サルジェも頭を抱えるほどでした。

 受付もあまり慣れた様子ではなくて、番号を呼び間違えたりで、クレームが押し寄せたこともありました。

 けれど、様々な職を経験したこともあり、事務仕事はお手のもので、番号の呼び間違え対策もすぐに取り、診療所として正しく機能するための一助となっています。

「砂糖もいただけますか?」

「はい、ただいま」

 ステファンがミルクと砂糖を持ってきます。紅茶用に砂糖は分けてあるので、間違いようがありません。

 こうして、[自分の間違いへの対策]がきちんとできるのが、ステファンのいいところなのでしょう。

「こんないい人をクビにするなんて、ステファンさんの元の職場はどうかしていますよ」

「まあ、皆よりよい方を取りたがるさ。長い目で見るなんて、面倒くさいんじゃろうよ」

「短気な人たちだなぁ」

 ツェフェリは世間知らずなので、大人が仕事を続けるのがどれだけ大変かというのはまだわかりません。そのことに気づいているラルフは苦笑するしかありませんでした。

 運命に愛された少女はこれから世界を知っていくのでしょう。失敗をしたり、価値観が食い違ったり、喧嘩をしたり。芸術に携わるのなら、スランプも避けては通れません。

 とはいえ、とラルフは戻ってきたタロットに目を落とします。その手入れは隅々にまで行き届いており、まるで、元の姿を見て直したかのようです。

 ハクアにも言われていたことですが、こうして作品で見るとより実感が湧きます。ツェフェリは才能のある人物です。タロット絵師としては申し分ないでしょう。画家になっても通るのではないでしょうか。

 そこで少し、気になりました。

「ツェフェリくんは、画家になる気はないのかい?」

「え?」

 そう、これだけのことができるのですから、タロットカードなんて小さなキャンバスではなく、画家として大きな絵を描く者として、認められることもできそうです。

 ツェフェリは考えてもみませんでしたが、すぐに首を横に振りました。

「ボクは画家にはなりません。タロット絵師がいいんです。タロットがボクの世界を開いてくれた。それに、タロットカードは使われるからこそ、ボクの中で、意味があるんだと思います」

 人に使われること。それが物にとってどれだけ嬉しいことでしょう。ツェフェリはそんなことを考えながら絵を描くものだから、飾られるのではなく、使われるための絵を描きたいと思うのです。

 ラルフもタロットカードと一般的な絵画の違いについては、収集家である以上、理解しています。だから、タロットカードを使うために興味もなかった占いという分野に手を出したのです。

「絵はいいよ。世界が広がる」

 実際、絵画というものでラルフの世界は広がりました。だからこそ、まだ年若いツェフェリに、狭い世界の中で留まってほしくないのです。老害の小言に聞こえるかもしれませんが、ハクアの知り合いとして、彼女の一ファンとして、見聞を広げる道を示したかったのです。

 ツェフェリは苦笑いします。二回重ねて勧められたのを無碍にもできません。けれど、ツェフェリにはツェフェリで、[タロット絵師]であらねばならない理由があります。

 間に挟まれたステファンは、戸惑ったように二人を交互に見つめました。お世辞にも彼は世渡りが上手いとは言えません。世渡りが上手ければ、今のこの環境はないのですが、それはさておき。二人を仲立ちするような言葉を思いつきません。といっても、この二人は仲違いしているわけではないのですが。

「ええと、一度、ツェフェリさんに先生の絵画部屋を見てもらってはいかがでしょう?」

 やっとこさ思いついた提案は自分でも名案なのか、少し自信がありませんでした。画家を目指したいわけではない人物に、絵を見せてどうするのだろう、と。

 けれど、ステファンのそんな精一杯のフォローを、ラルフはきちんと受け取りました。

「なるほど、それは名案だね。ツェフェリくんが画家になる如何は置いといて、儂のコレクションを見ていかんかね? 色々取り揃えているから、インスピレーションが湧くんじゃないかい?」

「わあ、でしたら、是非!!」

 ツェフェリの目は好奇心いっぱいのオレンジ色に染まっていて、目映く映りました。これが噂の虹の目か、とステファンは目を細めます。ツェフェリの目の色味の移り変わりはもう何度か見てきましたが、ステファンは慣れません。

「ふぉふぉ、ではステファンくん、少し奥に籠るから、患者が来たら呼んどくれ」

「かしこまりました」

 さりげなくステファンを褒め、大事な仕事を任せる。なるほどハクアの師匠なわけです。細かいところまで気が行き届いている辺りはそっくりですね。

 ツェフェリはラルフの案内で、診療所の奥の奥に向かいます。ツェフェリは診療所のスペースしか入ったことがないので、ラルフの住居の部分に入るのは初めてです。サルジェはよくご飯を作りに来るようですが。やはり初めての場所というのはどきどきします。

 ここが居間、ここが厨房、と案内されていきます。居間は診療所の待合室ほどもない広さでしたが、厨房はハクアの屋敷に引けを取りません。

 診療所も含めてラルフの敷地と考えると、相当なものです。

 こんなに大きな家はハクアの屋敷以外にはないでしょう。

「この診療所はな、ええと……前の地主が場所を確保してくれたんじゃ」

「サルジェのお父さんですよね」

「なんじゃ、知っとったんか。そうじゃ。世の中に医者は少ないからの。いたらいたで街のもんの好意を引けるから、この診療所の建設には金をかけたんじゃ。それで広い。一人で暮らすにはちと広すぎた。ステファンくんが来てくれてよかったよ。儂の後継にもできそうじゃ。ちと不器用じゃが」

 ツェフェリはくすりと笑いました。ドジっ子ステファンのエピソードはたくさんありそうです。

「で、小さい二階があるんじゃが、そこが絵画部屋じゃ。狭いぞ。ほれ、こっちじゃ」

「はい」

 老人が上り下りするには不便そうな梯子が天井から垂れていました。木でできた梯子はみしみし言って、一層不安を煽ります。

 そうして、上りきった先で、ツェフェリは見たことがないほどの目映い光景を目にしました。

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