タロット絵師のお食事処
「あ、ツェフェリ!!」
ツェフェリが起きているのを見るや否や、サルジェはツェフェリの元に駆け寄り、熱がないか、咳やくしゃみなどの症状はないかなど、ツェフェリにぺたぺた触れて確認します。
「具合はどう? 食欲ある? 眠気まだある感じ?」
「サルジェ、風邪うつるよ……」
「サルジェの免疫があれば風邪は引かんよ。風邪は寝不足や疲れで免疫っていう体の抵抗力が落ちたところに病原菌がついてなるもんじゃからな」
お医者さまより丁寧なご説明を賜りまして、ツェフェリは顔を赤くします。寝不足に疲労……思い当たる節しかありません。
「ところで、今夜のメニューはなんじゃ?」
「鶏肉使ったシチューだよ。牛乳が結構あったから、寒天も作っておいた」
「おお、寒天。もらったはいいものの、どう使ったらいいかわからんでな。いやぁ、助かった助かった」
「いや、調理できないものもらうってどうなんだ……?」
このランドラルフの診療所ではお金が足りない場合は物で支払ってもらうことになっております。それゆえにこの街で診療所が成り立っているといっても過言ではないでしょう。
故に、商人なんかが珍しいものを置いていったりするのです。食材などの消えもの系統が多いため、ラルフはラルフで助かる、というわけですが、今話した寒天のようにラルフが用途を知らなかったりするものもあるわけです。
「まあ、ご厚意を無碍にもできまいて。助手は役に立ったかの?」
「米を洗剤で洗おうとしていました」
「察した」
「盛りつけを任せてます」
どうやら、最近ラルフのところに入った助手は不器用なようです。
「まあ、パンでもよかったんですけど、病人食覚えてもらった方がじっちゃんも楽でしょ?」
「そこまで考えてくれとったか。確かに、風邪引きや栄養失調にはパンより米がいいからの」
聞いていてツェフェリが目をぱちくりとします。
「あのー、米って一体……?」
「あー、ツェフェリにはまだ食べさせたことなかったな。米っていうのは農業が盛んな地域で育てられてる穀物の一種。まあ、とてもざっくり言うと小麦粉の仲間だ。ただ粉じゃなくて粒で食べる習慣があって、これがなかなか食べやすかったりする。まあ、百聞は一見に如かずだけどな」
サルジェが奥に戻り、今度はミトンをつけ、土鍋を持ってきました。
「熱いから気をつけてな」
ベッドに備え付けのテーブルを出し、その上にお盆と土鍋を乗せます。サルジェがミトンをしていることからわかる通り、熱いのでしょう。
何が入っているのだろう、とわくわくしていると、サルジェが鍋の蓋を取ります。中からふわっと湯気が立ち込め、それと同時に肉のお出汁の香りがほんわりと包み込むように漂いました。
中はとろりとした透明なスープの中に溶き卵と白い粒々が入っています。この白い粒々が米のようです。
「熱いからふーふーして食べるんだぞー」
「はぁい」
ツェフェリはスプーンでスープに入った米をすくいます。スープは普通のスープよりとろりとしていて、独特のとろみがあり、それにまとわるように卵がついてきました。湯気の立つ中を、ふーふーと息で冷まし、一口頬張ります。
するとどうでしょう。口の中にふわりと広がる鶏の香り。黄金を想起させる香りです。濃厚でありながら洗練された味が喉を通ってツェフェリの体を温めます。米は一見粒状に見えますが、スープでふやけており、とろとろと蕩けていて、すっと喉を通り抜けていきます。引っ掛かることがないので、食べ応えがありつつも、安心して飲める感じです。卵はこの米と鶏の出汁を仲立ちする役割を果たしているようで、優しく、柔らかな味わい。塩味が強くなく、とても優しい味の食べ物です。
「え……美味しい……」
「それはよかった」
「なんていう食べ物?」
「卵粥だよ。お粥っていう食べ物があって、それに溶き卵を入れたやつ。米は普通はもっと固めに炊いて、パンなんかの代わりに食べるんだけど、こういう体調不良のときとかは多めの水で炊いてお粥にするんだ」
「鶏のお出汁は……?」
「じっちゃんと受付の人の晩飯用に作ったシチューに使ってる鶏の出汁を使った。出来合いで申し訳ないけど」
ツェフェリはううん、と首を振って、一口、また一口と食べ進めていきます。毎日サルジェのご飯は食べているというのに、何故でしょう、なんだか格別に美味しくて、優しく体に染みて、涙があふれます。
泣きながら食べるツェフェリを見て、サルジェはぎょっとしました。
「つ、ツェフェリ? 口に合わなかったか? 不味いなら無理して食べなくていいぞ」
「そんなわけない。サルジェのご飯はいっつも美味しい。今日のこれが、いっとう美味しく感じるだけ」
「そ、そうか?」
サルジェが首を傾げる傍らでにやにやとラルフが告げます。
「そりゃ、愛じゃよ、愛。サルジェがいつもよりちとばかし多めに入れた調味料じゃ」
「じ、じっちゃん!!」
ラルフの言葉に顔を真っ赤にするサルジェ。ラルフはどこ吹く風です。
「愛……」
その言葉に何か思うところがあったのでしょうか。ツェフェリは考えつつも、しっかり完食するのでした。
屋敷に帰ってから、ツェフェリはすぐにぐっすりと眠りました。依頼主本人から、時間は気にしなくていい、と言われて安心したのでしょう。すやすやと健やかな寝息を立てて眠るツェフェリをタロットたちが和やかに見つめていました。
後日。ツェフェリは完全に治り、程々の休憩を挟みつつ、作業を再開しました。その休憩の合間に、ツェフェリはサルジェがいない隙を見て、ハクアに相談します。
「料理って、どうやったら覚えられるんでしょうね?」
ハクアは珍しく面食らったような顔をして、ツェフェリを見ました。
「急にどうしたんだ、ツェフェリくん」
「こないだ風邪引いたときに、色々面倒見てもらったし、その前からサルジェにはお世話になりっぱなしだから、料理くらい覚えた方がいいかなって。あとは……」
少し照れたような赤紫の目になってツェフェリが続けます。
「料理作ってもらって嬉しかったから、お返ししたいなって」
ハクアは思わず口笛を吹きました。ツェフェリには意味がわかっていないようでしたが、今はそれでいいでしょう。
ハクアは指を一本立てて、ひそひそとツェフェリに提案します。
「それなら、我が弟子に直接教わるといいだろう」
「でも、サプライズにしたいというか、喜んでほしいというか……」
「ツェフェリが料理に興味を持ったというだけでもあやつは喜ぶさ。それに同じ趣味ができれば、共通の話題も増えてお互い楽しい。どうだ? 悪くないだろう?」
「なるほど」
ツェフェリが納得し、ちょうど狩りから帰ってきたサルジェに早速聞きに行くのを見て、ハクアはほう、と溜め息を吐きます。
まあ、ハクアが隠したかったであろう[ハクアは料理ができない]という事実は、もうツェフェリに知れてしまっているのですが。
ツェフェリはきちんと料理を覚えて、サルジェに振る舞うことができたのでしょうか? それはまた別のお話です。