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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の賄い処
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タロット絵師の賄い処

 カーテンの隙間から、目映い陽光が射し込みます。小鳥が囀り、とても爽やかな朝を演出しています。

 その頃にはサルジェは身支度を整えていました。これは十年以上前から続く習慣なので、自然と体が早起きするのです。

 サルジェの仕事は朝食を作ったり、洗濯をしたり、屋敷の掃除を行ったりと様々あるのですが、まずは別の一つに取りかかります。

 同じ別荘の中のこじんまりとした隣の部屋の扉をこんこんこん、とノックしました。返事はありません。返事がないのに入るのは無断で入るのと同義ですが、もはや日常茶飯事ですので、サルジェは慣れました。やはり慣れというものは人間の心を図太くさせます。

 中に入れば、作業台に突っ伏す少女。さらさらと整った鶯色の短い髪が、首筋から垂れています。顔は朝日を避けるように壁側を向いていました。

 その姿を見、サルジェは盛大に溜め息を吐きました。

「ツェフェリー、朝だぞー、あれほどベッドで寝ろって言ったのに、また机で寝たのかよ……」

 窓際にはベッドがあります。とても綺麗に整えられて。それもそうでしょう。毎日の屋敷の住人のベッドメイキングもサルジェの仕事です。……つまり、この部屋のベッドは未使用ということ。

 ふかふかで気持ちよさそうなベッドがあるにも拘らず、頑丈な木材で作られた作業台を好んで眠るツェフェリを起こす──それがサルジェの一日の始まりです。

 ツェフェリの寝起きはいいか悪いかというといい方です。声をかければすぐに起きますし、変に不機嫌だったりもしません。

 ですが。

「ツェフェリ?」

 サルジェが近づいて肩をぽん、と叩きます。けれど、ツェフェリはすやすやと眠ったままです。いつもなら、これで起きるのですが……どういうことでしょう?

 試しに揺すると、うーん、と反応がありました。

「ツェフェリー、朝だぞー、眠いのかー?」

「むにゃ……」

 ツェフェリはまだ夢の世界。起きないのは珍しいことです。そこでふと、ツェフェリの体温が布越しに伝わってくるのを感じました。……体温が、高いような。

「ツェフェリ、ツェフェリ」

 声をかけますが、ツェフェリは呻くだけ。体調が悪いのかもしれません。

 サルジェは仕方がないので、ツェフェリをベッドまで運ぶことにしました。サルジェの様子がいつもと違うことに気づいたツェフェリのタロットカードの[魔術師(マジシャン)]はサルジェに問いかけようとしますが、もごっと口を押さえられたような声を上げました。

 実際、タロットたちは絵なので、口を押さえられることなどあり得ないのですが、少しだけ外的干渉に敏感なようです。

 何が起きたかというと、ツェフェリがサルジェに持ち上げられる際、反射的に手近にあった自分のタロットを掴んだのです。それを両手でぎゅっと握りしめています。もちろん、潰れない程度に繊細な力加減で。

 それで、主の手から体温を感じ取ったタロットたちは黙ってされるがままになりました。いえ、実は[悪魔(デビル)]が「主が、主が病にかかられた!! 死んでしまうー!!」と騒がしいことこの上なかったのですが、[正義(ジャスティス)]の女神と[女教皇(ハイプリーステイス)]の二人に「五月蝿い」と一蹴され、しまいにはツェフェリのタロットの五月蝿い代表格とも言えよう[太陽(サン)]にまで、「喧しい」と言われてしまい、立つ瀬がなくなり、しょんもりした[悪魔(デビル)]がいたとかいないとか。

 まあ、サルジェには[魔術師(マジシャン)]以外の声は聞こえないので関係ないのですが、ツェフェリはその喧しさにうっすらと目を開けました。天井が見えます。

「え、誰……?」

「あ、ツェフェリ起きたの? あんせ」

「なんだ、サルジェか」

「なんだとはなんだ、なんだとは……」

 安静にしていて、と言おうとしたのですが、条件反射の突っ込みが勝ちました。

「ご飯は作って持ってくるから、ここで寝てて」

「うん……?」

 いまいちよくわかっていないツェフェリを置いて、サルジェは厨房へと向かいました。

 よくわかっていないような返事をしたツェフェリは、やはりよくわかっていなかったようで、サルジェの言いつけに背き、ベッドから降ります。

「主殿、休んでいた方が……」

「ハクアさまに挨拶に行かないと」

 制止する[魔術師(マジシャン)]の声も届いているのかいないのか。ツェフェリはよたよたと歩き出します。

 やがて、寝間着のまま、ツェフェリは広間に着きました。広間には既にハクアがいます。何やら大量の手紙を読んでいるようです。

「ハクアさま、おはようございます」

「ん、ああ、ツェフェリか。……ん?」

 ツェフェリを見て何か不思議に思ったのか、ハクアが首を傾げます。

「ツェフェリ、寝間着のまま作業したのか?」

「あ。着替えてくるの忘れた」

 ツェフェリの格好は寝間着にエプロンというものでした。確かに不思議な格好です。

「仕事熱心なのはいいことだが、適度に休むように。ところで、我が弟子と一緒ではなかったのか?」

「あ、はい。なんでかボクをベッドに寝かせて行っちゃって……」

「ふむ」

 それを聞いたハクアはツェフェリの様子を観察しました。

 いつもより赤らんだ顔、気だるげな姿勢、はっきりしない色合いの目。……風邪を引いたのだろう、と見当をつけました。

 大方、今頃慌てふためいて粥でも作っているのだろう、と弟子の姿を想像すると、ハクアはにやりと口角を上げました。

「ツェフェリよ、少し仕事を休んだらどうだ?」

「でも、随分時間がかかっちゃってますし、これ以上お待たせするのは悪いかな、と思いまして」

「我が師はそんなことは気にせんのだがな……まあ、それをツェフェリくんに言っても仕方なかろうな。では……」

「ツェフェリ!!」

 ばたーん、と広間に入ってきたのはサルジェでした。割烹着姿で走り回ったようで、少々息が上がっています。

「割烹着姿でウォーミングアップとは珍しいな、弟子よ」

「師匠、わかってて言ってますよね?」

 からかってきたハクアにはあ、と溜め息を吐くと、サルジェはずんずんとツェフェリの方に近づきました。

「ツェフェリ、ベッドで休んでてって言ったよね?」

「でも、ハクアさまにご挨拶……」

「いい? ツェフェリは今」

「うーん、えほんえほん」

 ハクアがわざとらしい咳払いをします。それからにこにこと二人に告げました。

「ちょうどよかった。サルジェもツェフェリと一緒に私の遣いを頼まれてくれんか?」

「遣い?」


 広い街道。それに沿うように建ち並ぶ煉瓦造りの建物。

 洋風のちょっとお洒落な雰囲気を持つ大通りの店のショーウィンドウは玩具やら骨董品やら、様々なものが並んでいて、通りかかった人が時折足を止めて見つめていきます。

 道行く人々は噴水を囲って談笑したり、ベンチに座って新聞をよんだり。穏やかな光景ながら、人のいる賑わいを感じられる景色がそこにあります。要するに二人はいつもとちょっと違うところを歩いています。

 そんな場所を歩きながら、サルジェは思いました。

「わあっ、街ってやっぱり人が多いね! ボク、街に出たのは久しぶりだよ」

 傍目には、自分とツェフェリはどう映っているのだろう、と。

 道行く人々は家族や恋人に見える者と連れ立って歩いたり、談笑したり。ここはお洒落で休暇によく立ち寄られる場所でした。商店街、といっても、[ミニョン]などの店がある商店街とは雰囲気が違います。

 ハクアに買い物を頼まれた……という名目で、[遠回りをし、ツェフェリに気分転換をさせながら診療所に連れていく]というミッションをサルジェは与えられていました。

 しかし、いつもあまり来ない方面……ユニーク雑貨などが建ち並ぶ様子、そして、恋人だろうと思われる人々の雰囲気にまるで場違いにぽーんと放り出されたような感覚に、どう対応したらいいのか、サルジェは惑います。

「あ、あれ、[宿り木]に置いてた茶壺に似てる! わ、あのカードケース、ハクア様のタロットたちにいいんじゃないかな? え、あれってもしかしてピエロ!? 初めて見た……」

 そんなサルジェとは対照的に街に大興奮のツェフェリ。ずいずいと先に進んでいく姿はとても病人に見えないのと同時にふらっといなくなってしまうのではないかという不安を抱かせます。

「ツェフェリ……」

「何?」

 振り向いた瞳は無垢なオレンジ色……サルジェは一瞬、言葉を失いました。

 淡い鶯色の髪、体調のせいでいつもより赤い頬、柔らかな笑みと陽光のような瞳……短髪と[ボク]という一人称のために少年のような印象になりがちなツェフェリが今日は一段と女の子らしく、可愛く見え……いけないいけない、不謹慎だ、とサルジェは首をぶんぶんと振りました。

「は、早く行こう!」

「えっ? ……もっとゆっくり見たいのに……」

 そうしてあげたいところだけれども、とサルジェはツェフェリの手を引いて歩き出しました。

 そのときです。

 ふわっ、とサルジェは背中に重みを感じました。足を止めて、ちらりと後ろを見やると、ツェフェリがぐったり、しなだれかかっていました。

「ツェフェリ? ツェフェリ!!」

 繋いでいた手の熱さが尋常じゃないことにこのときようやく気づきました。

 俺の馬鹿! なんで早く気づいてやれなかったんだ、と心中で自分を罵りつつ、サルジェはツェフェリを抱き抱えて走りました。


 ツェフェリはぱちりと目を開けました。温もりのある木造の天井。けれどそこはツェフェリの知らない場所でした。

 むくりと起き上がると、そこはいくつか並んだベッドのうちの一つ。奥の方から白衣を着たおじいさんがやってきました。

「お、目を覚ましたかね、嬢ちゃん。サルジェが心配しとったぞ」

「あ、サルジェ、サルジェは?」

 そういえば、サルジェと街を歩いている最中にふっと意識がなくなったのを思い出します。

 おそらく、サルジェがツェフェリをここに運んだのでしょう。

「サルジェなら、診療代代わりに夕飯作ってくれとるぞ」

 言われてすんか、と宙を嗅ぎますと、なんとなくいい匂いがする気がします。

 ……ではなく。

「診療……もしかして、町医者のランドラルフさん?」

「ふぉっふぉっ。いかにも。儂がランドラルフじゃ。まあ気軽にラルフとでも呼ぶといい。ただの爺じゃ」

 肯定された途端、ツェフェリは思い切り頭を下げました。

「依頼の品、お待たせしてごめんなさい!!」

 そう、ツェフェリに今回依頼を渡した御仁こそ、このランドラルフなのです。

 ですがラルフは軽く笑い飛ばします。

「そんなこと気にすることはないよ。何事も体が資本じゃ。まず嬢ちゃんは自分を大切にすることを学ばにゃな」

「は、はい」

 なるほど、ハクアの師匠というのも頷けるような物言いです。

 それから、診察の結果として[風邪]と言い渡され、[きちんとベッドで布団を被って寝ること]と[睡眠時間を充分に取ること]を注意されました。何も言えません。

 サルジェに心配かけちゃったなぁ、と思いながら、ラルフから薬を受け取ると、奥からいい匂いが近づいてきました。

「じっちゃん、できたよー」

 割烹着姿のサルジェでした。

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