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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の賄い処
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タロット修繕集中中

「あら」

 服屋[ミニョン]にて。店に現れたサルジェに声をかけるレイファ。サルジェは時たまこの店に来るので、彼が来ること自体には何の不思議もありません。

 が、レイファには気がかりなことがありました。

「今日もツェフェリは一緒じゃないの?」

「ああ。作業に集中したいって。集中力が長く続くのはツェフェリのいいところだけど、少しも息を抜かないってなると、考え物だよなぁ」

 サルジェが語ったことはレイファの思うところそのままでしたが、だからこそ、レイファはサルジェに蹴りを入れました。

 素人の蹴りくらいかわせるサルジェですが、この不意打ちは予想していなかったらしく、膝を入れられた腹を押さえて踞ります。クリーンヒットしたようです。

 涙目になりながら、サルジェはレイファを見上げました。

「何もいきなり蹴ることないだろ……」

「あんたって本当馬鹿ね!!」

 しかもシンプルな罵倒。レイファは見るも明らかに怒っていました。

「あんたが連れ出してやればいいじゃない!!」

「でも……せっかく乗ってるツェフェリを邪魔するなんてできないよ」

 追加で頭を叩かれます。

「この甲斐性なしが!! 一緒に住んでて、没頭型だってわかっているんなら、忘れがちの休息取らせに無理にでも連れ出すのが同居人ってもんでしょ!! それに……」

 レイファは続く言葉を耳打ちしました。

「あんた、あの子のこと好きなんでしょ? だったら自分からアプローチしなきゃ」

 瞬時にぼっと真っ赤になるサルジェ。

 サルジェのツェフェリに対する好意は一度二人を見たことがあるのなら一発でわかるほどわかりやすいのです。そうでなくても、レイファやハクアは勘がよく、すぐそういう機微に気づきます。本人は無自覚なのですが。

 しかし、恋愛経験なしのサルジェはかなり奥手のようで、この街の中では誰よりもツェフェリとの付き合いが長いはずなのに、アプローチというか、距離を詰めることをしません。

「端から見ると苛々するのよ。うじうじしてないでさっさと告白の一つでもしなさい!!」

「んな、簡単に言うけどなぁ……」

 ツェフェリが恋愛に興味がないこと、三度の飯より仕事、ということを踏まえると、取っつきづらいのです。

 ただ、奥手だし、慎重すぎるのは自覚しているので、甲斐性なしという言葉は甘んじて受け入れるしかありません。

「どうしたらいいんだ……」

 項垂れる情けない弟を前に、レイファが人差し指を口元に当て、うーん、と考えます。レイファはツェフェリに好意的なので、きちんと考えてくれているようです。

「そうねえ、デートが無理なら、贈り物したら? あの子、お洒落あんまりしないみたいだから、服とか喜ぶんじゃないかしら」

「唐突な商売魂に驚いてるよ……」

 さすが看板娘さまです。

 レイファの言う通り、ツェフェリに休息は必要でしょう。根を詰めて体調を崩してしまってはいけません。

 しかし、サルジェはツェフェリに何も用がないのに声をかけることができません。ツェフェリの一所懸命にやっている姿を止めることができないとか言っていますが、実は何度か声をかけに行っているのです。

 ところが、いざツェフェリと対面して話そうとすると、上手く言葉が出てこなくなるというか、なんだかどきどきしてしまってそれどころではなくなるというか……要するに、へたれなのですね。

「はあ……あんたってやつは……」

「ごめん……」

「あたしのことも姉と呼べない上に好きな子にアプローチもできないなんて生き恥もいいところよ!!」

「……生き恥はさすがにひどくない?」

 ですが、自分の側から変わらないといけないのはわかっています。ツェフェリはこの好意──恋愛的な意味のものと、親愛的な意味のものの区別がまだつかないようですから。

 それに、聞いてみたところ、サルジェより年下です。女性は男性がエスコートすべきという常識はもちろんのことですが、年下に教えを授けるのも年上の役目です。いつか自分の[好き]の意味を伝えなくてはなりません。

 サルジェのツェフェリに対する好意は最初は親愛的なものでしたが、森で一緒に過ごすうちにツェフェリを魅力的に感じるようになりました。[虹の子]と奉られた云々は抜きにして、サルジェはツェフェリに惹かれたのです。

 仕事に取り組むひた向きさ、タロットで占うときの真剣さ、自分のカードたちへの愛情……彼女の魅力は七色に変化する瞳だけではないのです。

 ツェフェリは好意という意味では、人を信じられないかもしれません。元いた村では[偶像]として扱われ、向けられる目はツェフェリという人間ではなく、[神の子]に向いていました。それを理解しながら、それでも救いになるのなら、と[偶像]を演じ続けてきたのです。

 両親の死とその真相を知り、好意が上辺だけのものだと理解して、一人で旅に出た、とサルジェは聞きました。まだ幼いと言えるツェフェリには残酷なことばかりです。

「あの子の心を少しずつほどいていきたい……それから、ちゃんとお互い理解して、ちゃんと好きって伝えたい」

「お、愚弟の割にしっかり考えているのね」

「愚弟はひどくない?」

 サルジェの扱いはわりと雑です。考えてみれば、ハクアからも名前で呼ばれたことはありません。

「レイファは俺のことどう思ってるの?」

「愚弟」

「それはついさっき聞いた」

 そうね……とレイファは考えると、滔々と語りました。

「あの糞親父から生まれた割にはよくできた人間じゃないかしら。それに、ハクアさまに一目置かれているのだし、街のみんなだって、口には出さないけれど、あんたに敬意を覚えてるわよ?」

 そうだろうか?

 先日のことを思い出す。新しい作物の試作を渡されたり、盗人を捕まえたり、料理の相談に乗ったり、伝書鳩になったり……これらは、頼りにされている、ということになるのでしょうか。

「あんたに足りないのは自信よ。度胸はいざというときにはあるからなんとかなるでしょ」

「自信かぁ……」

「ところで、今日はお遣い頼まれたんじゃないの?」

「ああ、買い出しと、ラルフのじっちゃんところにご飯作りに行く。じっちゃんから頼まれたんだ」

「あら、やっぱり頼りにされているじゃない」

 サルジェはきょとんとしました。日常茶飯事すぎて、そう思ったことはありませんでしたが。

 ……実はすごいことなのでは。

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