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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の賄い処
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タロット絵師と看板娘

 多くの多くのタロットが、小さな小さなツェフェリの手の中に納められました。

「これが新しい依頼の品だ」

 ハクアが告げます。ツェフェリがばらりと確認すると、それは二十二枚は悠に超えています。その厚みを確認し、ツェフェリはテーブルに置きました。

「え、こんなに……いや、小アルカナまで揃ってる……一体どんな人が……?」

「町医者のラルフのじっちゃんだよ。この街じゃ師匠と同じレベルの有名人さ」

「ええっ!?」

 ツェフェリは驚き、ハクアとサルジェと手元のタロットを見比べます。

 まあ、それはそうなるでしょう。医者というだけでも驚きなのに、ハクアと並んでこの街で有名なのです。まあ、医者というのが珍しいからというのもあるでしょうが……

 そこで疑問が浮かびます。

「あれ? でもお医者さまが何故タロットを……?」

 それもそうです。タロットは神様信仰の下に信じられている占いです。対して、医者というのは現実主義というか、神様の意向に背く行為として見られることがあります。それは話せば長いことながら、短くまとめると、神様が決めた人間の寿命やら何やらを弄る行為とみなされるからです。

 まあ、神様、神様、とは言いますが、どういう神様が存在するかに関しては具体性に欠ける世界ではありますが。神様というのが語弊であれば、[大いなる意志]とでも言いましょうか。そういった部分に相当するものに身を委ねるか、抗うかくらいの違いがあるわけです。

 そんな相反するような存在が、一つになっているという事実が何とも奇妙に感じました。

「我が師は占い師というよりかは収集家が近いだろうな」

「そそ。占い方は知ってるけど、あんまり占いしないんだよ。そのタロットはじっちゃんの一番のお古だけど、確か[一目惚れした]とか言ってたっけな」

「へー……ん!?」

 何やら重要な単語を聞き流してしまったような気がしてツェフェリは会話を振り返ります。

 ハクアがラルフのことを[我が師]と言っていました。[師]というのは[師匠]ということです。つまり、会話の流れからすると……

「依頼人って、ハクアさまのお師匠さまなんですか!?」

「そうだが?」

 涼しい顔で言うことではありません。

 この街の長であり、占い師として名の通ったハクアの師匠。とんでもないことです。

 が。

「何をそんなに驚いているのかしら。ラルフおじさまがハクアさまの師であることは、ハクアさまがこの街の地主であるのと同じくらいの常識でしてよ?」

 ツェフェリの隣で優雅といっても大袈裟ではない堂に入った仕草でお茶を飲むレイファが首を傾げます。そう、この街の者なら知っていて当然なのです。

 ……この街の者ならば。

「レイファ、ツェフェリはこの街に来たばかりなんだ。ほとんど自分の作業室にこもりっぱなしだし、まだ街のことを紹介しきれてないんだよ」

 サルジェがそっとツェフェリに助け舟を出しますが、今度はサルジェに矛先が向きます。

「それならあんたは真っ先にラルフおじさまのところに案内するべきでしょう!!」

 それもその通りです。ただ、サルジェの考えとしては、いつ患者が来ているかもわからない診療所に用もなく行くのは気が引けた、ということなのですが。

 今度はツェフェリがあたふたとしました。

「あ、あの、サルジェは悪くないの! ボクがずっと作業してるから外に出る機会がなくて、で、ミニョンに行ったときも服を買うのがお遣いだったからで……」

 それからはにかんで付け加えます。

「あのとき、レイファちゃんに会えて嬉しかったな。同性の年の近い子なんて近くにいなかったから」

 そんなツェフェリの言葉にレイファはきょとんとします。ツェフェリは一体ここに来るまでどんな生活をしていたのだろう、と思いました。

 それから、ふと気づきます。

「そういえば、わたくしもあなたのことをよく知らないわね」

 人のことを言えた口じゃなかったわ、とレイファはツェフェリに謝罪しました。ツェフェリは大丈夫だよ、と肩を叩きます。

「ボクが喋りたくないだけだから、ボクの過去は」

 自嘲のような笑みをこぼしたツェフェリの目が鮮やかな黄色から藍色に変わっていくのを見て、レイファはサルジェを見ました。サルジェは黙って肩を竦めます。

 サルジェが地主の息子だった過去を疎ましく思うように、人には話したくないことの一つや二つ、当たり前にあるのです。何故そんな当たり前のことを自分は忘れていたのだろう、とレイファは己を恥じました。

「まあ、お仕事の合間に街を出歩いた方がよくってよ? 気が向いたらいつでもミニョンにいらっしゃいな。わたくしが案内致しますわ」

「ありがと」

 ツェフェリがにこりと笑うと、釣られてレイファも笑いました。

 傍らで縮こまって話を聞いていた盗人は、思わずといった感じで口を開きます。

「ここは天国かな」

 美少女二人が笑っているので、そう思うのも仕方ありませんね。


 わいわいと盛り上がる中、サルジェがレイファに声をかけます。

「お前、そろそろ帰った方いいんじゃないか? 親父さん心配してるだろ」

「そうですわね。では、おいとま致しますわ」

 優雅にエプロンの裾を持ち上げて礼を執ります。堂に入った仕草です。豪奢なドレスを着ているような錯覚を受けます。

「じゃ、送ってきます」

 サルジェが外に出るためにカーディガンを軽く引っかけます。外は暗くなっていますから、いくらこの街の治安がいいとはいえ、少女を一人で帰らせるような真似はできません。

 サルジェは紳士だなぁ、と感心するツェフェリでしたが、サルジェとレイファが姉弟であるということを彼女はまだ知りません。

 レイファとサルジェが出ていくと、広間には三人が残されました。

 静かになってしまったので、ツェフェリが話題を切り出します。

「ラルフさんって、どんな人ですか?」

「……んー」

 言葉を濁すハクア。ちら、と盗人に目をやります。その意味をなんとなく察した盗人は、説明しました。

「ランドラルフさんはとても気さくな方ですよ。サルジェさんが仰っていた通り、収集家という一面を持っていて、元々はタロット占いを知らずにタロットを購入したとか。医者としてこの街に根づいたのは、他の街の収集家との繋がりがあったから、と言われています。まあ、絵画やタロットなどの収集家はかなりお金をその収集に貢いでいますから、権力者が多いんですよね」

「そうそう。おかげで私も他の街の地主などと繋がりができたというわけさ」

 ハクアが盗人の言葉を次ぎます。

「地主同士の繋がり……コネクションは大事だからな。そういう面では我が師には非常に助けられた。でもなければ、一介の占い師が地主になんてなれなかっただろう」

 確かに、言われてみると、ハクアは[神の子]に近い扱いを受けていましたが、その力だけでは[地主として]は不充分だったことでしょう。ラルフがハクアの側にいたことは今のこの街を築く上で欠かせないピースだったにちがいありません。

 ツェフェリには[収集家]というのがよくわかりませんが……

 それを察したように、ハクアが告げます。

「収集家というのは、一つのものを集中的に集める人物のことを言う。大抵収集家の集めるものとして示されるのは高級品や贅沢品だ。絵画なんかはその代表格だな。

 ツェフェリくん、我が師とこうして繋がりを持つことは君にとっても有益に働くはずだ。我が師はタロット収集家として名を馳せている。つまり──君が[タロット絵師]として世に羽ばたくチャンスなのだよ」

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