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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の賄い処
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タロット依頼承り

 レイファとサルジェが厨房で話しているその頃、広間の空気は冷たく張り詰めておりました。

 それもそうでしょう。片方は今日盗みを働いたばかりの罪人、その向かいに座すはこの街の地主です。罪人とて、この街の者ですから、地主のことは勿論敬っておりました。いえ、畏れ敬うからこそ、現在の状況に緊張するしかないのです。

 何より今日の彼は盗人、罪人としてここに連れて来られました。街を逃げようとも思いましたが、この通り、捕まってしまったのです。

 ハクアは何も言いません。背筋をぴんと伸ばして威風堂々という文字が見えてきそうなほどに泰然とそこに座しています。怯えて背中が丸まっている罪人とは大違いです。

「何を怯えている? 私はお前を取って食ったりせん。楽にしろ」

「は、はいっ」

 ……と、言われましても。後ろ暗いことをした身で堂々としている方が難しいというものです。とりあえず罪人は背筋を伸ばしました。

「むう、サルジェのやつ、なかなか来んな。レイファ嬢に引き留められているのか? 仕方ない」

 ハクアはきりっとした目で罪人を見ました。

「お前に問おうか」

「はい」

 その屈折のない光を宿した瞳に射抜かれているような心地になります。思わず姿勢を再度正しました。といっても、さして姿勢は変わりません。情けないことに、この女性にびびっているのです。

 出来心でも、盗みなどするのではありませんでした。反省します。地主にお目にかかれるのは貴重な機会ですが、状況的にそれを喜べそうにはありません。

「おそらくだが、サルジェ……我が弟子に今日遣いを頼んだので、ラルフ老のところに寄ってきたとは思うのだが」

「はい。何か受け取っていました」

「それならいい。おそらく依頼品だろう」

「依頼……?」

「はは、暇だから説明しようか。最近うちで雇ったタロット絵師見習いがいてな。今はタロットカードの修繕をさせているのだよ。ラルフ老が医者としてだけでなく、タロット占いをするのは有名だろう?」

「はい。確か、ハクアさまの師と……」

「そうそう! 私にも師というやつがいるのだよ。面白い話だろう?」

 ハクアが可笑しげに笑いますが、罪人は疑問符だらけです。誰にでも何かしかの師はいるものでしょうが、それがそんなに面白いことでしょうか、と疑問に思ったのです。

 気づいたら、口を開いていました。

「お言葉ですが、ハクアさまとて一人の人間です。神でもないのに、何事もお一人で成せるわけではないでしょう。人間が一つの物事を極めるのに、師のいることは当然、と思われますが……」

 と、そこまで言って、あっ、と両手で口を覆います。

「で、出過ぎたことを申しました……」

 自分は何を偉そうに地主に説いているのか。罪人の身でありながら。別にハクアが笑っているのなら、ただ笑わせておけばいいでしょうに。

 罪人はとてもハクアの顔を直視できませんでした。自分の指摘で機嫌を損ねでもしたら、と考えると、恐ろしくてたまりません。

 ところが。

「ほほう、これは面白いことを言う」

 そう放ったハクアの声には不機嫌さなど微塵もなく、むしろ、好奇心が宿っているように思えました。

 恐る恐る顔を上げると、ハクアはにこにこと続けました。

「続きはあるか? 言ってみろ」

「あ、えと……」

 あまりにも期待されている様子だったので、応えないのも恐ろしい、と思い、罪人は続けました。

「ハクアさまは[神の子]のように称えられたこともあるかと思いますが、私にはそうは思えません。前の地主と対峙するハクアさまはどこまでも人間的でした。天賦の才とはよく聞く言葉ですが、私はそれを好きません。才があったとして、それを発揮するにはその才に見合った努力が必要と思うからです」

「ほう。つまりお前は私を努力家と思っているわけか」

 そこで罪人は首を捻ります。

「いえ、なんか違います」

 咄嗟に口から出たものではありましたが、[なんか]とはなんでしょう。もう少し言い方があったでしょうに、素が出てしまいました。

 しかし、それはハクアの不興を買うどころか、むしろ関心をそそったようです。

「ふむ、何が違うのかね」

 遊戯を楽しむ子どものような声に罪人は虚を衝かれましたが、促すハクアに負けて、言葉を紡ぎます。

「ハクアさまは努力家とは違います。どちらかというと、努力家はお弟子さんの方では?」

「うむ、それは確かだな」

「師弟と言いつつ、本当は何も教えていないし、教わっていない。つまり、才能のある部分を開花だけさせて、あとは勝手に成長していくのを見ているというか……」

「おお、思ったより面白いことを言うな」

 どう思われていたのだろう、と考えると肝が冷えたのでやめました。

「お前が今日ここに来るのは必然だったようだ。何が動機で盗みなぞ働いたかなど、私にはどうでもいい。けれど、地主としてはどうでもよくない」

 その言葉に、罪人は身を固くします。何かしらの罰則が与えられると思ったからです。

 ハクアは続けました。

「地主としての私はまだまだ未熟よ。それがお前のような知恵者に盗みなどを働かせてしまう原因だ。民が豊かでない証だよ。それが環境的にか精神的にかは各々だろうが……民を豊かにできていないのは、地主として嘆かわしいことだ。だが、残念ながら、私は罰を与える云々には全くといっていいほど興味がない」

「え」

「それを踏まえて補うのが師の役割なのだろうな。どうせお前の扱いに関しても、ラルフ老が何か考えてくれたのだろう。なあ、サルジェよ」

「気配読まないでください」

 サルジェがレイファと共に盆を携えて現れました。途中から聞いていたようです。テーブルに茶器を置き、お茶を注いで配ると、口を開きました。

「その人のことは知りませんが、診療所の受付が欲しいと言っていましたよ」

「ほらな」

「威張るところじゃないでしょう。大体、こういう措置は地主が決めて良し悪しを相手方に聞くものでしょうに」

「ふふ、私はサルジェとは違うのだよ」

「だから威張るところじゃありませんって」

 師弟の漫才のようなものが始まりかけたところで、広間の扉から鶯色の頭がぴょこん、と覗きました。目は琥珀のような色です。

「あ、お客さまがいらしていたんですね」

「おお、ツェフェリ。別に遠慮することはない。入ってきたまえ。ちょうどそろそろ呼ぼうと思っていたからな」

 ツェフェリは遠慮気味にとことこと広間に入ってきて、罪人の隣に座りました。

 ツェフェリが来ることを予想していたのか、サルジェがツェフェリの分の茶器にお茶を注ぎます。

 それから、今日一日の話がされるのでした。

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