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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の賄い処
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タロットじゃなくてもそこにあるもの

 サルジェが屋敷に帰ってきて、後ろを振り返り、言いました。

「なんでついてきてんの?」

 サルジェの後ろには、レイファが立っていました。レイファがあら、と声を上げます。

「迷惑でしたか?」

「いや、迷惑ではないけど……」

「ならいいじゃない。わたくしだって突発的にハクアさまに挨拶したくなることだってありますのよ?」

 ああ、そういうことか、と思い、サルジェは黙りました。

 前の地主との一件もあり、ハクアは街中の人々から慕われています。このように特に用がなくても挨拶に来る者はわりと多いのです。

 といっても、レイファはあまりそういうことをするタイプではないと思うのですが……

「ただいま帰りました」

「お邪魔致します」

 二人が屋敷に入ると、屋敷がしん、としていたのが、やがてコツコツという足音によって破られます。

 やってきたのはハクアでした。珍しく、その紫水晶の髪を下ろしています。服装も、原色系やはっきりした色合いのものが多いハクアにしては珍しく、淡い色合いのものを着ています。どういう心境の変化でしょう。

「ああ、なんだ、サルジェか」

「なんだとはなんですか、なんだとは」

「レイファ嬢は久しぶりだな」

 自分で遣いに出しておいてから随分な言い様のハクアに機嫌を損ねるサルジェですが、そうも言っていられません。今日は土産が多いですし、何より客としてレイファが来ているのです。

 それに。

「時に弟子よ。その肩の愉快な大荷物は何だ?」

「愉快ですか……? 街で出た盗人ですよ」

「ふむ、それもまた客人というわけだ。下ろしてやれ」

 はあ、と生返事をしますが、生憎荷物が多くてすぐには下ろせません。

「持って差し上げますわよ?」

「……お願いします」

 事態を察したレイファがにやにやと笑うのに反目しそうになりながら、サルジェは色々もらってきた荷物を彼女に預けました。心配することはありません。レイファは横取りなどするような狭量な人間ではありませんから。

 勿論、サルジェもそのようなことは心配しておりません。気になるのは、服屋の仕事を放棄してまで、自分につきまとって来ていることです。何か意味があるのでしょうか。

 何にせよ、盗人は下ろさなくてはなりませんでした。客人が来たのですから、サルジェはお茶を淹れなければなりません。

 縄を解かれた盗人が、目を丸くします。さっきから彼らの言っていた[下ろす]という行為はてっきり自分を地面に下ろすだけだと思っていたのです。それがどうでしょう。縄まで解かれるではありませんか。これでは逃げろと言っているようなものです。

 が、そんなことはできるはずがない、と盗人は思い直しました。ここにはサルジェ以外にもサルジェが師匠と呼ぶ地主のハクアまでいます。サルジェに簡単に捕まえられてしまうような者が、どうしてハクアから逃げられましょう。盗人は諦め、大人しくすることにしました。

 それはいいのですが。

「まあ、お前も好きにかけるといい」

 食事を摂るらしい広間に連れて来られました……え?

「わたくし、サルジェの手伝いに行ってきますわ」

「レイファ嬢、気を遣わんでもいいのだぞ? 君は客人だ」

「いえ、積もる話もございますから」

「そう言われては仕方ないな」

 レイファが出ていくのをハクアと共に見送り、そこで盗人は気づきます。

 地主と二人きりとは、もしやとんでもない状況なのでは?


 それはさておき。

 サルジェはお湯を沸かしていました。厨房で、ついでに今日もらってきた野菜やら揚げ物やらを持ち込み、どう献立に組み込もうか悩んでおりました。

 そこに、レイファがやってきます。気配でなんとなく気づいて、サルジェは彼女を見ました。

「なんだよ、レイファ」

「……あんたさ、ここまで恵まれてて気づかないわけ?」

 恵まれている、とはどういうことでしょう。確かに、地主のハクアと共に、豪勢な暮らしをしているとは思いますが。

 そういうことではないのでしょう。今日、わざわざ店を抜け出して、サルジェを連れて回ったのは、その[別な理由]をサルジェにわからせるためです。

「恵まれてるって?」

 聞き返すと、レイファは呆れたような溜め息を吐きます。それから仏頂面で、今日もらった数々のものを指差していきました。

「この野菜は八百屋さんから善意でいただいたものよね?」

「え、ミシンの不具合を直したお礼でしょ?」

 それはそうですが。

「このポーチも、雑貨屋さんからもらったじゃない」

「あれは盗人を捕らえたお礼と、ツェフェリがいるから気遣ってくれたんだよ」

 レイファは無言で、肉屋からもらった揚げ物を示します。

「これは肉屋の奥さんからもらったね」

「あそこの奥さんは、みんなよりもまだまだあんたに気を許してない。なのになんで食べ物をくれたと思う?」

「助言のお礼じゃないの?」

「あーのーねー」

 レイファは苛立った声で低い位置からサルジェに迫りました。それは鼻と鼻がくっつくほどに。サルジェは慌てて退きますが、獲物を追う獣のごとく、レイファは尚のこと迫り、結局サルジェは壁に追い詰められました。

「人っていうのは全てが感謝で善行を成り立たせる生き物じゃないわ。だって、考えてもみなさいよ。前の地主が、家のミシン直したり、狼藉者を引っ捕らえたり、料理のアドバイスしたくらいで、みんな気をよくしてお礼なんて渡すと思う?」

「……全然」

 まず、そんなことをする前の地主の姿なぞ想像もできませんが。

 確かに、この街の住民のほとんどが、前の地主を知っていて、快く思っていません。ちょっとやそっとの善行で許せるものでもないでしょう。

「でも、俺はその息子なだけであって……いや、それでも快く思わない人はいるけど……」

 肉屋の奥さんなんかがいい例でしょう。血は争えないという言葉がありますから、サルジェの好青年ぶりがいつ豹変するかわかったものじゃない、と思っているのかもしれません。

 そんな肉屋の奥さんまで、サルジェには心を開いてくれるようになりました。

「正直みんなね、あんたが前の地主の息子だからとか、もうどうでもいいのよ。考えてご覧なさい。あんたは自ら、今の地主であるハクアさまに志願して弟子入りしたのよ? 前の地主の失墜はそれがあったからこそ、とも言えるわ。そんなあんたを今更責めるわけないのよ。

 そりゃ、あんたに石を投げた人がいたのは事実よ。でも、今はどう? 街を歩いているだけで声をかけられて、気軽に頼られて、困り事を解決してくれたら、快くお礼の品まで渡す。それくらい、街のみんなのあんたに対する見方は変わってきているのよ。

 ──あんたは、認められているの」

 これがその証拠よ、とレイファが今日、色々な人からもらったものたちを示します。サルジェははっと目を見開きました。

「あんたは認められている。[前の地主の息子]ではなく、[サルジェ]という個人として、認められているの」

 だからお母さんに会いにきなさい、とレイファは絞り出すような声で伝えました。

 そうです。サルジェはもう、昔など関係なく、この街の一員なのです。取っ掛かりやきっかけをハクアなどにもらいましたが、ここまで築き上げてきたのは、紛れもなくサルジェ自身の力なのです。

 だから自信を持ちなさい、とレイファは言いたいのでしょう。感極まって涙ぐんでいますが。

「……わかった。会いに行くよ。すぐは無理だけど……体にいいもの、食べさせてあげたい」

「お粥の一つも作りに来なさいよ」

「うん」

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