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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の賄い処
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タロット絵師との通じ合い

 ことことこと、何かが煮える音が台所の静寂を満たします。

 といっても、ここは[台所]というスケールで済ませていいような大きさではなく、そこで作業するサルジェは今でこそのんびりしていますが、下準備のときは残像で分身が見えたほどです。

「相変わらず、凝り性なやつだ」

「師匠ー、誰のためにやってると思ってるんですかー?」

 茶々を入れに来たと思われるハクアを横目で見やるサルジェ。ハクアはうっそりと微笑んで返します。

「ツェフェリくんのためだろう?」

「なっ」

 ここで顔を真っ赤にしてしまう辺り、サルジェの正直者が過ぎますね。

 ですが、ずれてもいない三角巾を整え、サルジェは言い返します。

「誰かさんが料理ができれば、そもそもこんな野郎を弟子に迎えずに済んだのでは?」

「ほほう、言うようになったな、サルジェ。して、そのことに関してなのだが……」

 ハクアが言葉を選ぶように一旦口をつぐみます。これはとても珍しいことです。風より速い速度で頭を回転させ未来予知して予定調和に言葉を交わすようなハクアは、言葉選びなどしないのです。

 鬼が出るか蛇が出るか、と身構えたサルジェでしたが。

「──お前、何故ツェフェリくんに経歴を偽った?」

「!?」

 からん、とおたまが床に落ち、涼やかな音を響かせます。思ったより、打撃の強い言葉が飛んできました。

 先程、ハクアはツェフェリにサルジェの元々の身分に関して話してきたのです。元地主の息子であるということを。

 ツェフェリはさして気にしていない様子でしたが、サルジェはツェフェリに[ハクアとは狩人だった父を介して出会った]というように説明しておりました。

「癖ですよ、癖。あの頃を知らない子どもなんかによく言って聞かせる法螺と一緒です」

「まあ、お前の本当の身分が一般に明らかになることは今後ないだろう。私も箝口令を敷いたしな。

 だが、ツェフェリくんは違うだろう?」

 サルジェはコンロのつまみをいじります。ぱちん、と鍋を暖めていた火が消えました。

「長い話になるのか?」

「いえ。注意力散漫下において火を取り扱うのは危険と判断したまでです。俺は誰かさんと違って鍋をいつも黒焦げにしないのはこういうちまちまとした努力から成り立っているんですよ」

「当てつけがすごいな。お前そんなに嫌なのか、この話」

「昔話ほど嫌いなものはありませんよ」

 そう、サルジェにとって、この話は[昔話]と称されるようなおとぎ話の類であってほしかったものです。

 地主だった[誰かさん]のお話なんて。


 昔々、北の街を支配する恐ろしい地主さまがいました。

 その地主さまは民に厳しく、少しでも土地代を払うのが遅れると怒る人でした。それどころか、怒りを買うのを恐れて前払いした民たちが払ったのも忘れたふりで、再び金を取る始末です。

 払えなければ、数多の獣が跋扈するという森に追い出すというではありませんか。住民たちはそれが恐ろしくて仕方なく、必死に働き、稼ぎました。けれど、いくら稼いだところで地主に吸い上げられるばかり。生活はいつもぎりぎりでした。

 そんな民はよそに地主は贅沢三昧。自分に仕える給仕たちには見放され、屋敷には誰もいなくなりました。

 それで懲りればいいものを、地主は地主は一番偉いんだ、と権力をほしいままに振るうために、給仕の代わりを自分の息子にやらせました。

 その息子というのが……この地主、女癖も悪く、とある服屋が土地代を払えないといったときに、質としてその妻を自分のところに迎えたのです。まだ幼い女の子がいるというのに。なんと非常なことでしょう。

 しかも引き離した果てに、その女性に自分の子どもを身籠らせたのです。その女性が産んだのは、男の子でした。

 これはいい、と満足し、地主は服屋へ女性を返しました。跡取りができたので、借金をチャラにするなぞとほざいて。

 子どもに罪はない、と当時の給仕たちはその子を育てました。母親に似た琥珀色の髪と瞳からは地主の野蛮な血が通っていることなど伺えません。

 当然のことながら、横暴な地主が自分で子どもを育てることはなく、給仕任せでほったらかしでした。そのおかげか、父のような横暴な性格にはならず、給仕たちに育てられたため、家事なども覚え、そつなく器用にこなしていきました。

 給仕たちがいなくなるのを見送るしかできなかった地主の息子は、ここから父親にこき使われることとなるのです。

 掃除に炊事に洗濯と、家事の全てを押しつけられました。子どもには歩き回るだけでも広すぎるお屋敷の全部をやれ、と。床に埃の一つも落ちていようものなら打たれ、時間通りに料理が出せなければ、屋敷の別邸に閉じ込められました。

 しかし、慣れとは恐ろしいもので、子どもはすぐにその環境に慣れてしまいました。自分はそういう扱いの人間なのだ、と諦めました。

 自分を育てたのは地主ではなく、給仕です。それなら、給仕の仕事をすればいいのです。

 子どもの思考は、そのようにずれていきました。

 けれど、端から見れば、彼は地主の息子で、料理の材料を買いに市場へ出ると、あまりいい顔はされませんでした。[あんな地主の息子だから、どうせろくでなしにちがいない]。みんな、そう決めつけていたのです。

 そうして、食料の調達ができなくなっていき、その事情を地主に説明しますが、それなら自分で調達して来い、と森に投げ出される始末です。

 右も左もわからない森で、彼は弓矢を片手に、怯えながら森を歩いていきました。こんな仕打ちを受けても、少年にはまだ[父を裏切る]という発想はできなかったのです。

 震える手で、兎を一羽、射ました。それはとても残酷に、しかし素人とは思えないほど見事なまでに。少年は幸か不幸か、才能に恵まれていたのです。

 捌き方や調理の仕方は本を読みながら、やりました。遅くなって、殴られましたが、初めて作った料理を美味い、と言われて、少年は喜びました。

 狩りをする、料理を作ることは少年の数少ない喜びとなっていくのです。

 あるときでした。民たちが一人の女性の下に集うのを見ました。女性はこの街の未来を語っていました。反地主派の思想家とか、そういうわけではありません。カードを広げて、占いをしているのです。

 珍しく、そこにいた父に声をかけようとして、凄まじい怒気が放たれていることに気づき、少年は声を上げることができませんでした。

 が、不意に名前を呼ばれ、街の人々の中からその女性の元に引っ張り出されます。

 女性は狩人もやっているそうで、それで実力が見せられないならば、この街から出ていけ、と地主は言いました。不敵に笑む女性はどう見定めるのかを地主に聞きます。

 すると地主は息子を指し示し、こいつと勝負をしろ、と言ったのです。


 ……それが、サルジェの昔話でした。

 前の地主を知らない子どもたちには、知らないままでいいように、サルジェは父親も狩人でハクアに世話になった繋がりで今の立ち位置にいる、と説明しています。

 ツェフェリにも、知られたくはありませんでした。

「俺の父親は何をどう考えたって、人でなしでした。そんなやつの血を引いているなんて……とても言えません。……嫌われるのは、怖いから」

「ふむ」

 サルジェの本音を聞き出したところで、ハクアがふと後ろを振り向きます。

「だ、そうだぞ、ツェフェリくん」

「えっ!?」

 ハクアの後ろから、ひょっこりとツェフェリが顔を出しました。その目は悲しげな青をしていました。

 けれど、それはサルジェを見つめるうちににっこりと信頼を思わせる緑に変わっていき……

「前にも似たようなこと言ったと思うけど、ボクはサルジェが誰の息子だろうと、サルジェはサルジェだと思うな。ボクはお父さんもお母さんもいないし……前の地主さまがひどいとは思うよ? でもね、それがサルジェの価値を下げるなんてことは、ないと思うんだ」

 天真爛漫に笑うと、ツェフェリは告げます。

「ボクは、サルジェのこと好きだよ」

 ……ああ、やられた、とサルジェは思います。顔を両手で覆いました。

 新しく地主になったハクアは聡明ですが、サルジェに対してちょっと意地悪です。

「うん、俺も、ツェフェリが好きだよ……」

 搾り出した告白は、真に受けられることはないでしょう。ツェフェリの[好き]とサルジェの[好き]はどうしたって、違うのです。

 そんな意地悪なことを悟りながらもハクアは──そんな簡単な一言で、サルジェを救ったりするのです。

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