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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の繕い処
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タロット絵師のお遣い

 大きな大きな街の中、綺麗な綺麗な目をした少女が、その目を輝かせておりました。

 大きな街、賑わう道。人々の声が飛び交い、街が活気に満ちていることが窺えます。

「んー、街に出るのは久しぶり」

「ずっと森にこもってたからな」

 サルジェは興奮気味のツェフェリの傍らで、メモを見つめながら頬を掻いていました。ハクアのお遣いという名目で、二人は街に出てきたのです。

 とは言っても、主な目的はツェフェリの気分転換です。紙には「上手くやれよ」というハクアからのメッセージしか書かれておりません。余計なお世話です。

「すごいね。こんなに色んなお店があるなんて」

 ツェフェリの目は興味や好奇心に彩られた青緑色になっておりました。サルジェ的にはいつも通りなので、その興奮に「うん……」と曖昧な頷きしか返せません。

 考えてみれば、ツェフェリが興奮するのも無理はありません。元いた村では[虹の子]、[神の子]などと奉られ、箱入り娘だったのです。そんなに大きい村でもなかったようですから、ここいらでは随一の大きさを誇る北の街は大きさだけで感動ものでしょう。

「それで、まずはどこに行くの?」

「服屋だよ。師匠も言ってただろう?」

「でも、他にも買い出しとか頼まれてるんでしょう?」

 サルジェはメモに目を落とします。ハクアの文字と[幸運を祈る]とでも言うような親指を立てた手のマーク。それ以外には何も書かれていません。

 はあ、と溜め息を吐き、さらりと邪魔な前髪を払うと、サルジェは言いました。

「ほとんど食材の買い出しだよ。食材はなるべく新鮮な状態で持ち帰りたいから後回し。ツェフェリの服を見よう」

「そっか」

 ツェフェリが納得してくれたようで安堵します。これ以上の誤魔化し方をサルジェは知りません。

「それにしても、お店いっぱいあるよ? どこが服屋さん?」

「服屋も数軒あるんだけど……ツェフェリの好みに合う店を探そうか」

「そんな、悪いよ!!」

「悪くない。ツェフェリ、師匠に今朝言われたばかりだろう? あの屋敷に住む以上はそれ相応の格好をしなければならない。なんてったって地主の屋敷だからな。それくらいの金、師匠はけちらないぞ。ケチな地主は嫌われるからな」

 半ば、サルジェの経験が混じった話でした。サルジェは元地主の子どもでもあります。その時代から、服装や立ち居振る舞いに関しては色々言われてきたのです。

 やれ、お前の格好がみすぼらしいと自分の顔が立たないだの、行儀がなっていないと面目丸潰れだのと言われるのです。ハクアはそこまでは言いませんが、他の地主から侮られてはいけません。かけるべきところへの出費は惜しまないのです。

「それに、ツェフェリは可愛いから、色んな格好試してみると楽しいよ。お洒落は女の子の喜びだ」

「そうなの?」

 こてん、と首を傾げるツェフェリの頭には赤紫のリボンがついていました。鶯色の髪によく映えます。

「現に、会ったときからつけてるそのリボン。かなり大事にしてるじゃないか」

「あっ」

 ツェフェリはリボンに触れて、はにかみます。

「これはね……ボクの大事な友達からもらったものなんだ……」

 その目は優しいオレンジ色をしていました。

 友達、ね、とサルジェは思います。本当にただの友達なら、こんな表情はしないでしょう。本当に大切な人なのでしょう。サルジェは胸にちりっとした痛みを覚えました。

「とにかく、服屋に行くぞ。どうせならそのリボンに似合うの見繕わないと」

「うん!!」

 ツェフェリはリボンを褒められたことが純粋に嬉しいようです。サルジェの複雑な心境には気づいていない模様。

 サルジェは思い直します。男の子からの贈り物とも限りません。

 足は自然と馴染みの道を辿り、気づけば、サルジェの前にはどーんとその服屋の看板娘が仁王立ちしておりました。

「あ」

「いらっしゃいませ」

 その看板娘はサルジェに似た茶髪と茶色の目をしておりました。背丈はツェフェリより低く、長い髪は二つに結い上げられています。髪を括ったシュシュは淡い青色で少女の可憐さを引き立てておりました。

 ですが、問題があるとすれば、看板娘であるのに声が平坦であることと、サルジェに向けられているのが仏頂面であることでしょう。くりっとした目が大部分を占める可愛い顔が勿体ないです。

 それは初対面でもわかりやすいほどに不機嫌で、二人の仲が芳しくないことが易々と窺える表情でした。

 看板娘はちら、とツェフェリを見やってから、サルジェを睨み付けます。

「いいご身分になりましたこと。何昼間から可愛い女の子連れて歩いてんのよ? サルジェのくせに」

「くせにとはなんだ、くせにとは」

 そのやりとりが成されると、空気が弛緩しました。

「人がせっかく褒めてるんだから、有り難く褒められておきなさいよ」

「褒めてた? ねぇ、褒めてた?」

 どうやら不仲というよりは、気の置けない仲、といった感じなのでしょう。少女が叩いた軽口に、少し口を尖らせるサルジェは傍目から見て、少々愉快に映りました。

 くすくすと笑うツェフェリに恥ずかしくなるサルジェ。そんなことはお構い無しに少女はサルジェをどつきます。

「それより、お初にお目にかかるお客さまだわ。あんたが連れてきたんだから、ちゃんとあんたが紹介なさい」

「偉そうだなぁ……ええと、服屋[ミニョン]の看板娘のレイファだ。ミニョンはこの街じゃ一番売れてる服屋だよ。レイファ、この子はツェフェリ。最近師匠のところで一緒に住むことになった」

「あー、あなたが? お話なら八百屋のおじさんや肉屋の奥さんから聞いているわ。噂通りの可愛いお嬢さんですこと」

 琥珀色が迫ってきて、ツェフェリをあらゆる角度から見、「へー」「はー」「ほーん?」といった呟きをこぼします。

 突然の急接近にツェフェリは戸惑います。

「ええと、レイファちゃん?」

「おっと、ごめんなさい。いつもの癖でつい、ね」

「レイファ、ツェフェリの服を買いに来たんだ。見繕ってくれないか?」

「レイファさまとお呼びなさい」

「ふざけてる場合か。商売だぞ。しょ・う・ば・い!」

 苛立つサルジェの様子を見て、満足げに目を細めると、レイファはツェフェリから離れ、先程とは打って変わってとびきりの笑顔を見せます。

「ふふふ、サルジェの言う通りだわ。はじめましてツェフェリ。服屋[ミニョン]は服に関しては抜け目がないの。普段着から礼服、寝間着まで。流行りものや根強い人気の商品も取り扱っております故、ご満足いただけると幸いです。では中へどうぞ」

「は、はい」

「ちょっとサルジェ、レディのエスコートは男性の役目でしょ」

「はいはい」

 さ、ツェフェリと、手を取られ、サルジェに微笑まれると、ツェフェリは思わずぽっとしてしまいました。きっとタロットたちがいたなら、特にどこぞの悪魔が「主殿を誑かすでない! 小童!!」と大騒ぎしていたにちがいありません。

 手を引かれて、お洒落な扉をくぐると、からん、という軽やかな鈴の音が響きました。お店の雰囲気もよく、暖かみのある電飾が出迎えます。電飾は相当貴重なものですから、ここが立派な服屋で街で一番売れているというのも伊達ではないのでしょう。

「ふふふ、驚きました? わたくしたちは服を魅せるために趣向を凝らしていますの。ところでどのような服をお探しで?」

「屋敷で着る普段着と、寝間着だな」

「ふふふ、腕が鳴るわ!」

 それからツェフェリは着せ替え人形のように色々な服を着せられました。やはりレイファは専門なだけあって、サルジェやハクアのような無難には留まらず、攻めた配色も扱います。ビビッドカラーとペールカラーの使い分けが上手く、どんなに際立つ原色でも、くどく感じない仕立てにするのでした。

 レイファ自身も、ショッキングピンクのワンピースにぱりっとしたジーンズを合わせており、色的には五月蝿くなりそうなものなのに、濃い色のエプロンで締めることによって、自然な色合いのファッションになっています。

 ツェフェリは着替えるので精一杯です。何が何やら。服もそんなに自分で着替えることが少なかったため、目を白黒させ、わからないときはレイファに聞きながら、といった感じです。ちなみに紳士なサルジェは試着室から程遠い場所を適当にぶらついています。

「うーん、ツェフェリはどんな色も似合うから特にこれがおすすめ! って感じのイチオシがなくて困るわねぇ。だからこそ楽しいのだけれど」

「あ、あの」

 ツェフェリはやっとこさ声をかけました。そこまでのレイファの勢いたるや、ものすごいものがあって、ついていくのが精一杯でした。

 レイファが振り向きます。

「ツェフェリ? 気に入ったのがあるのならそれをお買い上げいただければかまわないですよ?」

「そうじゃなくて、ええと、サルジェとは仲いいの?」

「はあ?」

 呆れられました。

「何をどうやったらそう見えるんです? やつはわたくしに疚しいことありまくりで、わたくしはやつを良く思ってはいませんわ。仲良しこよしなんてやりませんし、やる気もありません」

「そうなの? 阿吽の呼吸に見えたけど」

「やつもわたくしも、空気を読むのは得意なんですの。ツェフェリはやつとわたくしのことなんか気にせず好きな服を選ぶといいわ」

 やはり何かあるのでしょう。けれど、それを教える気はないようです。

 ツェフェリはレイファが並べた数々の組み合わせから、オレンジの入ったものを何着か選びました。ふむ、とレイファが頷きます。

「やはりそれらを選びましたか」

「え?」

「なんとなくわかっていましたのよ。服を着せたときのあなたの表情で何色が好みか、どんな柄がいいかなんてわたくしの目には筒抜けですの」

 なんと、そんなところまで気をつけているとは。さすが、この大きな街に何軒もある他の服屋を差し押さえて一番人気を誇る服屋と言えましょう。たかが看板娘、と侮れません。

 ツェフェリはなんとなく、そうとわかっているからサルジェはこの店に連れてきたのだろうと考えました。それはサルジェがレイファを認めていることの表れです。

 何故レイファがサルジェを嫌っているのかはわかりませんが、信頼があるのは目に見えました。

「寝間着は寒色系……緑や青がおすすめですわよ?」

「じゃあ、緑で」

「ふふふ、かしこまりました。さて、お会計に行きましょうかね」

 十組ほど服を買った結果、金貨三枚ほどの値段になったのでツェフェリは目を剥きましたが、「地主の家に住むんだから、これくらいが妥当だろう」というサルジェと「女の子はおめかししてなんぼですよ」というレイファに押し切られました。

「またのご来店をお待ちしております、ツェフェリ」

「俺は?」

「ついでにサルジェ」

「ついでとはなんだ、ついでとは」

「あら、付け加えただけ感謝してほしいものだわ」

 そんな最後まで不思議な二人の関係を横目に、ツェフェリは店を出ました。

 それから、サルジェが献立をぶつぶつ呟きながら、食糧を買い、お屋敷に帰る頃にはちょうど日が暮れ始めるのでした。

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